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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



佐藤 一 著
『戦後史検証 一九四九年――「謀略」の夏




評者:高野 和基




 戦後史の転換点となった年,1949年。本書はこの注目すべき年に焦点を当て,国鉄労働組合および全逓信労働組合の人員整理反対闘争に新鮮な切り口と新資料で挑戦している。
 周知のように,49年6月1日公布された行政機関職員定員法による約28万人の人員整理にたいする反対闘争は,国鉄労働組合・全逓信労働組合のストライキを含む実力行使も辞さないという決議にもかかわらず,不発のまま終焉し,整理は比較的平穏に実施された。従来,その原因は,国鉄の第1次整理通告直後の7月5日に起こった下山事件とそれに続く三鷹事件,松川事件によるところが大きいとされている。とくに下山事件については「謀略」説が根強く唱えられてきた。著者はすでに上梓した『下山事件全研究』(時事通信社)により,下山国鉄総裁は「初老期憂鬱症による自殺」であることを明らかにして「謀略」によって人員整理反対闘争が敗北したとするひとつの論拠を明快に否定した。
 ひるがえって今回,著者は労働組合の実態を検証の俎上にのせる。すなわち,従来の戦後史の通史的叙述においては,労働組合は社会・政治情勢の客体に押込められており,内容のない「記号」と化しているとして,行為主体としての労働組合について,本当に闘う力があったのか,適切な方針が立てられたのか,方針に沿って持てる力を発揮できたのかなどその実態を実証的に検討する必要性を主張するのである。
 さて,本書全体の構成は,1)序章(激動の戦後史 一九四九年夏)で当時の組合の「脱神話」化という課題を明らかにしたうえで,2)1章(国鉄労働組合人員整理反対闘争は何故敗れたか),2章(定員法反対闘争と陰の主役「日本共産党」),3章(謀略神話は何故生まれたか)で国鉄労組の整理反対闘争を叙述し,3)4章(全逓信労働組合分裂と敗北の軌跡),5章(九月革命説と人民政府の幻想)で,「革命」を巡る状況を全逓の運動および九月革命説との関連で解明した後に,4)6章(「下山事件」と政府,占領軍の思惑),7章(つくられた列車暴走,転覆事件)でそれまでの分析を踏まえたうえで改めて「謀略」事件の再検証を提示するという組み立てとなっている。
 本書の特徴の第一は,新資料をふんだんに使った生き生きとした叙述であろう。たとえば,1章は,解雇通告を直前に控えた6月23日から開かれた国鉄労組熱海中央委員会の膨大な議事録を分析し,「最悪の場合はストをも含む実力行使を行う」という決議が左右両派の対立を決定的なところまで深めながら,その拘束力や指令発動時期についても曖昧なまま決定されたことを解明している。また,2章では,国鉄当局の発行した『週刊労働情報』などによって地域での困難な状況を浮かび上がらせている。さらに,全逓労組をあつかった4章においても支部における職場離脱闘争や全逓第7回臨時全国大会とその後の分裂の経緯が議事録・組合新聞や全国各地での聞き取り調査などの資料によって明らかにされた。こうして,「強力な労働組合が『謀略』事件によって敗北させられた」という「神話」は,厳しく批判されることになる。
 本書の特徴の第二は,この時期の国鉄労組および全逓労組などの労働運動に対する日本共産党,とくにその「九月革命説」の影響力を正面から論じていることであろう。とくに5章では,「九月革命説」の盛衰を丁寧にフォローし,労働組合運動への負の影響を論述している。また,そのことが国鉄民同派,革同派および全逓内再建同盟派への目配りを可能にし,運動のダイナミズムを描き出すことに寄与している。ただ,この点に関しては共産党の路線全体,時代的な雰囲気などと「九月革命説」そのものの影響力との関係が明確でないように感じられた。とはいえ,各地の情勢など具体的な場面の叙述は,著者の狙いが反映したヴィヴィッドなものとなっていて,当時の共産党の方針が労働組合運動にもっていた意味を考察するための基礎となろう。
 最後に著者は6章において下山事件が日本政府・GHQの参謀第2部によって「他殺説」の線で維持されていく構造をG−2文書などによって解明し,さらに7章において三鷹事件,松川事件を取り上げて,これら三つの事件を人員整理反対闘争のなかで再吟味している。評者には,本書の最後に「謀略」による敗北という神話をとりさったあとに浮かび上がってくる歴史像を大胆に見せていただきたかったという勝手な思いがある。しかし,これは望蜀にすぎるというものであろうし,いわば著者から私たちに課せられた宿題と考えるべきであろう。
 さて,著者は労働組合が労働組合として最も闘うべき「首切り」の時に当って十分に闘うことのできなかった理由を,外部からの「謀略」という状況帰属で説明するのではなく,実態をふまえて真摯に検討することをつよく求めている。このような著者のスタンスは,本書全体に貫かれているが,これはようやく近年活発化した,「単純なプロ・レーバー的な通史的叙述の段階から抜け出て,主要争議の実証的研究」を目指す争議史研究の潮流と重なるものがあるようにも思われる(労働争議史研究会編『日本の労働争議(1945〜80年)』)。著者が,当時の労働運動の渦中にあって,同時代の厳しい体験を経てこられた方であることに思いを致すと,著者の自らの生きた時代への厳しい姿勢に評者は強くうたれる。





時事通信社,1993年12月刊,309頁,定価2,300円

たかの・かずもと 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第425号(1994年4月)



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