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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




堀 勝洋 著
『現代社会保障・社会福祉の基本問題
         ―21世紀へのパラダイム転換―




評者:埋橋 孝文



 本書は,著者が1994年から97年にかけて発表してきた論文を元にしたものである。同時進行した社会保障・社会福祉の分野での大きな変化に対して,著者は積年の研究を背景に緻密な分析の論稿を数多く発表してこられた。
 本書は他方で論争の書でもある。本書第5章は,里見賢治,広井良典両氏の主張に対する直接的な反論であり,両者間の真摯な論争の水準を高める内容となっている。その他にも控えめな形で(つまり付注の形で)塩野谷祐一,伊藤周一両氏への鋭い反駁もある。全体を通して,「党派的立場またはイデオロギーから,政府による法改正及び新規立法を常に改悪だとして反対してきた」「権利論者の一部」への批判が手厳しい。それは「社会保障は現実の社会経済に立脚して構築されなければならず,社会経済が変化すればそれに応じて社会保障も常に見直していくことが必要となる」(14頁)という著者の確固たる信念に裏打ちされている。
 本書は,第1章での視野の広い全体の基調(パラダイムの転換)の提示に始まり,各論での具体化と実証という組立てになっており,この間大きな議論になった公的介護保障や社会福祉分野における措置制度の動向についての分析も含まれている。
 なお,年金制度については本書でもふれられているが詳しい展開は別著『年金制度の再構築』(東洋経済新報社,1997年)に委ねられている。同じくポレミークな同書からは,積立方式への移行や世代間の負担の公平の問題,いわゆる賃金スライド問題,公的年金の意義などについて同じ著者の別の顔を垣間見ることができる。共通しているのは現行制度についての緻密な理解と論理の展開,それに基づいて現実的で柔軟な改革の方向をめざしていることである。

 本書の構成は次のようになっている。
第I部 現代社会保障の基本問題
  第1章 社会保障のパラダイム転換
  第2章 社会保障改革と国民生活
  第3章 社会保障制度の総合化・体系化
  第4章 社会保障の法的基盤
  第5章 社会保険方式と社会扶助方式
  第6章 社会保障と扶養

第U部 現代社会福祉の基本問題
  第7章 社会福祉の基本理念
  第8章 措置制度の動向と課題
  第9章 シルバーサービス産業の現状と課題
  第10章 オランダの介護保険

 以下では,上記の構成にしたがって簡単なコメントをはさみながら内容を紹介していく(紙数の関係上,第4,9,10章を割愛した)。
 第1章(社会保障のパラダイム転換)では,わが国の社会経済の変化,国民の価値観の変化を踏まえて,社会保障・社会福祉それ自体の「基本理念あるいは思想的潮流」=パラダイムの転換が示される。それによると,社会保障の対象者が低所得者・弱者から国民一般にまで拡大し,それにともない最低生活の保障を超えて「健やかで安心できる生活の保障」へと理念も変化してきた。また,公費負担による社会扶助から保険料を主たる財源とする社会保険へ,選別主義から普遍主義へ,その他,拡大充実・権利性から公平性,有効性,効率性重視への転換,社会福祉の分野での地方分権,在宅,地域が重視されてきている(図表1−1,12ページ参照)。この序章はスケールの大きい導入部分であり,また,本書全体の総括部分でもある。
 上のような転換の時期区分については本文ではあまり説明されていない。つまり,「従来」→「今後は」(9頁),「戦後においては」→「近年」(10頁)「戦後50年の間に」(12頁)という風である。ただし,15ページの注のなかで,(1)1960年頃までの最低生活保障に力点が注がれた時期,(2)1980年頃までの社会保障の拡大期,(3)それ以降の社会保障改革期,と分け,(1)の時期と(2)(3)の時期を対比させたものと解説されている。
 上のような捉え方は,(2)と(3)の基調の変化に注目する論調が多いなかで,かなりユニークなものであり,そこに著者の一つのスタンスを見て取ることができる。つまり,マクロ経済的にも比重の高まった社会保障の機能と先進国がほぼ一様に直面している財政制約との関係がここ20年ほど再考されているが(いわゆる「福祉国家の危機」論),問題はそうしたいわば短期的な課題というよりも,ほぼ半世紀をスパンとする構造的な転換なのである。蛇足ながら補足しておけば本書は21世紀に入ってからの未来予測的な転換論では決してなく,あくまで「21世紀へのパラダイム転換」を扱っている。

