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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



西田美昭・森武麿・栗原るみ編著
『栗原百寿農業理論の射程』


評者:横関 至




 本書は,栗原百寿の理論に関する共同研究である。本書の構成は,以下の通りである。序章栗原百寿農業論の課題(森武麿)/第1章 歴史論(森武麿)/第2章 農民層分解論・寄生地主制論(清水洋二)/第3章 農業危機論・農業恐慌論(玉真之介)/第4章農地改革論(野田公夫)/第5章 分割地所有論(大和田寛)/第6章 農産物価格論(玉真之介)/第7章 農村社会論(大門正克)/第8章 農民運動史論(林宥一)/第9章 農業政策論(栗原るみ)/終章 栗原百寿と現代(西田美昭)/著作目録および関係文献目録。
 本書評は,本書の強調点を検出し,幾つかの論点を提示するに過ぎない。

 

<本書の強調点>

 第1に,栗原は「戦前にすでに自己の方法を確立」(大門,179頁)しており,講座派・労農派への「二正面批判」を「ほぼ生涯を一貫した方法的態度」(大門,180頁)として堅持した理論家であった(森,19頁,25頁,26頁,29頁及び清水,54頁・大門,158−159頁も同様の評価)。
 第2に,栗原の理論面での重要な転換について,「この変化は,もちろん時に応してオポチュニスト的に態度を変える類のものではなく,変化する現実と誠実に格闘し,それを客観的に把握しようとした結果の変化」(西田,239頁)であったとの見解が示された。
 第3に,栗原の「明確な方法的特徴」(栗原るみ,225頁)の1つとして,「主体分析の重視」が指摘されている。
 第4に,小経営生産様式論を「マルクスを読みこなした栗原による独自の規定」(森,19頁),「自ら独創的見地」(野田,100頁),「独自のウクラード把握」(玉,144頁)とし,「歴史貫通的な概念」(大和田,126頁)と把握している。
 第5に,栗原がレーニンの理論の影響を受けていたことは周知のことであるが,本書は栗原がスターリン理論の強い影響下に置かれていたことを明示した。「栗原さえもスターリンの権威から自由でなかった」(玉,78頁)とし,スターリンの全般的危機論への傾向(森,6頁・玉,71,77頁),スターリン的国家論の展開(玉,78頁),スターリンの「最大限利潤法則」への依拠(清水,46頁・野田,100頁)が,指摘される。
 第6に,日本共産党の「50年問題」は「当時共産党員であり国際派の立場にあった栗原」(森,8頁)に深刻な影響を与えたが,栗原は「不正義な政治的暴力に傷ついても農業理論の構築に命を懸けた」(玉,63頁・西田,240頁・栗原るみ,252−254頁参照)。
 第7に,栗原理論の「真髄」について,本書は次のように指摘する。「彼の理論は古典の解釈とその『適用』ではなかった。そうではなく,あくまで具体的事実の具体的分析の中で,理論の具体的現れ方を追及してゆく,そうした『特殊性』の解明にこそ彼の理論の真髄があったと言ってよい」(玉,151頁)。さらに,「栗原農業理論の真髄は,あくまで冷厳に諸事実を『客観的』に分析することを前提にしつつこれを『検証』するためにも農民の『主体的』分析を重視し,それこそが農業問題分析を完結させるとともに農業改革の方向をも見定める上で不可欠な作業であることをあきらかにした点にあった」(西田,245頁・森,9頁・大門,157−158頁・栗原るみ,226頁も参照)と。

 

