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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



西田 美昭
『近代日本農民運動史研究』


評者:横関 至





はじめに

 著者はl940年の生まれで,横浜国立大学経済学部,一橋大学大学院で学ばれ,一橋大学助手,高崎経済大学講師を経て,1974年に東京大学社会科学研究所の教員となられた。横浜国立大学の学生の時,「商事会社への就職希望から大学院進学希望」へと変更した(309頁)。この時期以降,細貝大次郎氏の下で,農村調査や資料収集について勉強された。大学院では,古島敏雄・永原慶二両氏に師事した。なお,著者が農民運動を対象として選ばれた理由については,「あとがき」をみる限り,不詳である。1968年以降,農民運動史研究に影響を与える論文を多数発表されてきた。また,共同研究という形態での研究活動を推進され,その成果としての著作も数冊出版された。そうした人物の初の個人著作が刊行されたのである。待望の書である。

本書の構成と原論文発表年を示そう。
 はじめに         (書き下ろし)
第1章 戦前日本における労働運動・農民運動の性質      (1991年)
第2章 農民的小商品生産展開の論理と実証
     1一3節,5節(書き下ろし)     4節    (1981年)
第3章 小作争議の展開とその性格
     1‐7節 (1968--1991年)      8節    (書き下ろし)
第4章 農地改革の歴史的性格
     1‐3節,5‐6節(1983年)     4節     (1968年)
第5章 農民運動の高揚と衰退
               (1994年)
おわりに         (書き下ろし)

 本書は,著者の「30年近くにわたる」研究を「現時点での私の視点」から「改めて体系的に書き直してまとめた」ものである(「あとがき」)。 50歳代に入ってからの分析により「戦前から戦後を見通すことができるようにな」ったため,『近代日本農民運動史研究』というタイトルが付けられた(同上)。
 この30年間の「状況変化」は,著者の「農業史研究の内容」に「変化を及ぼさずにはおかなかった」(同上)。「最大の変化は,農業史を農業内的諸関係を中心に分析するということから,農業をとりまく外的条件も重要なファクターとして位置づけ,それが農業内的諸関係にいかなる変容を追っているかという分析への 『発展』である」(同上)。
 「本書の分析から確認しうる」点の1つは,「近代日本農民運動の動向を根本において規定したのは,農民経営の性格そのものであったということである」(305頁)とされる。言い換えれば,「家族農業経営を基本とする農民的小商品の展開が小作争議・農民組合運動発展の基礎にあること」(305頁)であった。
 そして,戦前日本の労働組合運動では「企業主義的労資協調主義勢力が主流」であったのに対して,「農民組合運動では最後まで『左翼』主流という構図」があったことに着目し,農民運動と労働運動の違いを分析されている(22頁)。そして,「ここでの分析結果は,これまでの労農同盟論を軸とする日本の社会運動史研究のイメージとは大きく異なるものである」(51頁)と結論される。この検討の結果,次のような分析視角が導き出されると主張される。日く 「労働運動,農民運動をはじめとする諸社会運動の発生・発展・展開・衰退(転向)という諸過程は,より当該社会の特質との関連で,いいかえればそれぞれの運動参加主体のおかれた生活諸条件の特質との関連で分析する必要があることを強く感じている」(51頁)と。「生活形態」の変化が運動の変化を規定するという把握は,今後の研究課題に言及されているところでも再論されている(306頁)。
 「戦時農政」の評価及び農地改革論については,次のように主張される。「農地改革は歴史的・必然的過程の産物であり,そのことを反映して,改革自体は,短期に徹底して遂行された」 (268頁注16)。換言すれば,「農地改革が小作争議・戦時農地政策を不可欠の歴史的前提としていたこと,したがって改革それ自体は短期かつ徹底的に行われえたことが明らかとなった」 (305頁)と。そして,食糧問題と農地改革の関連について,新潟県の事例分析から,「北・中*南の蒲原三郡」で「展開された運動は供出の民主化・農家経済の安定など直接農家経営の充実をめざすものが中心であり,農地改革をめぐるものではなかった」(303頁)とされた。
 戦後政治と農民の保守化については,「農地改革が農民を保守化したのではなく,その後の 『経済成長』下の地価上昇・高騰が保守化の条件を提供したとしなければならないのである」 (267頁)と主張された。ただ,他の箇所では 「農業経営」の問題が農民の保守化の要因とされている。「戦後の農民運動の一時的高揚と急速な衰退,さらにはl960年代以降の農村保守化という変化は,農家経営それ自体の変化に規定されていた」(305頁)と。