 第2章(社会保障改革と国民生活)は,社会保障改革の国民生活への影響の検討を主たるテーマとしている。著者もいうように,この分野ではインプット指標は数多くあるが,国民生活にどのような効果を及ぼしているかというアウトプット指標が少ない。そうした事情はもちろんあるが,ここで挙げられている指標は概括的なものにとどまり,国民生活への影響を内在的に明らかにするものとはいえない。
 評者にとってより示唆に富むと思われたのは,本章前半で扱われている,1980年代以降の社会保障改革の基調の説明と「社会保障改革の手法の類型」の方であった。
 前者については,1980年以降の動きを単純に「福祉切り捨て」と捉えることの一面性が浮き彫りになっている。1.高齢者介護対策や少子化対策の充実がこの間おこなわれていること,2.当面の財政問題への対応というよりも21世紀の超高齢化社会への対応もあること,3.施設福祉から在宅福祉への転換や前章でみたパラダイムの転換が同時に進行していること,などがその根拠である。
 後者については,(1)国家負担の軽減,(2)給付水準の見直し,(3)利用者負担の見直し,(4)制度間財政調整の仕組みの導入,(5)民間活力の活用,(6)国と地方の役割の見直し,(7)計画による整備,にまで至る包括的なものがそれぞれ簡潔にまとめられている。

 第3章(社会保障制度の総合化・体系化)は,「社会保障制度を総合化・体系化して財政資金などを効率的に配分」(47ページ)するための具体的方途を論じている。
 まず年金については,給付面ではほぼ同じようになされたが保険料率でまだ差がある各種被用者年金の統合の必要があることが示される。一方,同じように分立している医療保険については,制度の一元化が簡単ではないこと,また統合が必ずしも望ましくないことが述べられる。その上で,国民健康保険制度について,実施主体の広域化,自営業者の所得把握の明確化,被用者保険との財政調整などの改革が望まれることが述べられる。その他,連携に伴って新しく出てくる問題にも留意されており,この点でも著者の目配りには行き届いたものがある。

 第5章(社会保険方式と社会扶助方式)は,この間ホットな議論が闘わされた公的介護保障の在り方をめぐるもので,社会保険方式と社会扶助方式という2つの方式を比較検討している。その際,「一つの方式の理論的な面と他の方式の現実的な面とを比較するという方法的に間違った議論」を避けなければならないという里見賢治氏の指摘を受けた形で,1)原理・制度面,2)財源面,3)サービス面にわたる17の客観的評価基準を設定して,それぞれ理論的姿,現実的姿にわけて検討を加えている。

 評者が気になったのは,給付の普遍性についての立論である。著者も述べているように,「普遍主義」は所得制限もしくは資産制限によって低所得者にしか給付を行わない「選別主義」と対をなす概念であり,この点は問題がない。社会保険方式では給付に所得制限又は資産制限がつけられないのが一般的であり,その意味で普遍主義的である。そして理論的な面と現実的な面でもこの給付の普遍性については社会保険方式のほうが優れていると結論されているのであるが(図表5−1,92ページ),この点には疑問無しとしない。社会保険では加入者,より具体的には保険料支払い者のメンバーシップ制を前提とする「普遍性」と理解するのが妥当であろう(「一般的には保険料を納めないものには給付がされない」(83ページ))。

 評者は,2つの方式のいずれにも選別主義的側面がみられるとしても,その性格は大きく異なると考える。つまり,社会保険方式のもとでみられるものはどちらかといえば低所得者層排除の選別性であり,社会扶助方式でのそれは高所得者層を給付の対象外とするものである。この点に関わって,「社会保険方式の下で低所得者に対する適切な保険料の減免の制度がありながら保険料を納めないのは,その者の自らの意思で給付を受けないことを選択した結果ととらえることができる」(84ページ)と断定するのはいささか酷のような印象をもつ。
 ちなみに,財政制約からイギリスなどの国では選別主義を強め,よりニーズの高い低所得層を対象とするターゲット効率性を高める傾向がみられる。しかし,わが国では児童扶養手当などの一部を除いてかかる動きはそれほど顕著ではない。先にみた本書第2章の「社会保障改革の手法の類型」でもその種の手法が取り上げられていなかった。こうした違いは何故生じているのであろうか。わが国は「中産階級の福祉国家」的側面がより強いのかもしれない。

