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ウェッブ・スタイリストの生活と意見[2]
OISR-Watch1999年5月27日号

野村一夫


■冗長性の許容

 そもそも印刷媒体では縮約的な表現が尊ばれ、無駄なくスキなく言説を構築するのが作法になっています。そうでないものは完成度の低いものと見なされてきました。文章を書く者は一様にそういうトレーニングを受けてきたわけです。

 しかし、それがインターネットというメディアにそのまま適用できるかというと議論がわかれます。

 たとえばサイト構築にもふたつのやり方があります。ひとつは、完成度をめざすやり方。印刷媒体の作法をそのままインターネットに持ち込むやり方です。もうひとつは、冗長性を許容することで何か新しい可能性を見出そうとするやり方。冗長性、すなわち、ゆとり・重複・過剰・ニッチ(すきま)・余白・おしゃべり・自己言及性といったものを許容するやり方です。あえてスキを残すやり方といってもいいでしょう。

 インターネットらしさを強調するとしたら、おそらく後者がそれでしょう。しかし、OISR.ORGは研究機関の公式サイトですので、未完成なまま公開するのはなるべく回避すべきです。個人サイトであれば、あえて空白や余白をつくって、それを埋めるようにして創造的な局面を切り開く可能性を優先すればいいわけですが、組織の公式サイトとなると、なかなかそうはいきません。

 しかし、非公開の場面では、じつはこのOISR.ORGも大いなる冗長性の原則によって運営されています。というのは、スタッフ専用メーリングリストOISR-MLがまさにそれなのです。メーリングリストは二月に開始したばかりですが、このわずか四ヶ月で700通以上のメールが発信されています。だれが何を作業したかを逐一報告し、ノウハウを共有し、アイデアを出しあうというのが基本パターンですが、そうでないものもふくめて(じつはこれがたいせつ!)毎日朝な夕なにメールを飛ばしあっています。

 メーリングリストはまさに冗長性の許容の原則の上でこそ成り立つもの。そうでないとしたら、たんなる「無駄」「ごみ」「遊び」と見なされて終わりです。じっさい「人生の無駄づかい」なのかもしれません。労働の論理でいうと、あきらかに労働強化であり、ネット残業であり、シャドウワークなのです。専門家としては「原稿料にも業績にもならない文章を書けるか」という思いもあるでしょう。メールを使うにしても私信モードで十分ではないかとの考えもあります。

 しかし、情報共有とか情報公開とかアカウンタビリティといった事態は、まさに冗長性の許容なしにはありえないことです。それではじめてスタッフ相互の透明性が確保できますし、サイト運営に不可欠な〈勤務形態をこえた迅速な対応〉も可能なのです。

 メーリングリスト初体験のスタッフも、怒涛のように届けられるメールの「さばき方」を少しずつ覚えていただいたようで、何か新しいものが生まれるのは、むしろこれからだと思っています。OISR.ORGに関する仕事が少しでも共愉的なものになれば、OISR.ORGを通じた読者のみなさんとの共愉的なコミュニケーションの可能性も生まれてくるのではないかと楽しみにしています。

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