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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



I.ブルマ著・石井信平訳
『戦争の記憶──日本人とドイツ人




評者:高野 和基




 本書の著者は戦後生まれのオランダ人で,中国史などを学んだ後,日本に留学して日本映画を研究したという。訳者もまたテレビプロデューサーとして実績のある方のようだ。そのためか,本書には著者のカメラ・ファインダーを通して描かれたドキュメンタリー作品というおもむきがある。
 本書のテーマはドイツと日本において戦後という時間の中で形成されてきた戦争についての人々の記憶であり,その記憶にドイツではホロコースト,日本では南京大虐殺とヒロシマを切り口にアプローチしようとしている。その手法は現場での当事者へのインタビューの積み重ねであり,映画や文芸作品をも自在に材料として利用するというユニークなものである。読者は,著者とともに映像ドキュメンタリー取材の旅に出掛けるような印象をうける。その際,著者は「敵であった者たち」は「人間的でなかったと考えること―たぶんそのほうが心休まるだろうが―やはり間違い」であるという態度を堅持する。
 旅は1991年1月のドイツ・ボンから始まる。そこには東西ドイツの統一と湾岸戦争の中で複雑な表情をみせる人々がいた。また,東京にも戦後の政治環境の中で形作られた「戦争の記憶」をもつさまざまな人々がいた。著者はこの50年間にドイツ人と日本人の心に堆積されたものを見出そうと旅をはじめる。著者はアウシュビッツで,広島で,南京で,それぞれの取材を通して,加害者としての観点からの戦争の記憶の「内面化」を難しくしている要素を見出す。たとえば,それはドイツにおける主観的には誠実そのものの「キッチュ的感情」であり,ヒロシマの普遍性の主張が無意識にもつ日本人への「免罪的」な効果である。つづいて,著者は「最後のナチ裁判」といわれるシュトゥットガルト裁判の傍聴を行なう。同裁判は3000人以上のユダヤ人を殺したとして起訴された被告が1992年春,終身刑を宣告された裁判である。著者は戦犯裁判から「歴史の教訓」を「おたがいさま」論を越えて内面化することの難しさに改めて思いを致すことになる。さらに,東京裁判を巡る論争から日本人が過去に正直になれない障害としての天皇をあぶり出す。また,日独両国の教科書の問題,戦争に関する記念館・展示館についても,著者は「歴史の教訓」を内面化することとのかかわりの中で取材とインタビューを繰り返す。最後に著者は,歴史を罪と恥の中で「倫理」の問題として考えることが,かえって本質を蔽い隠すことになると指摘し,開かれた社会において自由に「批評者」の視点でふりかえることの重要性を指摘する。著者はその方向をドイツのいなか町でさまざまな妨害に会いながら「私の町の,第三帝国時代の日常生活」をまとめた少女に,そして花岡事件にこだわり続ける人たち,また,1940年制作の反ユダヤ宣伝映画のプロパガンダ手法を冷静にえぐり出すドイツの映画青年たちの中に見出している。
 著者の長くて精力的な旅を正確にたどることはかなりの困難をともなう。 とくに,画面のシーンが切り替わるようにつぎつぎとインタビューや取材に訪れた場所の情景が積み重ねられ,それらに対する著者の比較的短いコメントが畳み掛けられるような部分では,評者にはそのテンポについていけなくなることがしばしばあった。しかし,ドイツと日本の人々の戦争の記憶とその形作られるさまを,さまざまな取材現場で彼自身が感じる「違和感」「おちつかなさ」にこだわりつつ旅を続ける新鮮な驚きをおぼえるとともに,臆することなく対象を理解しようとする態度には好感がもてた。
 さて,「戦争の記憶」という書名(原題は“THE WAGES OF GUILT−Memories of War in Germany and Japan”)からも見られるように,本書は戦争そのものの実像に迫るものではない。戦後という時間の中で著者の取り上げたホロコーストや原爆,南京事件などについてドイツ,日本の両国において形作られてきた「記憶」のあり方を,多元的に映し出してくれる。著者はこの「記憶」をひとつの確固としたものとしてではなく,ジグソーパズルのピースを選り分けるように慎重な手付きで取扱う。著者のファインダーから透けてみえるものは,いわばドイツと日本における「戦後」という時間であるように思われる。著者によれば,それは日独両国が過去をいかに克服し,よりよい未来に向かうための時間である。
