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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



フィリップ・ノビーレ編著/三国隆志ほか訳
『葬られた原爆展−−スミソニァンの抵抗と挫折』



評者:吉田 健二




 アメリカの国立スミソニアン航空宇宙博物館では,第2次世界大戦の終結50周年を記念して,1995年6月に,広島に原爆を投下したB29爆撃機“エノラ・ゲイ”の特別展示を行うことを決めた。そしてこの特別展示においては,広島と長崎の原爆資料館から貸し出しを得て,原爆の惨状を撮影した写真や,投下時刻で止まった時計,高温で溶けたロザリオなど被爆者の遺品27点も展示し,実質的に原爆展となるよう企画されていた。しかしこの原爆展に対しては,退役軍人協会などの軍人団体が猛烈に反対した結果,博物館の運営を担うスミソニアン協会の理事会が,1995年2月,ホワイトハウスの提案を受けてその中止を決めた。本書は,この原爆展の開催中止の経緯を記録したもので,フィリップ・ノビーレ(Philip Nobile)の編著『Judgment at the Smithsonian』1995年,の翻訳である。
 なお訳者によれば,編者のノビーレは,『ニュー∃−ク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』などの論壇で活躍する先鋭的なジャーナリストである。彼は原爆問題については,後書きを寄せたバーンステインと同じく,アメリカ歴史学会におけるリヴィジョニズムを支持し,原爆投下の不当さや道義性を追及する立場にあるという。
 本書は3部構成である。第1部は編者の序文「スミソニアンが原爆投下を肯定させられるに至った経過」,第2部は博物館の学芸員が執筆した,原爆展の展示台本(展示説明書)「歴史の岐路:第二次世界大戦の終結,原爆そして冷戦の起源」,第3部はスタンフォード大学教授の歴史学者,バートン・バーンステイン(Berton J.Bernstein)の後書き「歴史をめぐる闘い」である。序文,後書きといってもそれぞれ独立した長い論文で,序文は42頁,後書きは46頁に及ぶ。
 本書の意義は何よりも,幻に終わった原爆展の展示台本を入手して,その全文を公開したことにあるだろう。この展示台本はつごう5回にわたって改訂され,展示の中止と同時に公開は差し止められた。本書の第2部に収録した展示台本は改訂を行う前の,博物館の展示顧問委員会の指導のもとに作成された草稿である。この草稿も公開を差し止められたという。本書はそれを破っての出版であった。
 展示台本の草稿は5部構成となっている。太平洋戦争末期の熾烈な日米戦を扱う「I,生きるか死ぬかの戦闘」の紹介から始まり,「II 原爆投下の決定」,「III 原爆投下」,「IV 爆心地」,「V 広島と長崎の遺産」の順で,原爆関連の文献,映像,遺品の紹介と,歴史的事実の説明がなされている。説明はどれも,これまでの研究成果を踏まえて公正さを保ち,さらに「原爆投下の決定は正しかったか?」「米国が天皇の地位を保証した場合,果たして戦争は早期に終結したか?」など,歴史上の議論や争点も紹介しており,学術研究書としてもレベルが高い。バーンステイン自身,展示台本に対して「大学用の立派な歴史教科書」(255頁)と評したが,筆者もそう思う。
 さて,この展示台本では原爆投下の問題について,米政府の公式見解を覆している。筆者はまず,この点に注目したい。米政府はこれまで,原爆投下は戦争の終結を早め,100万人の米兵の生命を救ったとしてきた。展示台本では原爆投下の必要がなく,「他の選択肢」も存在し,さらに原爆投下がソ連に対する「核外交」の意図を含み,かつ「事前警告なし」に行われた政治的,道義的な問題性を指摘している。本土への侵攻に伴う米兵の死者についても,子細な文献調査の結果,「実際の戦死者は数万大規模であったろう」と説明していた(110〜121頁)。
 さらに展示台本が,原爆投下を冷戦との関連で説明していることも注目される。展示台本は「V」の冒頭で,広島と長崎への原爆投下を「核兵器時代の到来の象徴」(255頁)と解説した。そして「冷戦と核軍拡競争」という項目を立てて,スターリンの原爆開発を促す軍需大臣宛の書簡を引用しながら,原爆の投下は,冷戦の開始に「大きな影響を及ぼした」と説明したのであった(231頁)。

