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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



寄本 勝美 著
『自治の形成と市民――ピッツバーグ市政研究




評者:高野 和基




 もし,本書に「ピッツバーグ市政研究」という副書名がついていなかったら,評者がこの本を手に取ることはなかったであろうと思う。評者は,この副書名にひかれて,すぐれた地方自治研究者としての著者がピッツバーグ市という「地域」をどのように総合的に描き出しているのかという期待をもって本書を読んだ。本書は,大きくピッツバーグ市政の歴史的な発展を扱う「第1部 市政の歴史的発展」と市政の現状を制度と動態の両面から検討している「第2部 市政の仕組みと動態」からなっている。本書の簡単な目次を掲げておく。
第1部 市政の歴史的発展
 第1章 自治制度の萌芽と発展
 第2章 マシーン・ポリティックスと民主党支配の確立
 第3章 ピッツバーグ・ルネサンスと政・財界協力
第2部 市政の仕組と動態
 第4章 市政と政党そして議会
 第5章 市政機構と行政
 第6章 財政困難と税制改革
 第7章 ネイバーフッドと市民参加
結びにかえて
 第1章は,18世紀中ごろに始まるピッツバーグの歴史を自治制度の発展を中心にのべ,共和党生誕の地となったピッツバーグは19世紀半ば以降約40年間にわたって共和党優勢の時代が続いたことが明らかにされる。第2章ではこの時代におけるボスの結託に基づく共和党マシーンによる「不正産業と政治の同盟」の実態を明らかにしたのち,市政改革運動による民主党支配の確立過程が分析されている。さらに第3章ではピッツバーグ市における煤煙問題の経過を踏まえて,民間機関であるアリゲニ地域開発委員会(ACCD)の活動に焦点をあわせながら都市再開発の現状と問題点が指摘されている。
 第2部に入って,第4章,第5章では自治のアクターとしての政党,市議会,特色のある制度としてコントロラーなどが分析され,市長,議会,コントロラーによるいわば「三元的代表制」を指摘する。さらに,広域行政の動きや政府間関係における郡政府の機能拡大の傾向を明らかにしている。第6章においては,ピッツバーグ市における財政困難とこれに対する対策の経過を踏まえ,所得税減税と不動産税増税をワンセットにした「税交換」と呼ばれる税制改革などを紹介している。そして,法人資格を持つことができ,コミュニティ開発事業や経済活動,さらに障害者などに対する社会的・公共的サービスをも行っているネイバーフッド組織の全体像を明らかにした後,それへの活発な市民参加が明らかにされる第7章が続いている。最後に著者は「結びにかえて」としてピッツバーグ市政と自治の特色を3点にまとめている。第一に「民」が「公」を造り出していった歴史を背景にした市民自治の伝統,第二に市長・市議会の機能分立や各級政府との政府間関係に見られる「セパレーションの考え方や仕組み」が日本に較べて強く生きていること,第三に自立的に多様な活動を活発に行っているネイバーフッド組織の存在と活動である。
 本書はピッツバーグ市という都市を舞台に,その市政と自治を制度的特色を踏まえつつ具体的な動態として総合的に描き出した意欲作である。著者は在外研究員として赴いた「ピッツバーグにおいて,いったい市政や自治とは何なのか―その生いたちや発達の経過,現行の制度や作用の実態,あるいは政党や市民参加,等々を含めて総合的に勉強してみよう」と考え,「自分がピッツバーグ市民であるかのような気持ち」で研究を進めたという(はしがき)。筆者の叙述はきわめて具体的で,本書の読後感は,あたかもピッツバーグ市の有能な職員からレクチャーを受けたあとのように明晰で,評者にとっては新しい知見に満ちていた。しかし,いっぽうではこのような明晰さにある種の物足りなさを感じたことも事実である。二つの点からこの「物足りなさ」を考えてみたいと思う。
