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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



筒井清忠著
『日本型「教養」の運命──歴史社会学的考察



評者:梅田 俊英



 本書は,近代日本の社会思想史に関する研究書である。また,最近4年間に発表された同一テーマに基づく論文集でもある。論旨は大変明せきで,考えさせる内容を持っている。まず,本書の目次を紹介し,内容をとらえ批評を加えよう。
 第1章 近代日本における教養主義の成立−修養主義との関連から
 第2章 学歴エリート文化としての教養主義の展開
 第3章 近代日本における「教養」の帰結
 第4章 企業経営者としての「修養」と「教養」一近代日本における展開から〈付論〉修養主義の思想的課題
 第5章 現代日本の教養

 本書の構成を大ざっぱに言えば,第1章において本書の大テーマが提示され,第2・3章においてそれが展開され,第4章では各論的な位置づけとなり,第5章でまとめをかねて現代の問題に及ぶというようになっている。なお,本書の本文では西暦がいっさい使われていない。日本近代の歴史は,元号に区分された歴史と関連があるという判断によるものであろうか。たしかに,明治期,大正期と昭和戦前期というとその時代の雰囲気はとらえやすいが,若い読者のことを考えると(日本史で大学受験するものは,すべて西暦で年号暗記をする),所々に西暦を入れてもよいと思う。以下,各章について順を追って紹介し,批評を試みたい。

 第1章におけるテーマは,近代日本のエリート文化の起原である教養主義と,修養主義とはいかなる関係にあったかを問うことにある。日露戦争に勝利して一応「富国強兵」を達成した状況の中で,藤村操の自殺が典型的な青年層を中心にした生き甲斐喪失状況が生まれる。こうしたアノミー的状況への対応のなかで,明治30〜40年代に修養主義が成立したと筆者は言う。その具体例として,清沢満之の雑誌『精神界』・綱島梁川の「見神の実験」・西田天香の「一燈園」・蓮沼門三の「修養団」・田沢義鋪の青年団運動・野間清治の講談社創立などがあげられている。また,明治30年代の「成功書」ブームから40年代になると「修養書」がブームとなったことも例証とされている。修養主義とは簡単に言えば,人格の完成を目指す主義ということであろう。
 一方,近代日本の教養主義は明治末期以降の旧制高校文化においてうまれたものである。本書の新しい見解は,この修養主義と教養主義が同一の源流を持つとするところにある。一般に大正教養主義は夏目漱石やケーベルからの影響によって成立したとされる。本書の筆者は,それだけでなく明治修養主義からも出立していることを強調されている。本書を読んでもっとも興味深かった点はここにある。明治39年,新渡戸稲造が―高校長となる。一高は以前は武士道的校風だったが,新渡戸が赴任してからその影響によって教養主義への転換が起こるのである。こうして,大正期に修養主義から教養主義が分離してエリート文化として自立していくという。
 このように修養主義と教養主義の源流が同一であったとすれば,何が言えるであろうか。まず,「人格の完成」ということが両主義に共通の目標として設定される。つまり,近代日本のエリート文化と大衆文化は共通性を持つといえるのである。そこで筆者は「近代日本のエリートは,大衆と十分な分離を見せず,「脆弱」で権威がすくなかったが,その分だけ大衆の内面的支持に支えられやすかった」(34頁)と主張されるのである。これは,一応門閥制度を打破した明治維新の変革の性格から来るものであろう。近代日本において貧しい家の子どもでも頭脳明晰であると親類縁者などから借金してでも大学に行かせたものであることは良く知られている。

 第2章においては,大正3年に阿部次郎『三太郎の日記』が刊行され,岩波書店が本格的に出版を開始した大正期以後の教養主義の行方が追われている。つづいて,マルクス主義が強力に台頭し教養主義が後退したことが述べられている。昭和期については満州事変期から終戦期までの姫路高校ほか,さまざまな読書調査が分析されている。昭和6年には,大衆誌『キング』が予想外に多いということ,プロレタリア意識的傾向の者が予想外に少ないこと,全体としては「中間的傾向」が強いことが指摘されている。しかし,1位と2位が「中間的傾向」とされた『改造』と『中央公論』であり,この両誌で40%を越えている。この時期は山川均あたりが両誌に健筆をふるっている頃で「中間的傾向」に分類するのはそぐわない。こういう調査には「プロレタリア傾向」のものは出ないもので,この時期はなお,左翼的出版物の影響が強いと言わねばならない。
 日中戦争期になると,さすがにマルクス主義の影響は後退する。筆者は,マルクス主義・モダニズムの影響が後退するものの,軍国主義化の傾向もまた微弱であったと指摘されている。
 「教養主義者の著作こそ戦時期の旧制高校生文化の主流」(66頁)となり,昭和10年代の軍国主義の時代に旧制高校生文化としての教養主義は完成したという。その理由として,「政府による軍国主義」と「大衆による軍国主義」(軍隊でのエリートヘの虐待)に対する防波堤として教養主義が必要であったとされている。