<評者の疑問点・批判点>

 第1に,2つの栗原百寿像が提起されており,統一した像が描かれていない。本書は,一方で栗原が講座派・労農派双方を批判し独自の理論の枠組を提起した理論家とするが,他方ではスターリン理論の強い影響を受けた理論家という像を提示しているのである。この混迷を避けるためには,スターリン理論受容の契機,その内容と栗原の学説転換との関わりを追求すべきであった。そうでなければ,具体的現実の分析を踏まえた理論化こそ栗原理論の真髄と見なす本書の主張は,説得的なものとなりえない。
 第2に,戦前・戦後を通して栗原が一貫した方法をもっていたとする見解には,疑問がある。栗原は,1943年刊行の『日本農業の基礎構造』の序言で,「大東亜戦争の圧倒的大捷を継承する経済建設戦」にとって「農業問題の新しい解決」が「緊切なる課題」であるとの認識にたって,「本書はまさに右のごとき当面の理論的要請に対するささやかな一寄与たらんことを念じつつ,日本農業の客観的研究の序論としてまずその基礎構造を実証的に闡明し,その発展の法則を具体的に検出・展望しようと試みたものである」と言明している(『栗原百寿著作集』第一巻,校倉書房,1974年,1頁)。同書が戦争体制構築をめざす理論書であり,栗原が戦争を賛美する立場にたっていたことは明白である。その彼が,敗戦後には,一転して革命推進を唱えた。転換の理由について明確にしないまま,レーニン・スターリン理論の強い影響下に理論活動がなされた。 1948年再刊版の序言は,「不正な侵略戦争の当然の敗戦という厳粛な現実にもとづいて,民主革命の平和的達成と崩壊の危機にひんしている国民経済の復興という2つの課題」の同時遂行(同上,6頁)が必要であり,「まさに民主革命の社会経済的内容は農業革命にほかならないのである」(同上,7頁)との認識を示した。その上で,「まさにこのような日本農業の発展的把握の線にそった1つの実証的研究こそ,本書の書かれた目標であったのである」(同上,11頁)と書く。同一の著作が,1943年には「大東亜戦争の圧倒的大捷」のために出版され,1948年には「不正な侵略戦争の当然の敗戦」による「民主革命の平和的達成」のために再刊されたのである。かくして,栗原が戦前・戦後を通して確固とした見識を堅持していたとは評価しえない。本書は,『日本農業の基礎構造』が戦争体制構築をめざす書物であったことに言及しないまま,「方法」のみを取り出して一貫性を云々している。こうした手法には,疑問が残る。なお,栗原は再刊版の序言で「当時の苛酷な検閲事情のために,全体を通じていわゆる『奴隷の言葉』をもって綴られている」と弁明している(同上,11頁)。ここでは,全てを「当時の苛酷な検閲事情」の所為にすることによって,研究者としての戦争責任の問題,自己の方法への反省が不問に付された。
 第3に,戦時下の栗原の研究の位置づけについてである。本書は,栗原が何故に帝国農会に就職しえたのかについて検討していない。これは,「次第にマルクス・レーニン主義を自己のものとし,学生運動のリーダーとして逮捕,停学処分」(森,4頁)を受けた栗原と転向との関わりを解く上で,避けて通れない問題である。また,前述の如く,本書は栗原の戦争責任に触れていない。現実と格闘する研究者像の解明という本書の課題設定からみて,この措置は疑問のあるところである。栗原の戦時下での思想と行動について,もっと検討すべきではなかったろうか。この点で,1937年から1942年の逮捕・投獄までの時期の年譜と著作目録の補充――たとえば,転向者厚生団体の機関誌『国民思想』への執筆(5巻9号,1939年9月号,「書評・高山岩男『文化類型学』」,運動史研究会『運動史研究』第7巻,三一書房,1981年,127頁)等――が,必要となろう。
 第4に,理論面での変遷の評価において,何故変遷せざるを得なかったのか,変化をもたらした要因は純粋に理論的なものであったのか,それとも何らかの政治的背景が存在するのか,という点の検討は充分とはいえない。本書は「オポチュニスト的に態度を変える類のもの」ではない(西田,239頁)とするが,何故に戦争賛美者が革命を唱えるに至ったのかという最も基本的な事柄さえ検証されていない。本書は,栗原の戦時下での思想・行動と敗戦直後のそれとの対比に,もっと留意すべきではなかったろうか。
 第5に,革命論争のなかでの栗原の理論の位置について検討すべきであったろう。周知の如く,栗原は分裂した共産党の一方の側の理論的代表者の一人であり,農民運動の一方の側の理論的指導者であった(上田耕一郎『戦後革命論争史』上下,大月書店,1956年,1957年・佐久間弘「戦後農業革命論争」上中下,『現代の理論』1970年12月号,1971年3月号,1971年4月号)。ところが,「主体」分析を強調する本書が,この問題についての検討を軽視している。「栗原理論が,現実と栗原とのいかなる緊張関係の下で体系化されてきたかを確認すること」(西田,236頁)を課題とした部分においても,共産党のなかでの栗原の立場,分裂との関わり等の検討が十分でないため,「栗原理論」の政治的位置が鮮明になっていない。反独占で一致する中西功と栗原の違い(玉,152頁)や占領軍の評価,占領下平和革命論との関わり等を,分析すべきであったろう。
 第6は,小経営生産様式なる概念について,本書は「マルクス自身は『小経営的生産様式』を一度も使っていない」(森,18頁)として栗原による「独自の規定」ということが強調された。しかし,栗原自身によるマルクスの『資本論』からの引用部分で,マルクスが「小経営」に言及し「この生産様式」という表現を何度も使用していることを看過している(『農業問題の基礎理論』,『栗原百寿著作集』第8巻,130頁)。本書が小経営生産様式を強調した意図については,断片的にしか触れられていない。「『小農』の論理」(玉,150頁・大門,175頁・栗原るみ,221−222頁,225頁)の強調や,「資本主義下に存続し続ける小農を農業問題の根本として捉える枠組みの形成」という栗原理解(玉,144頁)から,判断するしかない。包括的な説明が必要であったろう。



八朔社,1990年,3,296円

よこぜき・いたる 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第391号(1991年6月)



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