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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



沖縄タイムス社編
『50年目の激動――総集 沖縄*米軍基地問題




評者:高野 和基




 本書は『沖縄タイムス』が行なった1995年9月から一年間の沖縄米軍基地をめぐる報道・論説を軸に編まれている。いうまでもなく,95年9月におこった米兵による少女暴行事件をきっかけとする沖縄をめぐる激動は,沖縄における米軍基地の重圧と日米安保体制の実態をあらためて露呈させたといわれる。たしかに,本書やもう一つの県内紙である『琉球新報』から刊行されている関係記事の縮刷版である『異議申立て 基地沖縄』1〜4を読むと,この一連の動向についての本土と沖縄との「温度差」をあらためて感じざるをえない。
 本書は,第1部「ドキュメント」と第2部「基地問題の深層」からなる。また,巻頭に沖縄米軍基地の現状についておおまかな理解を得るため図説のかたちで「プロローグ」が置かれている。第1部では暴行事件を直接のきっかけとする大田沖縄県知事による米軍用地強制使用のための手続代行の拒否,県民総決起大会から代理署名裁判の高裁での県側敗訴,県の米軍基地返還アクションプログラム提示と普天間飛行場返還決定,県民投票,最高裁での代理署名裁判敗訴と知事による強制使用のための公告・縦覧代行応諾表明と激動した一年間が新聞報道・解説によって再現されている。第1部が時系列的に問題を明らかにしているのに対して,第2部では地位協定や米海兵隊の実態,基地移転をめぐる問題(いわゆる「基地ころがいなど),沖縄における軍用地問題の背景などが問題別に最新の情報を使いながら解説されている。
 私は沖縄返還にともなって米軍用地を引続き確保するため制定された「沖縄軍用地暫定使用法(公用地法)」以来,沖縄の基地問題にそれなりの関心を注いできた積もりであった。しかし,大田県知事が指摘するように復帰前と後では本土の沖縄に対する関心は質・量ともに大きな落差が存在してきており,沖縄の基地問題は本土では「見れども見えず」という状態が続いた(大田昌秀『沖縄 平和の礎』)。本書は95年9月から96年9月にいたる時期の沖縄の激動を記録したものであるが,同時に復帰以降20年間にわたる沖縄米軍基地問題を私たちがあらためて認識する手だてともなっている。
 本書を読んで感じた二つの点を述べて紹介に代えたい。第一の点は,本書が徹頭徹尾沖縄現地の視点にこだわっていることに強い印象を受けたことである。これは直接には『沖縄タイムス』が県内紙であることによるものであろう。
しかし,冷戦の終結を背景として,あたかも安全保障政策のオプションを私たちが「自由に」選択できるかのごとくに論じられているとき,本書が沖縄の激動を事実として提示しえたことの意味は大きい。このことが,沖縄の地域からナショナルなレベルヘ,さらに女性の人権などの観点からインターナショナルなレベルヘと広がり,深まっていく状況がリアルに再現されたことの原因であろう。この間の動きを中央政府との関係で,「米軍用地」をカードとする政治的アクターのせめぎあいとして分析することも可能かもしれない。しかし,このせめぎあいを成り立たせている沖縄の状況がどれほど苛酷なものであるか,そして,私たちの「自由」の程度を本書は明らかにする。
 強い印象を受けた第二の点は,地域社会全体にもつ米軍基地の意味合いである。基地問題は本土では米兵犯罪,墜落,騒音,都市計画の阻害という側面から論じられることが多くなっている(たとえば横浜弁護士会『基地と人権』)。しかし,かつては本土においても「基地経済」などのことばで地域社会の「基地依存関係」が論じられていた時期がある。本書においては,契約拒否地主(「反戦地主」)とともに,軍用地の返還に不安を抱く多くの軍用地主や安定した 「準公務員」という意識で基地で働く労働者への言及も多く,その抱えている「基地依存関係」の現実にたじろぐ思いがする。





沖縄タイムス社,1996年10月刊,2600円

たかの・かずもと 二松学舎大学国際政治経済学部助教授

『大原社会問題研究所雑誌』第462号(1997年5月)



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