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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



安田 浩 著
『大正デモクラシー史論――大衆民主主義体制への転形と限界


評者:横関 至




 著者は1966年に東京教育大学に入学したことにより,移転問題に関わる「紛争」の真只中に青春を過さざるを得なかった。「あとがき」にあるように,この体験が著者の認識の基本を形成した。同大学大学院を経て,現在は埼玉大学教授である。本書は,20数年来の研究の一部をまとめたものである。
 評者は,第1編第1章の原内閣についての論文から大いに学ばせていただいた。しかし,第2編の諸論文とりわけ武相労働聯盟についての論文には多くの異議があった。そこで,一書にまとめられたのを契機に検討することとした。

(1) 本書の概要

 本書の構成は,以下の如くである。
 大正デモクラシーの歴史的位置
 ―まえがきにかえて―
序章 日本帝国主義確立期の労働問題
第1編 政党政治体制下の労働政策
 第1章 原内閣期における労働組合公認問題―原型の成立―
 第2章 社会局官僚の労働政策
 第3章 議会提出労働組合法案をめぐる政治的対抗
第2編 大正デモクラシー期労働運動の日本的特質
 第1章 造船業労働運動における職長層の歴史的位置
 ―浦賀船渠の分析―
 第2章 労働者組織における企業主義的性格の形成条件
 ―1921―22年横浜船渠争議の運動構造―
 第3章 労働運動におけるデモクラシーからファシズムヘの旋回
 ―武相労働聯盟論―
 若干の展望―むすびにかえて―

 本書には1975年から1987年までに発表された論文が収録されている。書下ろしは「まえがきにかえて」と第1編第3章及び「むすびにかえて」である。
 本書の課題は,次の文章に要約されている。
 「本書は,第一次世界大戦期から昭和恐慌期までの,大正デモクラシー期もしくは政党内閣期とよばれる時期の日本における労働問題の展開を,その政治的位置という視角から研究しようとするものであり,著者なりの新しい大正デモクラシー史論を提示しようとするものである」(7頁)。対象時期は「1918−1931年の,ひろくいって政党政治期と考えられる時期」(10頁)に設定されている。
 「分析のポイント」について,著者は次の如く提示される。「本書では,大正デモクラシー期におけるこの転換過程の特質を,労働者の団結,集団的権利の位置づけ方をめぐる対抗として捉えようとしている。それゆえここでは,労働政策なかでも労働組合政策に分析のポイントが置かれる。」(9頁)と。かくして,先ずは国家の労働政策と労働運動の関連如何が検討の対象となる。第1編がそれにあてられ,「国家の労働組合政策を,その性格の特徴と対策対抗という点から分析している。」(10頁)。原内閣,内務省社会局,民政党が分析の対象となっている。さらに,国家の労働政策との関連において総同盟の分析がなされ,社会局官僚との「結合」や社会局官僚・民政党への「期待」,「信頼」が析出された。たとえば,「社会局の労働政策の展開は,労働組合法の不成立にもかかわらず,改良主義的労働組合指導者との結合を進める機能をはたしていたのである。」(116−117頁)の如く。次いで,第2編では,「こうした労働政策の政策対象であり,この時期に本格的な組織化をとげていく労働運動の,日本的性格を事例研究をつうじて明らかにしようとする」(11頁)ことが,課題とされた。この事例研究では,神奈川県の造船業での労働運動が対象とされている。「労働運動におけるデモクラシーからファシズムヘの旋回」と題する武相労働聯盟の分析では,「ファシズム形成」について次のような見解が示された。「研究史との関連では,満州事変以前にファシズム形成の前提,内的条件の形成されてきたことを強調することになる。」(253頁)。すなわち,「満州事変以前の時点で,普選体制による変革期待への挫折と,政党政治に対する閉塞感の高進のなかで,大衆的ファシズム運動への流動化が生じていることを重視するものである。」(253頁)と。
 本書では,「新しい大正デモクラシー史論」を明示する結論部分は存在しない。「若干の展望―むすびにかえて―」があるのみである。次のような見通しが示された。 1930年代前半の時期には,「あるべき労資関係のモデル」として「資本家団体の全国産業団体聯合会の唱える会社組合主義,日本主義労働運動の主張する労資一体全国組織形成論,そして総同盟の団体協約の上に立つ産業協力論,という3つの路線が鼎立していた」が,それらは「いずれも総力戦体制の構築に対しては適応的態度をとって」いた(262頁)。社会局官僚は「この3つの路線の存在を容認した政策展開をはかった」が,1939年の内務省・厚生省による産業報国聯合会組織化の指示は「労働組合の存在を否定する」新たな段階に突入したことを示した(262頁)。「1940年代の日本の政治体制」を「軍部ファシズム」と規定する著者は,労働運動について「自主的なファシズム的動向である日本主義労働運動も,国策対応的姿勢を強めた『社会民主主義』的労働運動も,最終的には,総力戦体制に吸収されていったのである。」(263頁)との「展望」を示した。

