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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




竹田 誠 著
『王子製紙争議(1957〜60)』




評者:上田 修




          

 いわゆるバブル経済が破綻した現在,日本企業のビヘイビアやその国際競争力に対する評価に微妙な変化が生じはじめている。しかし,1970年代末葉から80年代を通して,日本企業の強力な国際競争力を支えた要因の一つとして労使関係の特徴的なあり方が取りあげられ,その評価をめぐって対立的な議論が交わされたという事実に変りはなく,理論レベルでの論争に決着がついているわけではない。したがって,効率的な経営体制の基盤とされる〈日本的〉労使関係が,いかなる歴史的経緯を経て,どのような問題を抱えながら形成されてきたのかを明らかにする作業は,この議論に不可欠な事実と認識を提供するものである。「個別企業の労働争議の分析を通じて“日本的労資関係”の確立を促進した諸要因について検討すること」(4頁)を目的とし,1957年11月から足かけ4年にわたる長期紛争となり,労働組合の組織崩壊に終わった王子製紙争議を対象とする本書は,〈日本的〉労使関係をめぐる議論に重要な論点を加えるものである。
 本書の構成を示せば次のとおりである。
 序 章
 第1章 独占体制の崩壊と経営者類型
 第2章 争議前半期一労働者の「基本的勝利」
 第3章 争議後半期―第一組合の崩壊
 終 章 要約と展望

