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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




江口 英一 編
『日本社会調査の水脈 ─―そのパイオニアたちを求めて




評者:徳永 重良



 近年,つぎのような議論がわが国の論壇をにぎわせている。すなわち,日本は世界経済においていまや押しも押されもせぬ「経済大国」になった。だが他方,にもかかわらず,国民の間にそれにふさわしい労働や生活のうえでの豊かさが実感として感じられていない。だとすると一体「経済大国」とは何なのか,真の豊かさとはいかなるものなのか?
 こうした国民の多数の素朴だが,きわめて妥当な疑問については,労働組合その他の調査機関や評論家たちにより―それにごく最近では若干の政府省庁からも─,いくつかの解答が出されているが,アカデミックなレベルでの本格的検討はなされていないように思われる。少なくともアカデミズムの反応はきわめてにぶい。むしろ,さきの「日米構造協議」でアメリカ側から包括的な問題(その全てが根拠のあるものとは到底いえないが)をつきつけられて,事態の緊急さ,深刻さに社会科学者として改めて驚愕し,かつ自己の知的怠慢に気がつくとともに,他国の役人に指摘されるまで問題解決に腰をあげぬこの国の政治風土にある種のやりきれなさを感じているのが実情ではあるまいか。
 ところで,現下のジャーナリズムのこうした動きをよそに,早い段階から地道に,だが着実に実態調査をつづけ,それによってわが国の経済社会が高度成長をとげたにもかかわらず依然として厖大な「低所得層」=貧困者をかかえていることを明らかにし,ことの重大さに警鐘をならし続けてきた研究グループがいる。江口英一教授と氏の研究チームがそれである。本書は,教授の退職を記念して,このグループが1985年以来,日本の社会調査の発展にかんする「歴史理論的な」検討というテーマで実施してきた共同研究の成果を公刊したものにほかならない。

II

 まず,本書の構成を紹介しておこう。編者の序論につづき,本論はつぎの三つの部からなっている。すなわち,『職工事情』・『日本之下層社会』から『最低賃金の基礎的研究』(安藤政吉)までを扱った第1部(「戦前社会調査の系譜とそのパイオニアたち」),東大社会科学研究所グループの労働調査,籠山京グループの貧困調査,それに江口英一グループの社会階層調査をとりあげた第2部(「戦後社会調査の水脈―労働と生活を中心に」),最後に,個別テーマやその周辺についての断想をまとめた第3部(「社会調査をめぐる諸問題」),からなる。 22名の執筆者の手になる,全編637頁におよぶ多彩なこの大著をここで万べんなく紹介することはできない。以下では,評者の個人的関心がある論点のみを,それもごく簡単に触れざるをえないことを,あらかじめお断りしておきたい。
 本書のねらいは,明治以来の日本における「社会調査」の発展を「歴史理論的に」検討することをとおして,その「発展の大まかな構図あるいは図式を明らかに」し,今後の研究のための「すじ道をつけようとすること」にある。いわば本書は「調査の調査」を,つまりこれまでの社会調査研究の総括を意図するものである。
 「調査の調査」といえば,労働調査論研究会編の『戦後日本の労働調査』(1970年)が想起される。周知のように,この本は氏原正治郎を代表とする研究チームがまとめたものである。両者を対比すると,本書の特徴が自ら浮き彫りにされるであろう。
 第1に,ごく大まかにいえば,前者が科学的調査論の形成過程の分析をめざし,恣意性の排除,客観性の尊重を旨としたのに対し,本書は調査書の主体性,実践への係わりを重視する。「社会調査」とは,「大衆のすぐれて広い意味の労働と生活にかかわる,社会的事実の発見と認識を通して,その状態を白日のもとにさらすとともに,そのことを通して社会の全体像を描く,一つの社会研究である」(序論)と定義されているが,この定義のなかにかかる方法的視座がよく表現されているといえよう。
 第2に,前者が調査技術,分析用具の精緻化や調査組織のされ方,その手続きなどにも重きをおいたのに対し,本書はこれらの問題を無視している訳ではないが,二義的なものとしている。すなわち,「われわれが学ぼうとした事は,社会調査の手法や技術ではなかった……調査手法は,調査の目的や対象,問題意識等が明確にされればおのずと創造されるものであり,社会調査のひとつひとつにそれぞれ独自な手法がある」と主張する。
 第3に,前者が対象を戦後期に限定したのに対し,この本は明治期までさかのぼり,しかも戦前期の官民にまたがる主要調査をほぼ網羅して射程におさめている。横山源之助,高野岩三郎,細井和喜蔵,福田徳三,大河内一男といった著名な人だけでなく,いまでは大部分忘れさられた人々―たとえば,漆葉見龍,山口正,朝田善之助,草間八十雄,白石俊夫,遊佐敏彦,豊原又男,橋本能保利等など―の業績をも掘りおこし,それらに光をあてている。こうして日本社会調査の水脈をたどり,それを切り拓いた有名,無名の先駆者たちの仕事を丹念に発掘・整理し,まさにその壮大な「構図」を描いたことは,本書の大きな特色であり,私はその貢献を高く評価するものである。
 第4に,労働者の労働とならんで生活をも視野にいれ,「庶民のいきざま」を全体として捉えようとしたこと,またC.ブース,H.メイヒュー,K.ベーメルト,W.シッフ,P.タウンゼントなどの,欧米の研究者と日本の先駆者たちとの研究上の交渉についても考証を加え,さまざまな興味ある事実を明らかにしたこと―これらも本書の特色であり,その魅力をなしている。