(2) 疑問点

 書名について,疑問がある。何故に,多様な解釈が提示されている「大正デモクラシー」という用語を使用したのであろうか。副題の「大衆民主主義体制」も,定義が示されずに使われている。内容に即した書名でないことが,本書を理解しにくくしている。
 次に,研究史整理を行う章が独立していないために,どのような研究を継承し,何を批判しているのかが実に分かりにくく,本書の研究史上の位置が判然としない構成となっている。なお,本書に収録されていないが,著者は次の研究史整理の文献を著している。「近代史研究における2,3の問題」(佐々木潤之介・石井進編『新編日本史研究入門』東大出版会,1982年)と,「民衆運動をめぐる論点」(日本現代史研究会編『1920年代の日本の政治』大月書店,1984年)である。後者は,本書の主題と関わる論点を提示している。
 研究史整理に関する疑問として,著者の言われる「新しい大正デモクラシー史論」や「大衆民主主義体制」と,従来の議論との相違点が何処にあるか判然としない。特に,著者の議論と同様の事柄について,1950年代後半の時点で検討されている松下圭一氏の「大衆社会」論(例えば,「大衆国家の成立とその問題性」『思想』389号,1956年11月号)の何を受け継ぎ,何を批判するかを明確にすべきであったろう。同様に,石田雄氏の『近代日本政治構造の研究』(未来社,1956年)での普通選挙論は本書の議論と密接な関わりがあるにもかかわらず,なんら触れられていない。また,石田雄氏が同書で提起し,金原左門氏の『大正デモクラシーの社会的形成』(青木書店,1967年)でも説かれている「体制内化」論との違いが不明確である。近年の民政党研究への言及もなされていない。
 また,「総力戦体制」と「軍部ファシズム」という規定の相互関連が説明されていないために,1940年代の時期の規定が極めてあいまいなものとなっている。
 実証に関して,幾つかの疑問がある。まず,第1編の分析と第2編の分析との整合性についてである。第1編では,国家の労働政策との関連において総同盟の分析がなされ,社会局官僚との「結合」や社会局官僚・民政党への「期待」,「信頼」という関係が提示された。しかし,第2編では,総同盟は分析の対象ではなく,総同盟とは異なる国家主義的傾向の強い神奈川県の造船業における労働運動が対象となっている。神奈川県における総同盟は,全国的にみて拠点組織の1つとなっており,総同盟中央の松岡駒吉と密接な関わりを持っていた三木治郎,土井直作,徳永正報らによって指導されていた組織であり,選挙においても総選挙での片山哲の当選をもたらす強固な地盤を形成していた。本書の主題からみれば,国家の労働政策と総同盟との関わりの分析は不可欠であったはずであり,その分析の欠落は問題とせざるを得ない。これでは,官僚・政党と「改良主義」労働運動との関連について具体的に検出することは出来ない。第2に,1事例の分析結果を一般化しうる根拠を示すべきであったろう。第2編での事例研究に関連して,1つの県の,造船業という分野の,国家主義的傾向の強い労働運動を対象とすることによって,労働運動全体の「日本的特質」を析出することができるとみなした理由を明示すべきであったろう。その際には,神奈川県の造船業労働運動の労働運動全体のなかでの位置,さらには総同盟の活動を分析せずとも神奈川県の労働運動の趨勢を把握し得るとみなした理由を説明しなければなるまい。第3に,第2編での「普選体制による変革期待への挫折」(253頁)という把握に関する疑問である。 237−241頁の総選挙,県議選,横浜市議選の分析において,造船業における労働運動を支持母体とする地方政党の不振については説明されている。しかし,社会民衆党や日本大衆党は一定の得票を獲得している。その後も,社会大衆党は各種選挙で議席を獲得し議会活動を展開している。「変革期待への挫折」なる断定を下し,一般化することはできないのではなかろうか。4点めとして,当該時期の運動の評価に際して,取締当局の下した「左翼の共産主義的組合」,「右翼の社会民主主義的組合」等々の規定をそのまま踏襲していることに疑問がある(261頁)。運動実態の分析をふまえた規定が必要ではないか。第5に,著者は「右派」・「左派」・「改良主義」等の用語の規定を明確に示さずに使用されているが,この処置は疑問である。本書の主題からみて,こうした用語をどう規定するかは重大な意味を持つと考えるが,如何。第6に,戦後史との関わりにおいて当該時期をどう位置づけるかについて,「展望」で言及すべきではなかっただろうか。

