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高野房太郎と労働組合の誕生

5 アメリカの軍艦で帰国




アメリカ海軍の砲艦・マチアス号

房太郎が乗務した砲艦・マチアス号


 ゴンパーズと会った時、高野房太郎はアメリカ海軍の水兵でした。水兵といっても食堂勤務員、つまりウエイターです。今ではちょっと想像もつかないことですが、当時のアメリカ軍艦は多数の外国人を雇っていました。世界各地を只で見学し、金を稼ぎながら帰国できるので、出稼ぎ日本人には人気のある職場だったのです。高野が乗ったマチアス号は排水量1177トン、137人乗り組みの小さな軍艦ですが、食堂関係の11人は全員が日本人でした。
 マチアス号は、日清戦争に際し、アメリカの権益を守るために極東に派遣された砲艦で、1894年秋ニューヨークを出航し、大西洋、インド洋を経由して、朝鮮半島や中国周辺で任務につきました。房太郎は、この勤務中に「日清戦争と日本の労働問題」「上海の中国人縫製労働者のストライキ」などの通信を『アメリカン・フェデレイショニスト』誌に寄稿しています。戦争が終わった1896年6月、マチアス号が横浜港に立ち寄った時、高野は未払い給料32ドル36セントを残して脱艦しています。


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