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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



前川雅夫編
『炭坑誌――長崎県石炭史年表


評者:梅田 俊英



 本書は,長崎県に住む編者が20年の歳月をかけて完成した労作である。 800ページに及ぶこの年表は,個人の作業としてはおそらくこれが限界のボリュームといえよう。母校佐賀大学の岡本宏氏(現熊本大学)らの指導を受けて以来,コツコツとカードに書きためていった編者の努力にまず敬意を表したい。
 最初に本書の内容と構成を紹介しよう。本編「年表」は,1600年頃松島で石炭が発見されたという伝説から始まり,1986年に閉山した高島炭坑の労組書記長(48歳)が自殺するといういたましい事柄と,『近代民衆の記録』の編者・上野英信氏が「写真万葉録・筑豊」を刊行したあと病没するまで(1987年)を扱っている。まさに長崎の炭坑の全史といえる。この年表事項には,すべて出典が明示されている。巻頭には関係写真と地図類が収録され,巻末には就業者数や炭坑一覧表などの資料と索引が収められている。
 また,年表という性格上,史実の羅列にならざるをえないが,「時期区分と出典資料」において編者の編集方針・視点・時期区分・出典資料が説明されている。このうち編者の時期区分を紹介しよう。まず時期区分の根拠として石炭需要・国家との関係・技術の発達・権利意識の発達の4点を挙げたうえ,1.伝説の時代(18世紀以前),2.製塩用炭の時代(江戸時代後半),3.黒船時代(幕末),4.明治前期(1871―1885),5.工業化時代(1886―1905),6.独占資本主義時代(1906―1919),7.長期不況時代(1920―1931),8.戦時経済時代(1932―1945),9.戦後復興時代(1945一1960),10.閉山時代(1961以降)に区分されている。日本資本主義の発達史に照らしてみれば,この時期区分は妥当なものといえよう。本欄は,以上の時期区分に立って,その時期の歴史の特徴と文献解説のまとめがなされていて,「長崎県炭坑小史」ともいえる記述となっている。この年表を利用するにあたっては,まずここに目を通しておくことが必要といえよう。なお,年表のボリュームでいうと,戦後がほぼ半分を占めている。


          


 本書は,いわゆる一般的な「年表」とはいささか趣を異にしている。新聞を中心とした資料からの豊富な引用が年表欄に書き込まれていて,「資料集」とみなすこともできる。年表事項の記述はいくぶん未整理かなと感じつつも,雑多に情報が詰め込まれた年表欄を読み進めると,その内容の面白さに引き込まれてしまう。
ここに本書の最大の特徴,つまり「読める年表」としての特徴があろう。これは,本書の編集方針,編者の視点から来るものであることは言うまでもない。編者は「炭坑」を「石炭産業における生産労働と生活の場の総称」と規定されている。したがって,本書の目ざすものは単なる石炭産業史ではなく,そこで生産し生活する「人間の記録」なのである。
 近年の歴史学においては,民衆史・社会史の研究が高まりを見せつつある。そのなかで「民衆史」が事実上「民衆運動史」に収斂してしまう傾向に対する批判もあり,生活史と運動史,あるいは生活史と事件史(一揆史・争議史)の統一といった点が強調されてきている(民衆史研究会編『民衆史を考える』1988年,参照)。つまり日常性(労働・生活)と非日常性(一揆・争議・運動)の統一ということであろう。 しかし,この二面の統一を見るにあたっては,もっとも具体的なものでなければならない。いわば 「民衆」の生活や行動をありのままに白日の下にさらしていくことであるといえる。たしかに民衆(ここでは坑夫)は争議や労働運動ばかりをやっていたのでもなく,もくもくと生産労働だけに従事していたのでもないのである。
 さて,本書は上の点を具体的に見るにあたって成功した一つの例と言えはしないか。本書には,事故・喧嘩・賭博・自殺・殺人・乱闘といった記事が非常に多く収録されている。例えば「傷害〈加〉炭坑,〈被〉女坑夫,重体 ふられて出刃で」(1930年12月)といった具合である。また納屋頭などに対する暴行事件も頻発していたことがわかる。言うまでもなく暴動・争議の記事も頻出するが,坑夫同士の「喧嘩・乱闘」と,会社側に対する「暴動・争議」との間には溝などはないことが本書から実感できる。一例を挙げよう。 1905年端島坑では「台風で避難,不満続出」「ストライキなどの激語」も聞こえた。 1908年7月同坑で「新参坑夫感情の対立から不満爆発」し,事務所や派出所を襲う事態に発展したのである。もちろん,こういった記事からは坑夫の生活実態の本質を全面的につかむことはできないであろうが,その手掛かりにはなるであろう。
 長崎県の炭坑史といえば,1888年の高島炭坑事件がつとに名高いが,本年表の同年の記事は30ページ近く取られていて,これだけで優に小論文1本に相当する。この事件を告発した雑誌『日本人』の記事もそのまま収録されている。


           

 さて,前述のように本書の史料の中心は新聞である。ここに問題点がないわけではない。確かに,新聞は記述主体(記者)を超えて社会を映し出すものであり,その詳細な分析から事態の一面をつかむことができる。しかし,その媒体の限界,つまりその記事の中心がいわゆる「事件」に傾きがちであることも考慮すべきであろう。とはいえ,このような問題点は本書の編集上にあるというより,使う側がいかにこの年表を使いこなすかにかかっていると言わねばならない。
 また,このような大きな著作を細かく見ていけば,あれやこれやが載っていないのはどうしたという形で,欠点をあげつらうこともできるであろう。例えば,強制連行され長崎の炭坑で働いていた多くの中国人が,監獄にいて原爆で死んだことが記載されていないなど,評者もいくつか気付かないわけではなかった。
 しかし,前述したように,本書の対象が長崎県に限定されていることと共に,個人の仕事としてはこれが限界であると言わねばならないし,今述べた程度のことは,この著作の持つ意義を決して低めるものとはならないと言わねばならない。さらなる研究の深化に,本書は大きく貢献することとなろう。
 最後になったが,おそらく採算の取れないこのような地味な著作に支援を与え,刊行にこぎつけた福岡市の一地方出版社(葦書房)の見識に敬意を表したい。「東京一極集中」が言われる現在、その出版はことさら意義深いものがあるといえよう。



葦書房,1990年1月,10,300円

うめだ・としひで 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第379/380号(1990年6/7月)



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