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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



鈴木 徹三 著
『片山内閣と鈴木茂三郎』




評者:吉田 健二




 かつて著者は9年前の1982年6月に,みずからの父の生涯のうち戦前の活動に関して論じた『鈴木茂三郎─日本社会主義運動の一断面─』(日本社会党機関紙局)を上梓された。本書はいわばその続編をなすもので,占領期における鈴木茂三郎の思想と行動を紹介しながら,それとの対比で片山内閣を論じたものである。

 1947年6月,日本政治史上はじめて日本社会党を首班とする片山内閣が誕生したが,この片山内閣に対する従来の評価はきびしい。日本社会党はみずがら『日本社会党の三十年(1)』(1974年)において,社会主義政党としての在り方を前面に出してその「無原則」的な連立政権への参加と主体性の欠如を批判したのであった。本書の場合も,そうした視点がはっきりと打ち出されている。だが本書の特徴はむしろ,片山内閣の政治過程を日本社会党左派における政策形成とその活動との関連で分析している点にあるであろう。
 片山内閣の政策立案活動に関しては『日本社会党の三十年(1)」は,「党自身に政策能力がなかった」(150頁)と評していた。実際,片山内閣は別名を「安本内閣」と呼ばれ,経済政策に関してはその多くを和田博雄ら経済安定本部の官庁エコノミストに依存する傾向があった。著者は,日本社会党に政策構想や「政策能力がない」と丸ごと否定するのは言い過ぎであり,事実に反すると言う。
 「人事の右派,政策の左派」と言われるように,日本社会党の左派は政策活動を重視した。本書によれば,この日本社会党における政策活動の拠点となったのが,鈴木茂三郎が所長であった社会主義政治経済研究所であり,片山・芦田内閣期には同研究所のスタッフが同じ鈴木がその会長であった党の政務調査会に大挙して参加し,「石炭国家管理案」「緊急突破対策要綱」など多くの政策案を策定した。そして著者は,片山内閣の限界が,日本社会党の左派を内閣から排除して保守党とのかけ引きに終始したことに加えて,これら左派が主導して策定した党の政調会案をほとんど無視して採用しなかったことにあった,と結んでいる。

 本書は,日本社会党左派の鈴木茂三郎サイドから分析した片山内閣論である。片山内閣の展開には,与党であった民主党と国民協同党の関係,野党である自由党の動向,GHQの政策などさまざまな視角からのアプローチが可能である。
 従来,日本社会党左派の立場からの片山内閣論は,“社会主義の魂”の有無や“社会主義政党の在り方”の是非に偏りがちであった。本書は,片山内閣論の展開をそうしたレベルから一歩高めたといってよい。本書の意義は,社会主義政治経済研究所と日本社会党政調会の政策活動を詳細に分析し,このことをつうして片山内閣の実態と日本社会党左派との関係を明らかにしたことにあるだろう。





柏書房,1990年5月刊,A4 ・166頁,定価2,060円

よしだ・けんじ 大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第388号(1991年3月)



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