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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版





三富 紀敬 著
『欧米女性のライフサイクルとパートタイム』





評者: 竹内 敬子




 本書では,1840年から1990年にいたる「150年にわたる期間のパートタイム労働について,女性のライフサイクルの変化とかかわらせながら分析」されており,しかもその対象となっている国はアメリカ,フランス,イギリスの3国にわたっている。本書全体を通して著者が批判の対象として念頭に置くのは,ミュルダール及びクラインの「通説」とも言うべき議論である。すなわち,パートタイムは育児終了後(正確には末子の学齢到達後であろう)の女性が「家庭と仕事という2つの領域」を相互に矛盾させることなく再び就業する際に多くの「利点」を持つ就業形態である,というもので,著者は彼女らの議論に対し,パートタイム労働の担い手が既婚女性と前提されていること,女性の労働力率曲線としてM字型が前提とされていること,その歴史的分析,とりわけ著者が本書を通して明らかにしているパートタイム労働の担い手の性別や婚姻状態の転換が歴史上起こったことへの言及を欠いていること,また,家庭生活との両立という点で「利点」を持つはずのパートタイム労働の実態は夜間の交替勤務など家庭生活を犠牲にする場合もありうる,などの点について,膨大な一次資料の検討の上に実証的に批判している。
 本書を一読してまず気になったのは,著者自身のパートタイムの定義の明示あるいは各国の各時期におけるその定義の整理が必ずしも十分になされていないことである。文脈の中から読み取るに,著者自身は「1日あるいは1週ないし1月の労働時間が通常の労働者より短い者」という広義の定義を採用していると思われるが,長らく定義の混乱,並立からパートタイム労働者数の正確な把握すら困難とされてきた我が国の実情を思う時,やはり著者自身の定義の明示は必要なのではないか。このことは,著者がパートタイムの起源としている,すでに19世紀より存在したイギリスやフランスにおける工場法下の「ハーフタイム」雇用と通常我々がパートタイムという言葉で想起するものとを同列に置くことが出来るかという,評者の疑問とも関連してくる。少なくともイギリスにおけるハーフ・タイム雇用は,工場法が適用される産業に雇用される児童の健康と教育の保障のために,法の「強制」により労働時間を制限しようという性質を持つものである。もちろん,1日ないし1週の労働時間が通常の労働者より短い労働者がすでに存在したことが,雇用形態の一つとしてのパートタイム雇用の進展を容易にしたことはあり得る。その意味では,評者は,著者が指摘するように,すでに郵政業務に関する1870年の「年次報告書」の郵政省職員数の統計にフルタイマーとパートタイマーの区分があり,ここでのパートタイマーはハーフ・タイム制の下での雇用を義務づけられてはいない者を含んでいると解釈できる点に興味を引かれる。
 さて,本書の内容について簡単に紹介しておこう。「序章 女性のライフサイクルとパートタイムの女性化」では,内外の研究史の整理とそれへの著者の批判が提示される。特に国内の研究については,パートタイム労働に関する歴史研究の立ち遅れ,パートタイム労働の起源を第2次大戦中の労働力不足に求める見解がいまだ根強い点,欧米のパートタイム労働への好意的評価などが強く批判されている。その上で,著者はパートタイム労働に関する歴史研究,しかも比較史研究が必要であることを強調する。第I章以下の内容はまさにそれである。
 「第I章 アメリカ」では,この国においてすでに19世紀末から20世紀初頭にパートタイム雇用が存在し,その担い手としては,男女学生を始めとする独身者をも多く含んでいたこと,パートタイマーはその出発点において既婚女性に特化していなかったことが指摘される。それが,第2次世界大戦中に新規労働力として既婚女性を労働力化するため,及び労働力化した既婚女性の欠勤率を下げるためにパートタイムが政策課題となる。これが戦後も引き続き継続される「パートタイムの既婚女性化」の出発点である。著者はこのパートタイムの既婚女性化は,女性に家庭責任を負わす性別分業の強化という側面もあわせもったという重要な指摘を行っている。各時期についてのパートタイマーの労働条件も細かく検討され,パートタイマーが不利で不安定な地位にあったことが例証されている。 1980年代以降の注目すべき傾向として,女性の労働力率曲線がM字型から台形型へと転換すること,既婚女性のフルタイム指向が強まっていることも指摘されている。また,連邦政府,一部州政府で70年代より始まった「両性に開かれ」,フルタイムヘの復帰の保証のあるパートタイム選択権の紹介は,政策提言としても示唆に富むものである。
 「第II章 フランス」では,記述は第1次大戦以前に限定的に導入されていたパリ水道会社の「半日労働」の導入から始まっている。序章でこの国のパートタイムの起源とされていた1841年法のハーフタイム制度にはここでは触れられていない。フランスにおいては,第1次世界大戦中に大量に動員された既婚女性による労働条件改善の要求に対し,「母性保護の一環」として妊婦のパートタイム化を奨励した。フランス特有の人口問題,出生率の低下が,この国にあっては,パートタイム雇用に様々に影響を与えていくのである。外国人労働者が一定数存在したフランスでは,他の2国に比べパートタイムの比重は低く,しかもその担い手のほとんどが独身者であるという傾向が第2次世界大戦期においても変わらない。女性の労働力化が戦時中の政策目標であった2国とは異なり,既婚女性の労働力化を妨げるという目的の単一収入世帯手当てが1941年に導入されているのである。第2次大戦後においてもフランスは引き続き欧米諸国の中では女性就業者中のパートタイム比率が低い。著者はその要因を多角的に検討している。国の政策がパートタイムを抑制する内容を持ったものであったこと,パートタイム雇用に対する労働組合の批判的態度や使用者の消極的態度などがそれである。 1980年代に入ると,1950年代中葉より見え始めたM字型曲線が台形型になるが,政府のパートタイム政策がパートタイム化促進的なものに変化するのも,この時期である。パートタイム雇用はこの政策を受けて80年代に増加する。著者はその労働条件を業種ごとに詳しく検証し,それが不利なものであることを明らかにしている。フランスにおいては法案は多く存在したものの公務員のパートタイム選択権が制度化されるのは1960年代,本格的制度化は70年代のことである。