 昨年,本書に収録されている論文について検討する機会があり,1920―30年代の小作争議論・農民運動と社会主義・農民運動と労働運動の違い等の問題について検討した(拙稿「l920年代農民運動史研究の評価基軸―近年の研究によせて―」『大原社会問題研究所雑誌』453号,1996年8月)。そこで,本書評ではそれ以外の問題と書き下ろし箇所を中心にみていこう。
 まず,研究史整理においては,本書全体に関わる研究史整理はなされていない。十数年前の中村政則氏の批判に対する反批判が中心である。しかし,著者の農民運動史研究の視座と方法については,早い時期から批判がなされていた。なかでも,林宥一氏の「農民運動史研究の課題と方法」(『歴史評論』300号,1975年4月)と今西一氏の「1920年代農民運動史研究への一視点」(『歴史評論』333号,1978年1月)は,根本的な点での批判であった。本書においては,これらへの反批判はなされていない。
 本書の書き下ろし部分の中心は,「農民的小商品生産」についての検討である。従来から指摘されている如く,この概念は著者の議論において中核の位置を占めている。ここでは,幾多の疑問点がある。まず,1920年代から1960年代までの分析において,「農民的小商品生産」という用語が使用されているが,その内容は同一なのか,地主制の下での実態と農地改革後の実態とは変化ないのかという問題が出て来る。次に,栗原百寿氏の議論との関連でみると,独占資本との関連という視点は継承していない。何故そうなのかが,問われなければならない。さらに,この問題を論じた『歴史学研究』343号(1968年12月)の「1分析の視角」の部分が本書未収録となっている(本書168頁)ために,「2つの道」論争との関連で論じられていたことや,レーニンの理論の再検討が意図されていたということは,本書の読者には伝わらない。本書刊行時点での著者がこの『歴史学研究』343号での研究史整理をどのように評価しているのか,読者には判然としないのである。そして,実証の面では,大阪,兵庫,香川等の西日本地域の農業を分析することなく,「農民的小商品生産」を問題にすることの出来る根拠を示すべきであろう。本書が対象としている新潟県,山梨県,長野県,北海道は,著者自身の地帯区分論(123頁)によれば,新潟県,北海道は「純農村型」で,山梨県,長野県は「在村工業型」である。著者自身の地帯区分にある「都市近郊型」の分析は,欠落している。本書は,「都市近郊型」の具体的分析なしに「農民的小商品生産」を語っている。 しかも,「第3節農民的小商品生産の検出手続」において,「農民的小商品生産展開の十分条件である」と規定した「『P』部分」(「P」とは,64頁によれば「括弧つきの『P』(余剰)」のこと)や,副業,兼業も含めて原資とされる「農業投資額」の検出手続きには,「大きな困難があることを認めざるをえない」(73頁)と述べておられる。だとしたならば,何故「農民的小商品生産」云々を語れるのだろう。
 小作争議論について検討しよう。かつて著者の学説の中核に据えられていた「大小作争議段階」説は,どこへいったのであろう。これを明確に示した論文(「農民運動の発展と地主制」 『岩波講座日本歴史18』岩波書店,1975年)は,本書未収録である。本書収録論文との関連は,127頁で若干ふれられているにすぎない。前掲拙稿で指摘したことであるが,争議のみで農民運動を論じていた1980年代までの論文と,政治性を強調する1990年代になってからの論文とでは,視点も方法も異なっている。本書には,この異質な論文が混在しており,しかも何故異質なものになったのかについての自己総括は,なされていない。次に,実証面をみると,西日本が検討されないまま議論が展開されているという問題がある。農民運動の中心地であった大阪,兵庫,香川等の西日本地域の検討抜きで農民運動の全体像を語れると考える根拠を示すべきである。著者自身が,1920年代の争議は「件数(こおいても参加者数からみても,基本的に愛知以西の西日本の諸府県に集中している」(127頁)と把握しておられるし,「強調しておきたいことは」大恐慌以後も争議参加人員ではΓ1920年代と同じく西日本地域中心であるということである」(129頁)と指摘されている。しかし,こうした認識をもっておられながら,本書において具体的に分析されているのは「西日本地域」以外の地域である(132―230頁)。次に,「小作争議を都市近郊型農村に位置づけ分析するという視角」は著者自身の「変化」のなかから生まれた(「あとがき」)とされている。しかし,「都市近郊型農村」を対象とする著者の分析は,本書では示されていない。しかも,先行研究との関係において,問題がある。都市近郊といえば欠かせない「西日本地域」の農民運動についての諸研究がほとんど検討されていない。なかでも,大阪府を対象とした田崎宣義氏の研究(「都市化と小作争議」『一橋大学研究年報 社会学研究』26号,1988年)は,本書の主題と直接に関係している文献である。この論文の検討がなされていないのは,いささか問題がありはしないか。
