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ウェッブ・スタイリストの生活と意見[17]
OISR-Watch2000年6月13日号

野村一夫


■内破への道

 七月に開店する大手オンライン書店の仕事で、先日『内破する知』(東京大学出版会)の著者のお一人である栗原彬さんにインタビューしてきました。お話をうかがっていると、どうも最前線にある方たちは必ずしも知の現状を肯定的にはご覧になっていないようで、現にここ数年、必死にもがいてこられたようでした。「内破」という、いささか物騒な造語もその過程で生まれています。

 ウォーラーステインらの『社会科学をひらく』(藤原書店)によると、第二次世界大戦後の社会科学は、それまでの学問間に掘られてきた溝を埋めるように展開してきたとしています。さらに最近は人文学からも挑戦を受け(カルチュラル・スタディーズ)、自然科学からも挑戦を受けるようになりました(複雑系)。社会科学は内からも外からも侵食されているのです。逆に言うと、もはや社会とか歴史という問題は社会科学の独占物ではなくなってきているのです。

 こういう認識は牧歌的な日本のアカデミズムでは一部にとどまると言っていいでしょう。しかし、栗原さんたちのような鋭敏な方たちの動きを見ていますと、それほど呑気にやっていられる時代はもう少しで終わるような気がします。

 栗原さんは『内破する知』の中で「水俣病という身体」という論考を書かれています。固有名の刻まれた身体から発想するという方法論的自覚のもとに、きわめてトリッキーな文章を書かれていました。Mという身体から体感された水俣の風景が、あたかも水中からの眺めのように描写されたのちに、突如浮上して歴史的空間にまなざしが投げ出されるという感じなのです。そしてそれがクラインの壺のように突然二人称の文体として語られる瞬間があるかと思うと、あたかも散文詩のような文体が続くといったぐあいです。

 そこで主張されているのは「固有名の身体に還れ」ということ。おそらくそれが内破への道なのでしょう。

 しかし私はというと、ここ五年、サイバースペースの中で身体性ゼロの地点から知的人生をやり直してきました。何かと不自由な歴史的身体を抱えてきて、まったく自由奔放に語ることができたのは、ひとまず身体性ゼロの地点に立てたからです。しかし、それが演劇論的事実であることは疑う余地がなく、歴史に刻まれた身体性の地平に着地を迫られていることも事実。そろそろ本気で考えなければ。

 というわけで、このごろはOISRの仕事がいっかな進まないウェッブ・スタイリストでした。

研究所で使用しているお下がりパソコンのダブルブートに失敗してOSが立ち上がらなくなったせいでもなければ、五月に我が家にやってきた子犬のリーフが書斎のものを片っ端から引っ張り出してガチガチ噛み仕事をしているせいでもありません。ん〜、それもあるかな。

(のむらかずお・兼任研究員・社会学 nom@socius.org)

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