 「第III章 イギリス」では,この国のパートタイムの起源が工場法下の児童のハーフタイム制度に求められている。この指摘自体は重要であると思うが,これをパートタイムという言葉から我々が想起するものと同列に置いて良いか,という評者の疑問については前述したとおりである。前述のように郵政省においては少なくとも1870年にはパートタイム労働者が郵政省で雇用されていたことが資料的に確認できることを著者は示している。ここで見られるパートタイム労働者の6割は男性で,4割が女性であり,これを婚姻状態別に見ると独身が主である。第1次世界大戦中に既婚女性を労働力化するためにそのパートタイム化が政策課題となった。しかし,戦後にいたっても依然としてパートタイム雇用に占める独身男性の比率が大きく,パートタイムの既婚女性化というような現象は見られない。ただし,公的部門におけるパートタイマー比率は職種によっては3割近くを占めており,パートタイムは「1900−1930年代に構造的に定着している」のである。パートタイムが既婚女性化するのは,第2次大戦中である。パートタイマー中の男女の比率は逆転し,パートタイマーに占める既婚女性の割合が著しく増加するのである。この傾向は戦後も継承されていく。 1961年から確認されるM字型曲線の2つ目の山は年を追うごとに高くなっていく。その山の中身の多くはパートタイマーである。そして,アメリカ,フランスとは異なり,今もってM字型を描いているのである。
 「終章 欧米女性のパートタイム化と政策提言」では,国際労働機関(ILO)やヨーロッパ共同体委員会(CEC)などのパートタイムに関する政策提言が紹介されている。 1980年に出されたCECの提言は,パートタイム雇用の自発的性格,男女平等,フルタイムと同等の権利保障,労働条件の決定へのパートタイマーの参画が原則として遵守されるべきことを謳っている。1970−80年代にあらわれた女性の継続的就業を保証するものとしてのパートタイム選択権は,今や男性にもひらかれようとしている。パートタイム労働は「かつて男女双方に担われていたものが,いったん女性なかんずく既婚女性に独占化されてのち,今日ふたたび両性に開かれるようになった」のである。
 著者は,本書全体を通じて,パートタイムの起源を第2次大戦中に求めることは誤りであることを明らかにした。第2次大戦中に起こったことは,パートタイム労働の「既婚女性化」であったのだ。そして,本書はパートタイム労働についての比較史研究がいかに重要であるかを見事に示した。著者がとりあげた3国だけを見ても,パートタイム労働の起源,パートタイム雇用の促進要因,パートタイム労働の担い手がライフサイクルのどの時点でパートタイム労働を選択するかなどの点で事情が一様でないことは明白である。さらに,現在までのところ,どの国においても,パートタイム労働者の労働条件は常にフルタイム労働者に比べて不利であったことも著者は丹念に実証している。
 評者には著者の研究により,我々をしてパートタイムという言葉でただちにその担い手として既婚女性を想起させるほどのインパクトをもった第2次大戦期およびそれ以降のパートタイム雇用の既婚女性化のもつ意味を,改めて歴史の中で相対化した上で問いなおす必要性が浮かびあがってきたように思える。そして,その際には,既婚女性以外のパートタイム労働者をも視野に含めることがきわめて重要であろう。それによって,我々はパートタイムをより構造的に把握することが可能となるからである。近年の我が国における諸調査は学生アルバイトを含むパートタイム労働の実態把握を試みているが,こうした試みが現代研究の上でも歴史研究の上でもなされるべきであろう。 OECD の Employment Outlook の数字を見ても,例えば1981年のパートタイム労働者に占める女性の比率は,アメリカ70.3%,フランス84.6%,イギリス94.3%となっており,特にアメリカにおいては女性ないし既婚女性のみを念頭においたパートタイム研究はこの国におけるパートタイムの全貌を決して明らかにはしないであろう。
 著者の議論は多岐にわたり,その一つ一つが示唆に富むものであるが,一つ不満を述べるとするならば,上のOECDの数字も示すように,フランスでもパートタイム雇用が,少なくとも「女性化」しているにもかかわらず,その転換がいつ,いかなるメカニズムによって起こったかが明らかにされていない点である。しかしながら,本書がパートタイム研究の上で重要な一石を投じたことはまぎれもない事実である。






ミネルヴァ書房,1992年,376頁,定価5,500円

たけうち・けいこ 成蹊大学文学部助教授

『大原社会問題研究所雑誌』第412号(1993年3月)



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