 原爆展の企画が軍人団体の反発を受け,国論を二分するような大きな論争となっていたことは,さまざまなメディアを通じて日本にも伝えられ,筆者も承知していた。筆者は初め,彼らの反発が原爆展の開催,すなわち被爆者の遺品の展示それ自体にあるものと理解していた。遺品は原爆の惨劇を象徴的に示す。入館者は計り知れない衝撃を受け,彼らの心情は,核兵器の廃絶をめざす声に結ぶはずで,それを恐れてのことだろう,と筆者は思ったのである。
 本書の第1部に収めた編者のノビーレの論文によれば,軍人団体などの反発は,被爆者の遺品の展示それ自体にあるというよりは,むしろ展示台本の草稿における原爆投下に関する記述,すなわち“原爆投下の正当性”について疑義をさし挾んでいることにあった。ノビーレは本書に,退役軍人協会ダトワイラー会長の,原爆展の中止を求めるクリントン大統領宛の書簡を収めている。書簡は,展示台本の草案に関し,はっきりと「原爆を利用して第二次世界大戦を早く終わらせる,というトルーマン大統領の意志決定の道義性と動機を疑問視した」(48頁)と,その理由をあげていた。
 筆者は先に,展示台本が,5回にわたって改訂されたことを紹介した。ノビーレによれば,この改訂も,博物館側が自ら行ったものではなく,退役軍人協会,空軍協会,国防総省など,彼の言葉を借りれば「軍政」複合体の打って一丸となっての「検閲」の結果,余儀なくされたのであった。ノビーレは,「退役軍人協会は展示台本原稿の一字一句,展示品のひとつひとつに至るまで検閲し,……原爆投下に関わる道義上,政治上の問題点を指摘するすべての行為を容赦なく葬り去った」(36頁)と,厳しく告発している。
 この第1部のノビーレの論文は,退役軍人協会などの「軍政」複合体をはじめ,原爆展に反対もしくはこれに同調した下院議会,航空機産業界,メディアの動向も紹介しており,結果として,現時点におけるアメリカ各界の「原爆観」を映し出している。本書における第2の意義は,この点にあるだろう。
 第3部に収録された,バーンステインの論文も注目される。彼自身,原爆投下に関してはその倫理的問題を重視し,“人道に対する罪”としてきびしく糾弾するのであった(287〜288頁)。さらに,彼は「展示台本を骨抜き」にした退役軍人協会に対しても,広島と長崎の歴史を「圧殺」したとして,痛烈に非難している(283頁)。なお,バーンステインは昨年,『フォーリン・ァフェァーズ』(1995年1月と2月号)に,原爆投下の経緯とその反人道的行為を改めて鋭く追及した画期的な論文「原爆再考」も発表している。 

           

 アメリカでは1960年代以降,トルーマン大統領をはじめ当時の政府・軍部高宮らの回顧録の出版や日記の公表が相次ぎ,さらに機密扱いの公文書も非公開を解かれた。この結果,原爆投下の経緯や問題についての研究も進展し,ノビーレによれば,アメリカの歴史学者の間では,「原爆投下はおそらく戦略的に失敗であったし,道義的には大失敗であったというのが大方の考え方となっている」(11頁)という。本書に収録した原爆展の展示台本の草稿も,こうした基調にあり,アメリカにおいて,原爆投下に対する歴史の見直しが着実に進んでいることを明らかにしているだろう。
 残念ながら,原爆展は中止となった。けれども本書を読めば,原爆投下がほんとうに必要であったのか,倫理にかなっていたのか,あるいは歴史の試練に耐え得る賢明な措置であったのか,原爆投下問題に対するアメリカにおけるリベラル派の知識人の良心の叫びが伝わってくるだろう。広島と長崎の被爆から51年,本書は,世界の現代史の中で原爆投下の意味を改めて考えてみる機会を与えてくれた。     





五月書房,1995年9月刊,293頁,定価2,060円

よしだ,けんじ 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第452号(1996年7月)


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