II

 各章の概要は次のとおりである。
 序章は,戦後の研究史を1)近代主義を背景とし,大河内一男・藤田若雄に代表される否定的特殊論,2)段階論を前提としつつも,それぞれ対照的な立場に立つ小池和男・山本潔に典型される普遍論,3)近代主義とは逆に日本を基準とし,能力主義が労働者の公平観を包摂していることを主張する石田光男に見られる肯定的特殊論の3段階に区分・検討した上で,次のように指摘する。戦後の研究史は「日本労資関係に対する批判的視点の希薄化のプロセス」であり,論理展開においても「精神構造分析の欠如,あるいは,不十分さ」があると(14頁)。そして,この問題を克服するために1)「平時の研究の一面性を批判し,あるいは,補う意義を持つ」(15頁)労働争議の実証研究という方法を採用し,2)労働争議の性格やその推移を「公式の方針,スローガンとは全く別の方向」(17頁)に結びつける基層レベルの労働者意識に焦点をあわせる精神構造の分析,さらに3)従来の労働争議分析においては十分に留意されたとはいいがたい経営者側の分析の重要性が強調される。
 この分析手法を踏まえて第1章は,争議に至る王子製紙の経営問題の解明と経営者の類型化がおこなわれる。まず,同社が戦前から戦後の高度経済成長期に至る過程で独占企業としての基盤を動揺させたことが取りあげられる。戦前,王子製紙は北海道,樺太の国有林から得られるパルプ原料の独占的払い下げによって,極めて高いマーケット・シェアを確保していたが,戦時中の人絹用パルプ増産政策によって,戦後には集中排除政策による企業分割,さらに後発メーカーの急成長によって,紙パルプ産業における独占的な位置を脅かされるようになったと。このように,著者は「国家との結合に支えられた独占体制の崩壊が,経営,労務政策の転換を促し」(35頁)たという巨視的視点から争議の経済的要因を明らかにする。その上で,経営,労務政策について対照的な考え方をとる経営者の類型化がおこなわれる。すなわち,1)戦前からの経営政策を引き継ぎあらたな経営政策を打ち出せず,労務政策についても独自の路線を持たない退嬰的経営首脳,2)“個”の未確立を何よりも問題とし,労務管理の近代化によって生産性向上をはかろうとした近代主義的労政担当者,3)企業競争力の強化のためには管理会計制度の導入をはじめとする経営の近代化,強圧的対組合政策を実施しながらも,他方において「終身雇用」の社是の確立,学歴差別解消等によって労働者の企業への情緒的一体化を図ろうとする“日本的”経営者である。
 第2章では,争議開始から労働者の勝利に終わる前半期が取りあげられる。すなわち,1)企業競争力の強化をはかる手段として連続操業を企図する経営が,「レッド・パージ復職闘争」を指導し,反合理化の立場をとる,あらたな組合リーダーの登場に驚き,強硬な対組合政策を採用し,他方,労働者側においても,1957年に相次いで生じた死亡災害事故に対する怒りが蓄積し,その結果,労使が激突したこと,2)争議は,1957年年末闘争においては,安全衛生問題として,翌年の春闘では連続操業の実施,ユニオン・ショップ制の廃止を中心とする労働協約改定問題として闘われたものの,3)争議の原動力は,旧職員層を中心として結成された第二組合に対する近親憎悪的感情にあり,それが現場職制と労働者との癒着関係に起因するものであること,最後に4)中労委による斡旋が労働者側に有利に働き,争議は労働者側の基本的勝利に終わったことが示される。
 しかし,その勝利も長くは続かなかった。長期ストを終了し,王子労組員が就労した1958年12月から60年1月にかけて組織人員が大幅に滅少し,代って新労が大半の労働者を組織したからである。こうした事態の展開を踏まえて争議の後半期に焦点を合せる第3章は,王子労組の「凋落の根拠を考察するために」(174頁),1)会社による差別待遇,2)組合指導者の方針,3)一般労働者の意識といった点を取りあげ,検討する。まず,1)について。中労委斡旋を受けて就労した後,職場闘争に対する懲戒処分,差別的配置転換,子弟の採用差別等の処分,差別待遇があったものの,組合員の脱退は,これらの不当労働行為がおこなわれた後の時期に集中して発生しているため,主としてこれらに規定されて生じたものではないとされる。次に2)について。組合員の大量の脱退が始まった時期に,諸般の事情によって「長期ストこそ実施しなかったが,基本的には闘う姿勢を維持していた」(183頁)執行部から第三勢力と呼ばれるリーダー達が中心となる執行部体制へと変化した。第三勢力は主として「高等小学校卒の生産現場の平社員」(193頁)から構成され,「学歴,出身職場,あるいは強固な左翼思想の欠如という点で,左派や新労幹部と比べて,平均的な王子製紙労働者に近い体質」(195頁)を持つとともに,筆者が「日本的精神構造」と呼ぶ特徴的な性格を示していた。すなわち,「善悪の論理的判断,対立点の解決の具体的内容を常に曖昧にし,棚上げし,経営者の『腹』『誠意』を信じて行動することを主張し,労資間および第一,第二の両組合間の“和”の回復を最優先課題と」(243頁)するところに第三勢力の性格の特徴があった。このような指導部のもとで平和路線が採用され,連続操業が会社提案そのままに受け入れられ,さらにかれらによって職場闘争の抑圧もおこなわれたため,組合員の闘志が萎縮することになった。しかし,3)王子労組の敗北は,第三勢力の闘争放棄によってだけ説明されるものではなく,「新労組合との対立忌避の感情」(216頁)から「平和路線」を受け入れようとした労働者意識のあり方が深く関わっていた。「同じ職場の人間どおし」(243頁)の対立を避けようとする感情に職場闘争に対する処分,王子労組員であることを理由とする差別待遇に対する恐怖,不安が「入り混じりひとつの厭戦気分となって平和路線受容の基盤となった」(222頁)と。このように王子製紙労組の敗北は,第三勢力による平和路線を受容した労働者の独特な意識のあり方と結びついたものであるとされる。
 終章では,争議後の労使紛争のプロセスと“日本的労資関係”の確立という問題に関連して,「宗教的倫理意識を根幹とする“日本的精神構造”がいかなる役割をはたしたのか」 (246頁)を検討する重要性が指摘されている。