III

 以上で不十分ながら内容の紹介をおわる。つぎに書評の常として,わたし自身の評価ないし感想を述べなければならない。ところが,私は長い間,生活・貧困の実証研究から遠ざかっているので,本書の重要な部分について,的確なコメントをする資格をそもそも欠いている。いきおい,抽象的,思弁的な,それゆえ超越的な批評にならざるをえないが,お許し願いたい。
 本書によれば(2部,1),東大社研調査と江口社会調査とは,労働市場論を「共通する出発点」としながらも,異なる系譜に分類される。その理由はたんに問題意識や調査対象が異なるのみでなく,両者間に「理論的な違い」があるからである。前者は「『職場組織』の分析を……労働問題分析の原点」とするが,これでは「企業別組合の職場外の問題を……軽視してしまう」結果になるので,正しくない。江口調査は,それと「異なる道を辿」り,「日雇労働者や不安定階層に国民・労働者の生活・労働問題あるいは階級・階層矛盾の集約点を求め」る。日雇労働者・不安定階層こそ「基軸的階層」であり,このことを「発見」し,これに焦点をしぼって社会階層の分析を行ったことこそ江口調査の優れた点であるという。―私の疑問は本書のこのような整理の仕方ないし分析視角にかかわっている。たしかに,大企業の組織労働者のみに分析を限定することでは不十分である。だが,そのことは日雇・不安定階層を「基軸的階層」とし,大企業労働者を副次的階層として軽視ないし無視してもよいということにはならぬだろう。社会調査が「社会の全体像を描く」ことを目的とするのであれば,、大企業労働者を度外視してよいはずはない。この二大階層が相互に存立条件をなしているところにこそ日本の労働者階級構成論のポイントがあるのではあるまいか。そうだとすれば,これらを統一的に把握し,その相互連関を明らかにすることが,日本の労働問題研究にとって不可欠な分析視角であるといえよう。
 つぎの疑問は貧困研究の地位づけとあり方とにかかわる。またそれは高度成長期以降の籠山調査に対する本書の批判とも関連する。本書では,いわゆる窮乏(貧困)化法則が自明のことと前提され,いわば調査の理論仮説をなしているように思われる。『資本論』の当該箇所が数箇所で肯定的に引用されていることから,このように解釈しても誤りではなかろう。だが,相対的過剰人口の累積的拡大からの貧困の増大を説くこの法則は,固定資本の存在を軽視しており,論理的には証明されていない。(かつて私はこの点について『労働問題と社会政策論』,1970年,有斐閣で触れたので,ここではこれ以上立ち入らない。)だとすると,この法則の妥当性を調査によって実証することにはどだい無理がある。江口氏と他の執筆者とのあいだには,この法則の受けとめ方をめぐって若干,理解の相違があるように思われる。氏はそれを実証するなどとは言っている訳ではない。
 氏は調査によって現代日本においても厖大な低所得層が存在することを明らかにした。だがこのことは,窮乏化法則がヴェリファイされたこととは同じではない。よく知られているように,近年,「新しい貧困」概念が提唱され,貧困が「再発見」されてきている。このことの実践的意義は大きいが,ここでの問題に即していえば,概念=定義ないし尺度が変わったのであり(古典的貧困→相対的剥奪),貧困の趨勢的な拡大がそれによって実証されたわけではない。貧困の再発見とともに古典的貧困の減少・消滅(籠山調査)の,現代資本主義に対する意味をもまた冷徹に省察すべきではないか。
 現代資本主義の貧困分析にとって,エコロジーと第三世界の問題との関連を検討することは,不可欠の課題であると考えるが,紙幅の関係上,ここでは問題の指摘にとどめざるをえない。
 最後に,恐縮だが,私事にわたることを一言述べるのをお許し願いたい。江口教授が70歳になられた今も依然として調査研究の第一線に立ち,このような大著を編まれたことは,かつて教授に調査の根本をOJTで教示していただいた者の一人として,まことに嬉しくかつ改めて深い敬意の念を禁じえない。教授のご壮健を心から祈念するものである。




法律文化社,1990年刊,9,785円

とくなが・しげよし 東北大学教授

『大原社会問題研究所雑誌』第388号(1991年3月)



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