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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



岡本 宏著
『日本社会主義史研究』


評者:梅田 俊英



 本書は,岡本氏の20年にわたる研究成果のまとめであると同時に,1968年に出された『日本社会主義政党論史序説』の後編としての意味を持っている。日本社会主義思想史・理論史の通史はこれまでにも著書がないわけではないが,そのなかにあって岡本氏の「序説』は広い視野にたった信頼の置けるバランスのよい評価を我々に与えてくれた。現在もこれを越える研究は出ていないといえる。その記述が1927年で終わっていることは残念だったが,今回,本書が刊行されてそれが埋められることになった。まずこのことを喜びたい。
 本書は,まず大きく明治期・大正期・昭和期の3部に分割されているが,内容的にみると以下のように分けることもできる。政党論・国家論・戦略論などを検討した政治学的研究がその一つで,もうひとつは思想・ジャーナリズムなどについての歴史学的研究に立つものがそれである(以下,カッコ内は章)。
 前者のものは,「明治社会主義の国家意識」(1),「マルクス主義国家論の受容と適用」(4),「山川均の国際認識と外交批判」(5),「共産党と労農派の無産政党論」(8),「満州事変と無産政党」(9)であり,後者は「明治社会主義ジャーナリスト」(2),「大逆事件熊本関係者考」(3),「社会主義ジャーナリズムの展開」(6),「昭和初期社会運動」(7)である。このうち第8,9章が前述「序説』の続編とみなすことができるし,第1,4,5章はその補足ともいえる。第7章は昭和期社会運動の概説である。全体としてみると,山川均・労農派の理論的検討と社会主義ジャーナリズムの研究に主体が置かれている。
 上記各章は雑誌や単行本に既発表のものであるが,山川と猪俣津南雄の戦略論について分析した第8章のように,いくつかの論文に手が入れられて整序されているものもある。特に奇をてらうことなく,まっとうな評価を史実に与えられているところに本書の最大のメリットがある。ここでは後者(ジャーナリズム研究)を中心とした批評とならざるをえない。それは紙数の関係もさることながら,評者は大原社会問題研究所で戦前社会運動機関紙誌の復刻事業に関係してきており,問題関心が重なり合うからにほかならない。
 上にあげた「政治学的研究」と「歴史学的研究」の部分には技術の方法だけでなく出来ぐあいに違いがあるようである。残念ながら後者の章に集中して,単なる誤植とはいえないミスが目立つ。単純なものは除いて,ここでは社会主義ジャーナリズム研究に直接関係するものについてだけあげてみよう。

II

 雑誌や書籍名の間違いがいくつかある。石川三四郎の著書『虚無の霊光』が『無の栄光』(54,56頁)となっている。新人会機関誌『ナロード』が『ナロードニキ』(183頁)となっている。これらは単純なミスといえようが,ジャーナリズム研究にとっては雑誌名・発行年月日等に正確を期す必要があるであろう。
  『産業労働時報』が『産業労働調査時報』(189頁)となっているのは若干内容的に検討すベき点がある。「産労時報』は,25年8月から27年2月まで出された第1次(全14号)のものと,29年6月から33年5月まで刊行のよく知られているものとがある(大原社会問題研究所で復刻済)。本書では誌名だけでなくこの区別が正しくされていない。このうち第1次のものは,『日本社会主義文献解説』に『産業労働調査所時報』(227頁)とされるなど,従来は誌名の確定さえ正しくされていなかったものである。
 「共産党は,(23年)9月に『農民運動』,10月に『労働者』を発刊した」(182〜3頁)という記述はまちがっている。まず『農民運動』は22年9月に創刊された第1次共産党のものと,27年4月に創刊されたものとがある。これに対応して労働運動関係で出されたのが『労働組合』(23年6月創刊)と『労働者』(レフトおよび統一運動同盟機関誌として26年12月創刊。同書復刻第3巻拙稿解題参照)である。岡本氏は発行年月だけでなく,この前・後期の区別がついていない。
 さらに「『プロレタリア科学』(29年10月−34年2月)」(191頁)という記述もまちがいである。『プロ科』の創刊は29年11月である。最終号は発行されたものとしては33年10月号で,同年11月号は作成されたものの印刷所で押収され,そのため34年1月号がほとんど同じ内容で印刷されたようであるが,これも押収されて終わったというのが今のところわかっていることである(『プロレタリア科学』別巻拙稿解題参照)。またプロレタリア科学研究所を『プロレタリア文化研究所」(224頁)と記述されているのには驚く(ただしこれは岩波講座『日本歴史』から踏襲したミスである)。索引もそうなっている。
 これまで戦前社会主義雑誌などを知るには前掲『日本社会主義文献解説』が大変重宝であった。評者はこれまで大原社研所蔵の現物と比較対照してきているが,同書にはかなりのミスが発見される。復刻事業が進みつつある現在,本書をそのまま典拠に使うこと(岡本氏がそうだというわけではない)は不十分であると言わざるをえない。