 次に検討すべきは,「戦時農地政策」下の「地主的土地所有解体」の位置づけについてである。本書では,「農地改革が小作争議・戦時農地政策を不可欠の歴史的前提としていたこと,したがって改革それ自体は短期かつ徹底的に行われえたことが明らかとなった」(305頁)と述べられ,「歴史的前提」という事が強調されている。この点で,著者のかつての主張との関連が問われなければならない。 1973 年の歴史学研究会の大会報告「農地改革の歴史的性格」において著者が農地改革同盟の「進歩性」を評価したことに対する質疑応答が注目される。「ファッショ的団体,戦争遂行支持団体にたいする経済的評価と政治的評価との関連をどう考えるのか」という質問に対し,次のように答えられた。「西田氏は,政治と経済の連関という理論的問題には難問ゆえ即答できないと前おきしつつ,農地制度改革同盟を『進歩的』だとするのは,地主的土地所有解体の促進,この一点についての性格のみを『進歩的』と評価するのであって,基本はあくまでファッショ的戦争遂行団体である。地主的土地所有が生産力発展を阻害する最大のガンであることを考えるならば,戦争遂行のための生産力向上を課題とする天皇制ファシズムにとって,農民的土地所有の実現を要求する農民運動を徹底的に弾圧しながらも,他方,その主張だけはある程度,取り入れざるをえなかったのだ,と述べた」(『歴史学研究』別冊特集,1973年11月,198頁)。しかし,本書では,1973年の論文で提起されていた視点すなわち 「天皇制ファシズム」の戦争遂行との関連で「戦時農地政策」下の「地主的土地所有解体を」を位置づけるという視点は,消滅している。何故 「天皇制ファシズム」の問題は消失したのであろうか。その理由を明示すべきではないか。この問題は,「連続か断絶か」をめぐる議論に関わる重要なものであり,放置出来ない性質の問題である。
 なお,この論文(「農地改革の歴史的性格」)は,本書に収録されていない。この時の質疑では,農地改革同盟の評価,農民運動との関連,国家独占資本主義との関わりでの農地改革の位置づけ等の著者の議論の核心にふれる批判が展開された。こうした批判は,看過できない性格のものであったはずである。しかし,本書では,これらの批判についての現時点での再検討はなされていない。
 次に,戦後政治史と農民運動との関わりについてである。主な対象地域として新潟県を設定しているが,田中角栄と農民運動家の関係についての検討がなく,社会党の三宅正一論もない。その結果,何故農民運動の盛んな地域において田中角栄が登場し得たのかが,説明できなくなっている。また,戦後の選挙分析において,「社共」と一括して論じられている(291―295頁)が,農民運動において激しい対立関係にあった社会党と共産党を「社共」と一括して論じることによっては,戦後政治史を分析することはできない。著者の農業経営と政治動向とを直結させる手法からは,こうした問題は看過されることとなる。
 次に,本書の事例研究とその後の研究成果との関わりである。農地改革についての評価(第4‐5章)の主な対象地域としての新潟県,第5章でも「主として新潟県をフィールドに分析してきた」(303頁)とされている新潟県について,『新潟県史』(2t巻,1985年の45‐57頁)に収録されている資料を検討し自己の説を再検討・再確認する作業が必要であったろう。著者は,「北・中・南の蒲原三郡」で「展開された運動は供出の民主化・農家経済の安定など直接農家経営の充実をめざすものが中心であり,農地改革をめぐるものではなかった」(303頁)と規定されている。しかし,『新潟県史』には著者の説と異なる事実が資料として示されている。たとえば,1945年11月の日農新潟県上中越協議会結成大会は「土地制度の根本改革小作料の最低引き下げ,農業会の自主的改組等の議案」を審議決定しており(『新潟県史』45頁),1946年7月の日農北蒲原郡連合会の結成大会では供出とともに「土地開放に伴ふ価格に関する件」が決議されている(『新潟県史』45頁)。小作側農地委員に対する愛村青年同志会による集団暴行事件(『新潟県史』47‐49頁)や農地委員会の紛糾(『新潟県史』54‐55頁)に関する資料も掲載されている。
 なお,農民運動と社会主義との関係,農民運動と労働運動の違いについての著者の議論に対する評者の見解は,前掲拙稿を参照されたい。