 第3章では「教養」という言葉を大正6年に和辻哲郎が最初に使うことによって普及したこと,マルクス主義の台頭などについて検討されている。マルクス主義と教養主義が「両者の相補的関係」にあり,「マルクス主義に到達する経路として教養主義が存在していたケースがきわめて多い」(97頁)ことが指摘されている。一方,日本のマルクス主義は教養主義的傾向が強かったということも指摘されている。そうなると,「教養主義」の規定がよくわからなくなる。本書では「教養主義」とは何かについて特に規定されていないが,阿部次郎・西田幾多郎・和辻哲郎などがその代表とされているところを見ると,「教養主義」とは「非マルクス主義」であることが前提ではなかろうか。「マルクス主義が教養主義的傾向」だったという場合は,一般的な意味で使われていると理解しておこう。
 たしかに近代日本では学生層を中心にマルクス主義の影響は強かった。ただマルクス主義に行った者が多かったというだけでなく,マルクス主義は左右・中間の思想的基準にもなった。つまり,マルクス主義は自分がその思想からどの程度の距離に位置付くかを見定める基準をも提供していたと言えよう。ロシア革命からベルリンの壁崩壊までは,だんだん弱くなっていたものの,そのような思想的枠組みが存在した。少なくともその時期の日本ではマルクス主義を全く意識しない社会思想(反マルクス主義を含む)の存在は考えにくい。

 第4章では修養主義(教養主義的側面を含む)が日本資本主義のエートスになったことが述べられている。本章の註で述べられているように,「学生文化としてのマルクス主義が後の企業経営者に」(158頁)与えた影響についても検討すべきテーマであろう。「満鉄マルクス主義」「生産力理論」や,戦時統制経済にあたえたマルクス主義の影響などとともに検討したい。

 第3章の後半では,昭和40年代以後,教養主義の影響力が後退し,昭和50年代から現在まで衰退化現象が起こっていることが検討されている。第5章においてこの問題についての展望が語られているので,両章を併せて検討しよう。
 まず,40年代後半から学生が読む雑誌は『ぴあ』のようなエンタテインメント関連のものが中心で,大学もエリート大学から大衆化大学に変わったと言われている。その原因としては,高度成長期直前には大学生は10人に1人だったが,高度成長後には3人に1人が大学に進学しているところにあるとされる。よく言われる「大学のレジャーランド化」について検討されているのである。これを「大衆文化圏による教養主義文化圏への一種の「報復」」(113頁)とされている。これには軽い抵抗感をおぼえる。
 「大衆」は何を求めて大学に進学するのであろうか。たしかに,日本はエリートヘの条件が平等に開かれているべきであるという観念は広く国民に浸透している(179頁)。しかし,現代においてだれもがいわゆるエリートになるために大学に進学するわけではない。つまり,現代の大学と大学生の社会的位置づけと機能は過去と大きく変わってしまったといえる。厳しい受験勉強に耐えることは現代青年に課された一種の「通過儀礼」となっている。その試練に耐えたものだけが,4年間のモラトリアム期間を与えられるという見方が世間では通用していると言えないだろうか。
 もちろん,現代の大学生に「教養」が不要だと言いたいわけではない。現代における「教養」とは何か,それ自体の検討が必要だということである。筆者は,教養主義的文化と大衆文化との適正な関係を設置すべきであるとされ,「教養主義文化の中に大衆文化の良質なものを取り込む努力」(183頁)が必要だとされている。「教養主義文化」「大衆文化」という区分それ自体に若干違和感があるものの,この点は肯定する。また,若者の読書離れに関して,少女小説は存在するが少年小説は存在しないとして,面白い活字内容が存在しないことを問題にされていることもまったく同感である。少女漫画誌も隆盛していると言えるが,少年漫画誌は圧倒的である。この状況が青少年向けの活字メディアを衰退させた一因だと言えよう。良質な「大衆文化」を取り込むという視点だけでなく,映像メディアや電子メディアなど多様なメディアの文化を現代の教養として取り込む努力もされねばならないだろう。
 本書は,近代日本の青年の社会思想史として新しい論点を出しているだけでなく,現代青年学生の状況にまで及ぶ社会思想を考える上で一読の価値のある著作と言えよう。



筒井清忠著『日本型「教養」の運命 歴史社会学的考察』岩波書店,1995年5月,D+191頁,定価1,800円

うめだ・としひで 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第445号(1995年12月)



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