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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




D.M.ゴードン/R.エドワーズ/M.ライク著
河村哲二/伊藤誠訳

『アメリカ資本主義と労働――蓄積の社会的構造



評者:富沢 賢治



 「分割して統治せよ」(divide and rule)は,統治の大原則である。「団結により立ち,分裂により倒る」(United we stand, divided we fal1)は,労働運動の大原則である。本書は労働者がなぜ分割・分裂させられるのかという問題を労働過程の次元まで掘下げて分析したアメリカ・マルクス学派による研究書である。『区分化された労働,分割された労働者』(Segmented Work,Divided Workers)という本書のオリジナル・タイトルが,本書のテーマを直さいに示している。この点から見れば,本書はH.ブレイヴァマン『労働と独占資本――20世紀における労働の衰退』(1974)以来の労働過程研究の一つの到達点を示すものとして位置づけられる。ブレイヴァマン以来の労働過程論争を詳細に検討したP.トンプソン『労働と管理――現代労働過程論争』(成瀬龍夫・青木圭介ほか訳,啓文社,1990年,原著出版は1989年)においても,本書の著者たちの研究成果が高く評価されている。
 本書はまた,「アメリカ合衆国における労働の歴史的変遷」という原著のサブタイトルが示すように,アメリカ労働史を対象とした歴史分析の書である。しかしながら,本書をたんなる歴史書以上のものとしているのは,その強い理論指向である。著者によれば,本書は「歴史的論稿であると同時に方法論的なもの」であり,本書の目的は,叙述的な歴史研究から解放され,因果関係を説明しうるような分析枠組みを提示することである。すなわち,「これまでの労働史分析は,マクロ経済の動態,制度構造,労働作業組織,および労働者の階級運動のあいだにある,決定的かつ複雑な関連を統合してとらえられなかった。われわれの分析が示唆するのは,そうした関連こそが,アメリカ資本主義における労働過程および労働市場構造に一連の質的変容を生み出してきたということである」と述べて,著者は独自の分析枠組み(SSA理論と略称される)を提起し,それにもとづいて「アメリカ労働史の再定式化」を試みている。ここに本書の一大特徴がみられる。
 SSA理論とはなにか。著者によれば,労働者階級の分析という問題を正確に理解するためには,労働現場における労働の分割と労働市場における労働者の区分化の問題の分析が必要である。1)労働の分割と労働者の区分化の変化は,2)労使構造と労働市場における制度上の変化の歴史的動態,さらには3)経済の長期波動にみられる資本主義体制のマクロ的動態変化と密接に関係している。この三者の相互関連を明らかにするために,著者は労使構造と労働市場の制度的変化の歴史的動態の分析を主要課題とする。著者は資本の蓄積過程を支配する経済的・社会的・政治的な諸制度の集合体を「蓄積の社会的構造」(social structure of accumulation,SSA)と呼び,「蓄積の社会的構造」を構成する2つの重要な制度として労働作業組織(労働過程)と労働市場構造を位置づける。そして,経済の長期波動と蓄積の社会的構造の分析を通して,労働作業組織と労働市場構造の変化を追究する。
 このような分析枠組みによって,著者は「経済活動の長期波動」「蓄積の社会的構造」「労働作業組織と労働市場構造」の三者の相互関連を解明し,それによってアメリカの労働者階級の歴史の分析を試みる。本書の前半は主としてこの分析枠組みの考察にあてられる。
 本書の後半は分析結果の提示である。その特徴は「労働過程と労働市場の歴史分析に適用する資本主義の段階論」であり,つぎのような歴史の3段階区分が提示される。
 アメリカ資本主義は主要な経済的危機を3回経験している。その都度旧来の制度構造の転換が試みられた。その過程で激しい階級対立があったが,新構造の出現により経済危機が克服され,経済成長期が再開される。このようなかたちで経済危機の克服は労働作業組織と労働市場に三つの構造転換をもたらした。
 1820年代から1890年代にいたる「初期プロレタリア化の段階」では賃労働者が創出され,賃労働が生産の支配的様式となった。だが,この段階では労働作業組織の根本的変化はなく,労働市場も未発達であった。
 1870年代から第2次大戦開始までの「労働の均質化の段階」では,多くの職務が一般的で半熟練的な標準作業となり,労働過程の管理は雇用主と職長に集中された。彼らが労働者を駆り立てる「駆り立て体制」(drive system)が労働過程の特徴をなした。労働市場は一般化し,競争的なものとなった。
 1920年代から現代にいたる「労働の区分化の段階」では,労働作業組織と労働市場に3つの質的区分( 1)主要区分に対する副次区分,および主要区分内部の2)独立主要区分と3)従属主要区分)が生じた。「駆り立て体制」は消滅しなかったが,多くの部門で,一連の構造化された団体交渉協約,就労規則,報償制度などにとって代わられた。労働の区分化は労働者の分断を強化し,そうした分断が労働者階級の統一的運動の成長を妨げている。
 このようなかたちで,本書は労働運動の弱体性の主要因として「労働者階級内部の分断」を指摘し,その分断の原因についての歴史的・理論的分析を試みている。
 本書は,「成長の回復に必要な制度調整」を強調する点で,レギュラシオン(調整)学派の分析に近い。この点を認めつつ著者は,1)資本家に対する労働者の対応を軽視し,2)「フォーデイズム」に対して過度の評価をしているとして,レギュラシオン学派を批判している。
 本書は,歴史研究としては図式的にすぎるが,歴史研究と経済理論研究との学際的研究として,歴史研究と経済理論研究の双方に対して方法論上の刺激を与えうる骨太な問題提起の書として評価されうる。





東洋経済新報社,1990年4月,定価4,300円

とみざわ・けんじ 一橋大学経済研究所教授

『大原社会問題研究所雑誌』第393号(1991年8月)



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