(3) 幾つかの論点

 1つは,政党政治における政策的対抗のなかでの弾圧策の位置づけについてである。評者は,1920年代後半の時点での農民運動対策の検討をとおして,弾圧第一義的対処策か否かをめぐる対立が顕在化し既成政党・官僚が異なる路線をもつ2つの集団に分化していたことを明らかにしてきた(拙稿「若槻礼次郎の労・農運動対処策の基本的性格」『一橋論叢』76巻1号,1976年7月,「1920年代後半における民政党の民衆掌握」『歴史学研究』558号,1986年9月および「1920年代後半における地方政治と農民運動」『大原社会問題研究所雑誌』367号,1989年6月)。こうした把握と本書での分析結果を比較検討することは,政党政治を再検討する作業の一環となりうるのではなかろうか。2つめは,労働運動や農民運動の評価においては,社会運動全体のなかでの位置づけや,地域政治のなかでの当該運動の位置づけという視角を欠落させてはなるまいと考えているが,如何なものか。3つめは,「改良主義」とみなされてきたものを再検討する必要がありはしないかという問題である。賀川豊彦の検討を通して,この事を痛感している(拙稿「キリスト教徒賀川豊彦の革命論と日本農民組合創立」『大原社会問題研究所雑誌』421号,1993年12月参照)。総同盟の「改良主義」についても,再検討されるべきではなかろうか。4つめは,運動史分析における人物研究の重要性を再認識すべきではないかということである。神奈川県を対象とした本書の場合でいえば,総同盟の三木治郎,土井直作,徳永正報ら同県の組織に関与した指導的人物及び武相労働聯盟の参加者,指導者の思想と行動を具体的に分析すべきであったろう。自戒の意を込めて言う,人の顔の見えてくる歴史分析が必要ではないか,と。

 おわりに

 著者の主張の先駆性をくっきりと示した一文―「先行研究の『利用』と学問の方法」『歴史学研究』564号,1987年2月―が収録されていないことによって,本書の創造性が不鮮明になっている。この論文は,林博史氏の『近代日本国家の労働者統合』(青木書店,1986年)を「私の見解の註記なしの無断『利用』であるといっても不当ではないであろう。」としたものである。林氏の本は,一橋大学の社会学博士の学位論文であった。林氏の博士論文の要旨及び藤原彰・田中浩・加藤哲郎の三氏による審査結果については,「博士論文要旨および審査要旨(林博史)」『一橋論叢』94巻5号,1985年11月号を参照されたい。この問題は,林氏が反論(「安田浩氏の論考を読んで」『歴史学研究』567号,1987年5月)を発表しただけで,沙汰止みとなった。その後も,林氏の著書は宣伝・販売されている。とするならば,この問題に触れることなしには,著者の主張の先駆性が疑われることとなる。何故この論文を収録されなかったのか,評者は知る由もない。本書に収録し,自己の研究史上での先駆性を再度明確にすべきであったろう。




安田浩著『大正デモクラシー史論』校倉書房,1994年,274頁,定価6,180円

よこぜき・いたる 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第436号(1996年1月)



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