 最後に検討しておかなければならない問題がある。それは,農地改革に関する著者の学説変更に関する事柄である。次の重要な文献が本書には収録されていない。
 1つは,1973年の歴史学研究会の大会報告であった「農地改革の歴史的性格」(『歴史学研究』別冊特集,1973年11月)である。ここでは,農民運動と農地改革の密接な関連を力説されていた。「その意味では農地改革が占領軍の指令にもとづき,上から一律に実施されたにもかかわらず,改革実施過程においては,小作争議段階以来の農民的改革方向をめざす農民と地主的再編方向をめざす地主との対立・対抗という階級闘争を媒介とせざるをえず,そのことによって農地改革は体制的に自作農的土地所有を創出することが可能になったといえる」(同上173頁)と。また,供出と土地問題の双方から問題を把握している。日く「したがって,低米価強権供出,重税という『再版原蓄』政策を強行するためにも,一定程度農民の側における蓄積基盤の回復をはかっておくことが不可欠であったのであり,その手段として農地改革が位置づけられていたという側面を見落とすことはできない」(同上)と。さらに,時の農林大臣の認識は「農地改革と食糧問題が一体のものであることをしめしている」(同上)と主張されている。明らかな如く,本書収録の農地改革関連論文とは評価が大きく異なっている。こうした論文を発表したということは254頁の注1でふれられているものの,評価が何故に変わったのかについての自己点検はなされていない。何故こんなに変化せざるを得なかったのかという点に言及すべきであった。
 2つめは,長野県上小地方西塩田村を対象とした共同研究(西田美昭編著『昭和恐慌下の農村社会運動』御茶の水書房,1978年)の著者の担当した「総括」部分である。農地改革と「農村社会運動」との関連について,著者は「戦後の『民主化』気運を反映して,さまざまな運動−青年団運動の再開や各種研究会の発足等−が一斉に展開されるが,基本的には,農民委員会と建設連盟の対立に代表されるように農地改革をめぐる諸運動に集約されるといってよい。」(同上774‐775頁)と評価されている。
  3つめは,埼玉県を対象とした共同研究(西田美昭編著『戦後改革期の農業問題』日本経済 評論社,1994年)の著者担当の「総括」部分である。「われわれの分析結果によれば,戦後 改革期の農業問題の中で,問題として質的にも量的にも最大の比重を占めたのは,食糧問題であった」(同上519頁)と主張される。農地改革は次のように位置づけられる。まず,「戦後改革期に農民の眼前に当面する巨大な問題として立ち現れ続けたのは食糧供出問題であり,農地改革は農民の重大な関心事だったとはいえ,基本的には農地改革法に則って事態をいかに公正に処理するという問題であったといえよう」(同上520頁)と。さらに,「農地改革をめぐっては,農民と地主,両者と農地委員会のどの場面をとっても供出割当にみられるような政治的『駆け引き』を行う余地はほとんどない法と機 構が備わっていたのであり,改革そのものを揺るがす問題として発現することは違憲訴訟などの例外的事例を除けば基本的になかったといえよう」(同上521頁)と。こうした認識の基本には,「農家にとっての地主的土地所有の重圧は農地改革以前に取り払われていることに注目する必要がある」との把握があった(520頁)。
 この見解については,共同研究のなかで明らかにしてきたこととして本書311頁で紹介されている。「戦後改革期の農業問題」には,前2書とは異なる認識が示されている。しかし,その点は検討されないままである。
  以上の如く,農地改革に関わる事柄において,著者の学説には大きな転換があったといわざるを得ない。しかし,本書収録論文のみからは,その転換の様相を明らかにする事は困難である。なぜならば,本書の内容と異なる評価をしている論文が収録されていないし,変化したことについての著者の説明が無いからである。


おわりに

 学説の変更自体はあったとしても不思議でないし,著書に過去の論文の全てを収録しなければならないということもあるまい。しかし,自己の主張の根幹部分での評価の変更に関わる論文であるならば,種々の理由で収録できなかったとしても,著書のなかで紹介し学説転換の理由を説明すべきである。著書は,他者の研究については「告発」という表現を使用してまで批判しておられる(「リチャード・スメサースト氏の近代日本農業史研究を告発する」『土地制度史学』127号,1990年4月)。そういう著者には,自己の研究の点検に一層の厳密さが要求されるはずである。評者が学説転換の理由明示にこだわる所以は,その点にある。



東京大学出版会,1997年3月刊,本文306頁,定価6592円

よこぜき・いたる 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第466号(1997年9月)



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