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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



鎌田 慧 著
『反骨――鈴木東民の生涯




評者:吉田 健二




 鈴木東民といえば,1934(昭和9)年3月そのの過激なナチス批判のゆえにベルリンを追われ,帰国後読売新聞社の外報部長兼論説委員に就任したが軍部を批判してペンを折られ,戦後は1945年10月の読売争議のときの委員長に就任,勝利に導いたのち編集局長として「民主読売」を発行,その後1955年から岩手県釜石市長を3期つとめた異色のジャーナリストである。本書は,この鈴木東民の生涯をつづった評伝であり,鎌田慧氏の最新作である。

 鈴木東民の思想と行動については,これまでほとんど注目されてこなかった。世間の耳目を引いたあの読売争議から45年,“輝ける委員長”としての東民の名はしだいに忘れられつつあった。じつは筆者自身も,東民については記憶の片隅にかすかに残っていたにすぎない。東民が10年前まで東京・新宿区に住み,1979(昭和54)年12月に同じ区内の聖母病院でゲルトルート夫人にみとられて84年の生涯を閉じたことなど,本書を読むまで知らなかった。内山秀夫氏が,『西日本新聞』1989年7月30日付の書評で「いまここに鎌田氏の鮮烈なペンによって,鈴木が蘇る」と感動をもって高く評価したが,筆者も同じ思いである。本書の第一の意義は,10年の歳月をかけて東民に関する文献をたんねんに収集し,関係者の証言を得て実証的にまとめ,忘れられつつあった東民という異色のジャーナリストを日本近現代史上に登場させ,研究対象としてその位置を不動のものにしたことにあるだろう。

 著者は,東民の思想原理が反骨(権力に抵抗する気骨=『広辞苑』)精神にあると把え,その生涯を反権力で貫き通した反骨警世の戦闘的進歩的民主主義者であったと評価する。著者によれば,東民は一貫して「権力ヘの反抗にこそ歴史の進歩がある」という立場を取り続けたという.著者は,東民をたんなる抵抗のジャーナリストではなく,反骨警世家としての思想的独自性を強調するのであった。
 この東民の反骨警世家としてのルーツとその思想形成に関しては,第1章「岩手県唐丹村」と第2章「大正デモクラシーの洗礼」で実証的に明らかにされている。すなわち東民が東北中学時代に大逆事件に衝撃を受けて社会主義に傾斜し,旧制二高時代は有沢広巳と下宿を同じくし,さらに荘原達,石浜知行,住谷悦治,美濃部亮吉らと学業を共にする中で研究を深め,1920(大正9)年東京帝大に進学後は吉野作造に師事,大正デモクラシーの洗礼を受けて戦闘的急進的民主主義の思想を形成したという。この間大杉事件,関東大震災における朝鮮人虐殺事件を目撃して反骨思想を高め,また筆者が初めて知ったことであるが,堺利彦訳『共産党宣言』(1922年版)の改訳を東民自身が行い,コミュニズムにも寛容な戦闘的民主主義としての思想を完成させた。
 本書の圧巻は,1926年6月以来日本電報通信社の特派員として8年間滞在しそのベルリン生活を紹介した第3章「ナチスの国をみる」であろう。東民は,ヒトラーの政権掌握過程を直接に見聞し,同政権下の在独ジャーナリストとして最も早くかつ果敢にドイツ国会放火事件などその欺瞞と犯罪性を明らかにしたルポルタージュを日本に送稿し,国民にも反ファシズム人民戦線の結成を訴えた。そして第4章「流謫の日々」では,帰国した東民は,読売新聞社の外報部長として軍部の戦争政策を批判する一方,ゾルゲ事件の尾崎秀実らと交わるが,「横浜事件」に関連づけられて警視庁から執筆を禁止され,休職を余儀なくされた。第5章「読売新聞大争議」は,日本労働運動史を学ぶ筆者にとって最も興味ある章で,争議の実態と東民の新聞民主化にかける熱意が語られている。しかし編集局長,主筆,社会部長を兼ねて「民主読売」の発行に夢をかけた東民も,1946年10月の第2次争議に敗北した結果,社を追われた。
 こうしてみると,敗北の連続のようであるが,東民は挫折しない。第6章「抵抗の釜石市長」では,再びペンを折られた東民が1955年6月郷里の釜石市長に当選し,以後三期にわたって「城主釜鉄」に抵抗して反権力・福祉重視の市政を推進する。しかしその抵抗も新日鉄の圧力で市長の座を引きずり降ろされ,今度は市会議員に当選してなおも大資本とたたかうが,二期目は落選し,ついに石をもて追わるるごとく上京したのであった。

 本書は,じつに読みごたえがあった。東民は激動の時代に自ら忠実に生き,権力に敢然と挑んだが,著者の東民に注ぐその眼はあたたかい。本書は,東民に関する先駆的な研究であり,伝記作品の傑作の一つにあげられるであろう。
 それにしても著者の鎌田氏は10年もの間,何ゆえに東民にこだわりつづけたのであろうか。鎌田氏は,その著書『死に絶えた風景』や『自動車絶望工場』などに見るように,権力と資本の論理やその不正義を告発する一方で,繁栄の陰で苦悩する弱者に目を向けた社会派ルポライターとして著名である。そうした鎌田氏の姿勢と視点が,東民の思想と共鳴し調和したからであろうか。いずれにしても,10年余にわたって東民を追いつづけてきた著者の気迫に驚嘆せずにはいられない。同時に,本書を読んで筆者は,東民が発表した論稿をぜひ読んでみたい気持にかられた。東民の著作集を出す出版社はないのだろうか。『鈴木東民著作集』の刊行が近年のうち実現することを期待したい。





講談社,1989年6月刊,定価1,600円

よしだ・けんじ 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第376号(1990年3月)



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