 著者の取材旅行は,その時間の中で日本でもドイツでも戦争の記憶をめぐって論争や見直しなどを含む悪戦苦闘が繰り返されていることを実にていねいに,型にはめることなく浮き彫りにする。たとえば,教科書を扱う部分では東ドイツにおける教科書が「生徒たちはみんなレジスタンスの子供であり,その親たちはヒトラー政権とたたかった」というメッセージを送っていた,つまり,ソ連による解放や共産党員の抵抗といった英雄的行為のほうが,残虐行為や民族皆殺しよりも目立ち,東ドイツの生徒たちは前の世代の罪を償ったり反省したりすることを求められなかった点が指摘される。一方,西ドイツの教科書は「歴史の社会科学的アプローチ」を取っているものの,国家のアイデンティティ』のためにレジスタンス・グループを強調することによって同国が「レジスタンスの遺産の上に築かれた」ことを強調する結果になったとする。著者の広く丁寧に事実を積み重ねようとする態度は,日本の教科書の問題についても個別の教科書の内容にまで及んでいる。
 このように,著者は日独両国の戦後という時間の中で形作られている「戦争の記憶」を取材による事実の積み重ねによって浮き彫りにしている。この像はすでに述べたように大変多元的なものである。 しかしながら,この多元性は多くの部分で事実そのものの多元性によるものであるように感じられる。著者の一貫した視角は,歴史を宗教や倫理や人類愛といったものと結びつけて論じることへの忌避であり,著者のことばでは「世俗的な言葉」で語ることの強調であり,複数の解釈を許容するように「歴史化」することの重要性の指摘である。
 たとえば,シュトゥットガルト裁判に高校生が教師に引率されてきていることを,「信仰にふさわしい場所は教会だ。そして,歴史教育にふさわしい場は学校である」として裁判を教育の場にすることに疑問を呈する。また,広島のもつ宗教的なムードについて,平和記念公園は 「ヒロシマ教のセンター」であると言いきる。評者は著者の視角に基本的に与する者だが,それだけでは事実の多元性を,「戦争の記憶」をよりよく説明するのには必ずしも成功しない様に思える。著者の潔い「主知主義」は,「被害者の観点に立った教育を受けた人間」(インタビューで小田実が著者を評したということば)であることに理由があるのだろうか。問題は,われわれ日本人が潔い「主知主義」に至るための手立てであるように思われる。
 著者が自らの視角として強調するもうひとつの点は,「日本異質論」への批判である。著者は,ドイツと日本を比較した理由は,双方がいかに違うかだけではなく,いかに類似した部分があるかを検討したかったためだと述べる。特に著者は日本について文化や国民性へと還元することに反対し,取材において多くの日本人自身が自国の国民性へと言及することに苛立ちを隠していない。けれども,著者のアプローチは文化的ないし思想的な色彩が強いことは否めない。そのため,著者が比較のための共通のべ−スであるとする政治的・歴史的な分析と比較は十分とはいえない。とくに,歴史教育カリキュラムや戦後補償についての政府レベルでの取り組みについての記述を求めることは,本書のテーマからしても望蜀とはいえないであろう。本書の中での比較が説得力を持っているのは,旧東西ドイツに関する部分であることは,著者の意図からはいささか皮肉な結果かもしれない。
 著者の精力的な取材によって産み出された本書は,戦後50年という時間を考える上で貴重なステップとなるであろう。





TBSブリタニカ,1994年12月刊,1800円

たかの・かずもと 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第442号(1995年9月)



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