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ウェッブ・スタイリストの生活と意見[19]
OISR-Watch2000年8月25日号

野村一夫


■西暦2000年のピンポン

 六月末日締切という共著用論文に手がつかず、ようやく授業の終わるころあたりから書き始め、八月初旬に書き上げました。そのため諸般の仕事がこれまた滞留し、それをこなすのにまた一苦労。一昨日ようやく追いつきまして、昨日から夏休み態勢です。そう、こんどは夏休みのお仕事ですね。(~o~)

 まあ、そんなこんなで、複数のプロジェクトが走り出しますと、五畳一間の書斎ではこなしきれなくなりまして、じっさいにいろいろ混乱がでてきます。それで一仕事かたづくたびに書斎の整理をしてきました。整理といっても、ものを減らすしか方法はないので、ひたすら処分処分です。

 折しも辰巳渚さんの『「捨てる!」技術』(宝島新書)がベストセラーになっています。これを読むと、書斎にあるほとんどのものが「捨て」の対象になることがわかります。昔読んだ本や思い出の品々、膨大な手紙や書類の束、読みもしないマニュアル、枯れ葉のように酸化した新聞の切り抜き、若いときから集め続けてきたレコードやCD、書き味の悪くなったボールペン、いかにも勉強したぞという墓碑銘としてしか意味のない研究ノート、コピーするだけで満足して結局読まずじまいの欧文雑誌の論文コピー、本を出したときに発生した膨大なゲラ(校正刷り)、パソコンを換えたので繋げなくなってしまったSCSI機器・・・こう考えると書斎にあるモノのほとんどはいらないモノなんですねえ。いやはや、人はどうしてこうモノを抱え込んでしまうのでしょう。因果なものです。

 今回はこれらをかなり大胆に捨てて、書斎にスペースをつくっています。広い机も注文して(といっても今使っている食卓用のテーブルを大きめのプレーンなテーブルにするだけですが)、これでなんとか「どんとこい!」状態になりました。

 さて、同じようなことは、わが大原社研でも生じています。研究所では戦前から労働運動についての資料を収集してきました。戦前のものについては、東京大空襲にさらされながらも焼け残った「柏木の土蔵」(涙)のおかけでポスターなどの原資料やマルクスサイン本などの貴重書の多くが戦後に残され、今日では貴重なコレクションになっていますが、戦後についても継続的に収集してきました。その実績の積み上げが「向坂文庫」をはじめ、数々の貴重な資料の寄贈先として大原社研が広く知られる理由です。

 ところが、現在ある多摩キャンパスの地下三階の広い専用書庫がそろそろ満杯になってきたのです。保管資料や未整理資料の段ボールが通路をふさぎ、資料を取り出すのも、さしずめ障害物競走といった観を呈しています。資料の寄贈があいついで、資料整理が間に合わないのです。

 私はインターネット担当のニューカマーなので、こちらについてはとんと不案内なのですが、多摩キャンパスに研究所が移転した当初は、がらがらの地下書庫でお昼休みにピンポンだってできたそうです。その証拠に当時の所員が自分たちで買った卓球台が残っています。

 しかし、しだいに書庫が手狭になってピンポンするだけのスペースがとれなくなったそうで、昨年私が研究所に来たときには、すでに卓球台はポスター資料の作業台と化していました。そしてさらに最近、新たに寄贈された資料の段ボール箱で卓球台が取り囲まれてしまい、ついに作業台としても使えなくなってしまったのです。

 恥ずかしながら私は中学時代、卓球部でした(ああ、ハズカシ)。だから久しぶりに卓球台をみて、うずうずしてきたのです。「トヨエツ対山崎努」のCMもありましたしね。というわけで、この夏は終業時間も早いことだし、このさい卓球台を復活させようと決意。せめて卓球台のまわりだけは整理しようと片づけをしました。百箱以上の段ボールを移動しましたが、いやあ、資料係はたいへんですねえ。これは腰を痛めます。

 大汗かいて卓球台は復活しました。が、すでにくたびれてしまって、梅酒のCM「ちらっ」程度しかピンポンできませんで、そのまま今日にいたっています。卓球大会はいったいいつの日にできるのか。ちなみにコラムのタイトルは大江健三郎の『万延元年のフットボール』にひっかけているのですが、全然ぴんとこないですね。(^^;) 古参の元所員のお話によると、戦前の大原社研ではピンポンが恒例行事のようにやられていたとのこと。この忘れられた伝統、復活したいものです。

 さて、今回のプロセスでいろいろ思うところがありました。ひとつは、歴史資料というものの膨大さです。質もさることながら量をこなすことがこの分野では必要なようです。この膨大な量の紙の中から重複をはぶき、特別扱いすべき貴重な資料を選り分け、リストを作成するというのは、思うだにぞっとする作業です。これを淡々とこなしてこられたスタッフのお仕事に感嘆しないではおれません。

 これまでほとんど見たことがなかったのですが、じっさい段ボール箱の中を見てみますと、たいていは未整理書類の束がごっちゃに入っています。中身を見なければそのまま捨てられそうなくらいです。しかし、路上のビラが貴重な資料になりうる世界ですので、専門的な判定が必要になります。

 でも見ていると、大原社研で刊行している労働年鑑が入っていたり、同一論文の抜き刷りが百冊ぐらいも入っていたりして「なんだかなあ」と思うものもけっこうありました。「捨てる紙ありゃ、拾う紙あり」ではありますが、大原が便利な捨て場所になっていないでもないかなと思うところもあります。

 また、段ボール箱のサイズについても、本や書類を入れるとなると、いわゆる10号(底面がB4)が限界です。8号サイズでちょうどいいぐらい。しかし、たいていは12号やそれより大きな箱に詰め込んである場合が多く、並の重さではありません。運送経費を節約するためでしょうね。

 「労働者にやさしい」研究所にいる者としては、これを運ぶ運送業者の人たちや資料整理に携わる人たちの身体を痛めるような大きな箱を使う無神経さが気にかかります。私自身は、このあたりが日本の労働運動の限界かなあとも感じましたね。ま、私は門外漢なので、あくまでも個人的感想ですが。もうひとつ個人的感想でいえば、研究所にも「捨てる技術」が必要ではないかとも思いました。次代に残すべきものを残すために、それは必要です。

 それはそうと『「捨てる!」技術』を読んで決意したことは「捨てる」ことだけではありませんでした。帯によると、これ、70万部も売れたそうです。ということは680円×0.1(として)×700000(部)=47600000円、つまり4760万円の印税が発生しているということ?う〜ん、オビンボな私としてはこっちを拾いたいものです。

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