 著者は「結びにかえて」で,ピッツバーグ市の自治が「官」と「民」の関係から見て(日本の地方自治に較べて)「民」の優位が見られるとする。もちろん,著者は「官」―「民」という軸をそのままピッツバーグ市にあてはめて「民」の優位を説いているわけではなく,市民自治の伝統を「民」から「公」への歴史的発展の所産としている。
 いっぽう,第2章では「市政改革運動」の担い手は「上層エリート層,すなわち専門職もしくはビジネス界の高所得者」であり,市政改革の真の動機は「何よりも彼らのビジネス本位の利益を守ること,ひいては市政のコントロール権を彼ら自身が掌握すること」にあったと指摘されている(73頁)。また,「ピッツバーグ・ルネサンス」と呼ばれる都市再開発においてもその中心となったACCDはピッツバーグ財界が主導する団体であり,そのかなめには銀行を経営し,一流企業に強い影響力を持ったメロン家当主が座っていたとされる(101頁など)。さらにネイバーフッド組織の中には,「実業界のリーダーがメンバーのほとんどを占めていて」「一種の実業団体としての特徴を帯びて」いる団体の存在も指摘されている(335頁)。
 こうした叙述を踏まえると,「官」と「民」を前提とした「官」の優位か,「民」から「公」ヘの発展を背景とした「民」の優位かという観点で著者が後者を指摘するにとどまっていることに,評者としてはなんとも歯痒い思いをした。むしろ評者は,本書の叙述から「民」の上層が「公」への政策的入力を行なう太いパイプ(市民自治!)を有しており,「民」「公」という従来のカテゴリーでは捉え切れない実態に強い印象を受けたし,著者のことばを借用すれば自治の「階層問題」としての側面に目を開かされた。ピッツバーグ市政という具体性のなかで著者が「民」としたものの内容を検討したうえで,その「公」との関係を新しい視点から(「民」の優位,市民自治の伝統といういささかありふれた結論ではなく)解明することが必要ではなかっただろうか。
 このことは,第二の点と関連する。すなわち,著者は本書の叙述においてはあくまで具体的な「ピッツバーグ市民」を丁寧に書込んでいるいっぽうで,これをいささか不用意にピッツバーグ「市民」に一般化している点があるように思われる。本書において自治の舞台に登場している「ピッツバーグ市民」は,一定の階層性と文化的伝統を持つ人々であり,たぶん人種的にもかなり限定されているのではあるまいか。選挙制度との関連で黒人が自治の主体になりにくい事情が述べられているものの(139頁以下),ヒスパニック系住民やアジア系住民についての言及はない。あるいはピッツバーグ市の人口構成のうえではかれらは大きな存在ではないのかもしれないし,自治の舞台に登場することはほとんどないのかもしれない。著者の意図が市政と自治をえがきだすことにおかれている以上,こうした点にまで目配りすることには困難が伴うことは理解できる。それにもかかわらず,著者の描く「ピッツバーグ市の市政と自治」が,背後に「地域」像を欠いたある種完結したものであるという印象をまぬがれなかった。さまざまな矛盾を含むものとして描かれ,歴史的文脈を重視し,かつ各級政府間関係に考慮しながらもなおそうである。その原因は,「地域」の実相と「市政と自治」のギャップについて確認するための情報や観点が読者には与えられていないという点にあったのではないだろうか。市政や自治それ自体のもつ「市民代表性」の限界へ立ちかえることなしには,具体的であったはずの「ピッツバーグ市民」による自治が,あるべき市民としてのピッツバーグ「市民」による自治へと変形してしまう危険をはらむことになろう。こうした危険は「地域」の特性を理解するためのピッツバーグ市に関する基本的な統計資料を掲げるだけでもかなり解消されたのではあるまいか。
 なお,訳語の不統一が若干目についた(アリゲニ地域開発委員会=90頁とコミュニティ開発に関するアリゲニ会議=99頁,地域会議84=239頁と地区会議84=249頁)。





東大出版会,1993年3月刊,370頁,定価5,974円

たかの・かずもと 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第430号(1994年9月)



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