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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



Theda Skocpol
Social Policy in the United States : Future Possibilities in Historical Perspective



武内 砂由美



   

本書は,歴史における因果的規則性を分析する歴史社会学の立場から(1),アメリカにおけるソーシャルポリシーの歴史,現在,そして将来の可能性までを扱ったエッセイ集であり,19世紀末から1990年代のクリントン大統領による医療改革までを議論の対象としている。構成の概要は以下のとおりである。
 第1章 国家の形成とアメリカにおけるソーシヤルポリシー
 第2章 アメリカ最初の社会保障制度:南北戦争従事者年金の拡大
 第3章 イギリス・アメリカにおけるジェンダーと近代的ソーシャルポリシーの起源
 第4章 社会保障への途
 第5章 ニューディールの再定義
 第6章 ニューディールの限界と福祉のジレンマ
 第7章 アメリカにおける労働と福祉
 第8章 普遍主義のなかの選別化:貧困対策
 第9章 1990年代の医療保険改革
 第10章 社会保障から医療保障へ?

アメリカ型福祉国家の特徴のひとつは,国民所得に対する社会保障支出の割合が低く,連邦補助金に基づく福祉国家プログラムが限定的なことにある。しかもニューディール期を迎えるまで,その限定的な福祉国家プログラムさえ存在しなかったのであり,それは,個人主義,自由放任主義の根強さ,連邦政府に対する国民の不信などの要因によるものと理解されてきた。しかし著者によれば,年代と社会階層を問わず,アフリカ国民の多くが,政府による福祉国家プログラムの提供に懐疑的であり,税負担を嫌うという従来の認識は必ずしも絶対的なものではないのである。
 意外に早い時点で,アメリカに福祉国家プログラムが導入された例として,著者はまず南北戦争従事者年金に着目している。南北戦争従事者に対する年金は,1913年時にはその支給対象者数,支給総額においてイギリスの老齢年金のそれを上回るほどであった。年金が軍事費の一部として計上されるという不備があったにせよ,事実上の公的年金としての重要性を軽視すべきではないというのが着目の理由である。次いで著者はイギリスとの比較において,寡婦年金,労働時間の規制など女性・児童を対象とする福祉政策が州レベルで早期に整備された経緯をとりあげ,階級ではなくジェンダーに基づく福祉政策の策定という特徴が見られたことを指摘する。
 こうした特徴から,著者はいわゆる父権的なヨーロッパ型の福祉国家(paternalist)に対して,20世紀初頭までのアメリカは,母権的な福祉国家(maternalist)であったという独自の見方を提示し(2),伝統的に福祉国家プログラムの導入に消極的だったわけではないという。ここでアメリカにおける独特の福祉政策形成の過程を分析する際に重視されるのは,政府間関係,官僚制といった国家の組織構造や,司法制度,既存の政策体系など社会経済的要因とそれらの要因が整備されるタイミングの問題である。さらに細かくいえば,南北戦争従事者年金の拡大に際しては,保護関税による歳入と二大政党制,そして利益団体の存在が,寡婦年金の普及については,アメリカで高等教育を受けた上・中流の女性を中心に民間非営利団体が作られ,積極的に社会事業にかかわった事実が,それぞれ大きな要因として挙げられている。

しかし,その後1920年代のウイスコンシン州など各州レベルにおいては,革新的な福祉政策が一部で形成されたものの,連邦レベルではニューディール期を迎えるまで包括的な福祉国家プログラムを形成するには至らなかった。ニューディール期は適用範囲の限定,医療保険の欠如,州による保険格差など問題点も多かったが,社会保障法の成立,失業保険,老齢年金の整備など福祉政策の一大高揚期となった。また,完全雇用の実現を目標のひとつとして,失業救済事業も実施された。このニューディール期を境に,アメリカは次第に残余的な福祉国家の方向へと傾斜を強めていくことになるが,このニューディール政策の維持・拡大を困難にした背景として挙げられるのが,戦争の影響である。第二次世界大戦参戦による失業率の急激な低下に伴い,ニューディール政策に対する国民の支持が失われてしまったことは,政策の維持・拡大に大きな打撃になった。ニューディール政策の後退はまた,官僚制の不備,労働組合が分断的で,影響力を行使し得なかったことや,アフリカ系アメリカ人に対する選挙権の拡大の遅れによっても説明される。
 1960年代から70年代の福祉政策に関してあまり言及されていないのがおしまれるが,ニューディール政策の残した課題として,公的扶助としての福祉と,権利としての社会保障の分断化の問題,貧困対策,医療保険,アメリカの政党制度に内在する問題点などが検討されている。福祉国家論の研究書としてはやや物足りない部分もあろうが,歴史から学んで,ソーシャルポリシーの未来を探る研究アプローチと独創的な主張などの点で,読みやすく教えられるところの多い良書である。

(1) T.スコチポル編著 小田中直樹訳『歴史社会学の構想と戦略』木鐸社,1995年。
(2) Skocpo1,T.Protecting Soldiers and Mothers : The Political Origins of Social Policy in the United States   The Belknap Press of The Havard Univ.Press, 1992.






Princeton Universitiy Prees, 1995,312p.,$29.95

たけうち・さゆみ 法政大学大学院社会科学研究科博士課程,法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第471号(1998年2月)



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