III

 豊富な一次資料と多くの関係者からの聞き取り調査にもとづいて構成される本書は,当該争議はいうまでもなく,高度経済成長期の前半期に相次いで起きた労働争議を研究するに際して,欠かしえないものとなろう。同時に,基層レベルの労働者意識を検討して,「“日本的労資関係”確立を促進した『日本的なる』『エートス』とは“暗く陰湿”なものであり,“無原則的”“無節操”という否定的価値評価と結びつけることが可能な性格」(243頁)のものであったとする結論は,高度成長期に協調的労使関係が成立していく過程を検討する上で重要な論点をなそう。このような労働者意識を活用しなければ,「第二組合による大多数の労働者の吸収を果たしえ」(同上)ず,「日本的労資関係」確立もおぼつかなかったとする著者の見解は,日本の労働者にまつわる従業員意識こそが労働組合を現状へと導いてきたとする通説を否定するからである。
 とはいえ,本書を読んで,疑問が生じなかったわけではない。紙幅の関係上,若干の疑問点について指摘しておこう。まず,従来の労働争議研究の問題として経営側の分析が手薄だとの指摘をおこなった上で,経営者の類型化がおこなわれているものの,争議過程の分析が労働組合ならびに労働者に焦点をあてているため,争議の各局面において各類型の経営者,とりわけ近代主義的労政担当者と“日本的”経営者とがそれぞれどのような企業秩序を描き,争議に関わっていたのか,また双方の政策が抱えざるをえなかった問題とはどのようなものであったのかといった点が鮮明に描かれているとはいえない。同時に,叙述スタイルの好みの問題といってしまえばそれまでであるが,争議の前半期を対象とする第2章では時系列にそった叙述がおこなわれているのに対し,後半期を対象とする第3章では,争議の経過そのものよりも争議が敗北に終わった要因の検討に焦点をあわせているため,長期にわたる王子争議の全体的な経緯と各段階における問題点といったものが捉えにくいように感じた。
 しかし,最も疑問に思った点は,本書の中心的な論点をなす「日本的精神構造」に関わる問題である。筆者は,研究史の検討の結果,精神構造の分析がこれまで十分ではなかったとして労働者意識研究の重要性を指摘しているが,労働者が抱くエートスなり価値観が戦後の労使関係の展開に重要な役割を果たしたこと,この点を検討することの重要性については,従来から認識されており,様々な研究が積み重ねられてきた。「企業社会」の形成が日本の労働者のエートスのあり方といかに関わっているかを示した熊沢誠の仕事はその代表であろう。したがって,筆者がこの問題を指摘することによってあらたな理論的枠組みを提示しようとするのであれば,従来の研究のどこに問題があるかを明らかにする必要があろう。しかし,本書では,「日本的精神構造」は,大塚久雄が「民衆の内的な関心の状況」と呼んだものを含み,「『最広義』における『宗教的諸要因』」(l6頁)にもとづくものとされるだけであり,従来の研究が明らかにした日本の労働者の価値観,エートスのあり方といかなる関係にあるのかは明瞭ではない。前述したように,従業員意識よりも「日本的精神構造」が“日本的労資関係”成立に不可欠の条件とされるだけである。
 このような労働者意識の把握における問題は,争議の結果,あらたに形成された労使関係がいかなる枠組みによって構成されているのかを曖昧にする結果になったように思われる。「日本的精神構造」の上に形成される労使関係とは,どのような特徴なり問題を抱えることになるのかという点が明確に示されているとはいえないからである。労働争議,とりわけ労使関係史上において画期をなすそれは,従来の労使関係におけるなんらかの問題点を解決し,あらたな秩序の形成に結びつくものであるが,王子製紙争議は,連続操業にみられる合理化問題は解決したものの,労働者意識という問題領域に関わっていかなる問題を解決し,あるいはあらたな労使関係にどのような課題を持ち越したのだろうか。争議の結果,再編成された労使関係は,筆者が指摘する労働者の精神構造をいかなる枠組みによって包摂し,それによって効率的な生産体制を形成するとともに,どのような問題を抱えることになったのだろうか。このような疑問点の提示は本書の課題を越えるかもしれないが,〈日本的〉労使関係の成立過程を射程に入れようとするならば,これらの問題を視野の外におくことはできないだろう。もっとも,これらの点については,筆者が「日本全体における労資抗争のプロセスにおいて……“日本的精神構造”がいかなる役割をはたしたのかを検討することは今後の課題である」(245頁)としているので,今後の研究の成果が待たれる。





多賀出版,1993年1月刊,246頁,定価6,592円

うえだ・おさむ 桃山学院大学社会学部助教授

『大原社会問題研究所雑誌』第419号(1993年10月)



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