 第6章(社会保障と扶養)は,これまでに膨大な研究蓄積のある生活保護以外の社会保障と扶養との関係を扱っている。
 まず,1)扶養義務者の所得によって支給が制限されたり年金額が減額される老齢福祉年金,2)1986年の改正後も被用者であった夫にのみ支給される老齢厚生年金,3)遺族年金などのもつ遺族の生活保障的性格と相続的な性格,などのケースを取り上げて,それぞれのディーテイルを検討している。そして,上の1),3)のケースでは扶養権利者の扶養の程度が減ずるという意味で,(生活保護の場合と異なって)公的扶養が親族扶養に優先することが示される。
 次いで,各種老人ホームサービスと私的扶養(自己扶養と親族扶養)との関係が前者の費用徴収制度を軸に論じられる。著者の立場は,老人福祉法の費用徴収規定は公法の分野に属するものであり,政府は公平性や事務処理上の便宜といった点に鑑み,民法とは異なる制度にすることができる,とするものである。

 第7章(社会福祉の基本理念)から第U部「現代社会福祉の基本問題」に入り,最初に社会福祉と人権の関係が説明され,次いで公私の役割(分担)の問題が幅広く検討される。
 この公私の問題は,1)自己責任と公的責任,2)家族責任と公的責任,3)民間事業と政府事業,のいずれの部面でも今日大きく変化していることが示される。つまり,自立自助を前提にし,「家族介護を支えるためにも,公的介護の施策が必要であるという認識の高まり」(151ページ)がみられ,市町村の責任の強化,サービス供給主体の多様化などが促進されている。その結果,措置の民間委託,社会福祉法人(法的規制と政府による委託や補助),社会福祉事業団(公設民営),福祉公社(行政関与型)などの進出による公私のグレイゾーン化がすすんでいく。
 なお,「外郭団体への民間委託を積極的に推進したからこそ日本では福祉国家が成立したともいえる」との指摘がある(1)。公私の役割分担は海外でも再編中であると考えられるが,この公私の役割分担という断面からみたわが国の特徴はどこにあるのであろうか,本章の叙述はこうした問題へと関心を広げさせてくれる。

 第8章(措置制度の動向と課題)は,現在大きく揺れている措置制度を取り上げている。まず,著者らしく定義を明確にした上で,1)現行の枠組みを前提とした改善の方向,2)抜本的な改革問題,について論じている。1)では,福祉サービスを受ける権利およびその請求権の明確化,申請手続きの明確化の必要性が説かれ,2)では,(保育所への措置入所から契約入所へと変わっても)「公的責任がなくなるというのは行政庁の措置義務がなくなるという一点だけであり,公的負担責任をなくすものではない」(172ページ)という,一部運動論への鋭い批判が結論づけられている。
 本章後半では,契約制度が現行の措置制度に比べてもつメリットが列挙されている。また,97年の児童福祉法改正点のうち,保育所措置制度にかかわる部分が解説されその意義が論じられている。今回の改正の不徹底さが,保護者と市町村との間の法律関係の不明瞭さを生んでいることが問題視されている。

 最後に全体を通して評者が若干疑問に思ったのは,本書では生活保護の問題が正面からは取り上げられていないことである。生活保護制度は現状のままで21世紀に引き継がれてよいのであろうか。パラダイムの転換は生活保護制度の在り方に対して何を示唆するのであろうか。今日,社会保障・社会福祉の普遍主義化は避けて通れないものであろう。そうであるが故になおさら,テークアップ率が低く,旧態依然とした恥辱感がつきまとい,また,「適正化」政策の下で何らの改革の展望なしに財政上の要請のしわ寄せを被るだけの感のある生活保護制度についても著者の緻密で現実的な改革案の提示を望むのは評者だけではないと思われる。別に評者は「権利論」,「運動論」の立場に立つ者でなく,「最低生活の保障を超えて」「従来の低所得者・弱者の保護という目的を超えて」(8ページ)の捉え方に異存はないが,問題はその「超え方」にあるように考えられる。

注1)岡沢憲芙・宮本太郎編『比較福祉国家論──揺らぎとオルタナティブ──』法律文化社,1997年,209ページ。



ミネルヴァ書房,1997年10月刊,x+248頁,定価2600円+税

うずはし・たかふみ 大阪産業大学教授

『大原社会問題研究所雑誌』第483号(1999年2月)




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