III

 つづいて,内容上にもふれたい。まず,「社会主義ジャーナリズム」という領域が戦前日本に成立していたという点については賛同したい。岡本氏はそこで活躍した人々,明治期以来の人々や第一次大戦後活動し始めた人々を5つのグループにわけて(185頁以降)説明されている。その上でこれらの人々や組織が刊行した定期刊行物や『改造』『中央公論』などの総合雑誌でいかに彼らが活躍したかが述べられている。
 彼らを「ジャーナリスト」ととらえていくのに若干の抵抗があるが,確かに戦前社会主義運動は新聞・雑誌を出すこと自体が運動の重要な形態であったと思う。しかし,ジャーナリズムの歴史としてみるならば,本書の叙述は若干不十分であると思う。商業的にも成り立つ社会主義ジャーナリズムの成立について述べようとすれば,「社会運動通信」ほか多数の通信類の発生についての検討を欠かすことができない。たとえば,『社通』には左翼団体は発禁をのがれてその紙誌を送りつけており,しばしば現在見つけることのできない紙誌の記事をそこから発見することもできる。また「進め」のように団体雑誌と総合雑誌との中間的性格をもつものの検討も重要であると思う。同誌は,創刊頃は第1次共産党の機関誌的な役割を果たし,プロレタリア文化運動が盛んなときにはその機関誌のようにもなり,後半には右翼雑誌のようにもなるという変転極まりないもので,この誌面自体が「社会主義ジャーナリズム」の歴史的変化を反映しているといえる。
 そのほかにここでは詳述できないが,20年代半ばから30年代はじめに,『プロレタリア時代』『大衆時代』『新興階級』といったような弱小出版社による営利的な刊行物や,白揚社版『マルクス主義の旗の下に』(プロ科と版権をめぐって争った)のような出版物が多くなることも,一面では「社会主義ジャーナリズム」の多面化として評価できるであろう(彼らは30年代半ば過ぎて発禁が連続するようになると手を引くようになる。)。社会主義団体・無産団体などから出された雑誌や大手出版社の総合雑誌のみがそれを支えたのではない。
 また,前後は逆になるが,明治の「社会主義ジャーナリズム」の開始期についても同様な疑問がある。日本における社会主義ジャーナリズムの開幕を週刊『平民新聞』に求め,その準備は『萬朝報』にあったという点(28頁)は,それ自体としては問題はないが,日清戦争後『六合雑誌』『国民之友』『太陽』や単行本などで社会主義ないし社会問題論が隆盛していたことを見落とすことはできない。『東京経済雑誌』でさえ社会主義を論じているのである(拙稿「陸羯南におけるナショナリズムと社会主義」『大原社会問題研究所雑誌』360号参照)。幸徳ら平民社社会主義者らはこのような論壇のなかで活動するところから力をつけていく。したがって幸徳らもこの時期には他の論者と同様に天皇問題や国家論(例えば国家と社会の区別)などにおける問題点は共有していたのである。日露戦争が近づくと彼らは非戦論に立って,この論壇から分離する。「冬の時代」に堺利彦らが三宅雪嶺ら多様な人物と共同するのも(43頁),この時期に至っての偶然でないし,「著名な非社会主義の人垣で自己と社会主義を守る知慧」 (44頁)という世を忍ぶテクニックでもない。ともに日露戦争以前に社会問題を論じたという経験が大きかった。つまりここで言いたいことは,「社会主義ジャーナリズム」という以上,平民社系社会主義新聞雑誌を検討するだけでなく一般ジャーナリズムとの関係なども問題にされなければならないということである。
 さらに,社会主義ジャーナリズムの成立を考える際に地方的視点をも取り入れたい。もちろん,岡本氏も大逆事件熊本関係者の克明な研究をなさっているが,その視点が同氏のジャーナリズム研究(第2・6章)には反映されていないように思う。地方は中央論壇の受け手だけでなく,担い手であったし主体でもあった。 20年代を過ぎると思想的な地域出版物がたくさん出されるようになる。これらのものを広く視野に入れるべきであろう。

IV

 以上,いくつか問題点は感じたものの,『社会主義研究』での山川均の活動など大変よく研究されており,本書の価値は決して低いものではない。また,従来労農派の代表的理論家は山川と猪俣とされ,その理論的違いについてはあまり問題とはされていなかったが,1970年代始めに岡本氏が山川の協同戦線党論と,猪俣の横断左翼論の相違を明らかにし,横断左翼論とそれに基づく彼の戦略・戦術論の意義と限界を明らかにされたことも,あざやかな記憶として評者には残っている。その成果が第8章に収録されているのである。
 したがって,ここで評者の出した注文は,本書の成果のうえに立ってむしろ我々が今後の研究でさらに深めるべき課題であると言えるかもしれない。



成文堂,1988年12月20日発行 5,000円

うめだ・としひで 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第374号(1990年1月)



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