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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



林健久・加藤栄一編
『福祉国家財政の国際比較』



評者:高藤 昭



はじめに

 本書は,経済学者たる財政学者による比較福祉国家財政研究の書である。近時,福祉国家といわれる国家体制の多様性に着目され,内外を問わず比較福祉国家研究が盛んであるが――評者も,目下,法政大学大原社会問題研究所に設けられたその一研究プロジェクトに属している――,財政学者によるものは少なく,それだけに貴重な一書といえる。
 ところで,あらかじめ断っておかなければならないことは,評者は社会保障法を専攻する法学サイドの人間であって,財政学にはまったくの素人であるということである。したがって,財政学的立場からこれを批評することは不可能である。評者のなしうることは法学の立場からの財政学者による研究成果の論評のみである。本来批評する資格のない私がこの仕事をあえて引き受けたのは,福祉国家研究というすぐれて学際的な研究領域においては,後述のように各学問(ディシプリン)間の研讃とそれぞれの研究間の連絡,総合が必要で,この観点からは私の批評も多少意味があるかもしれないと思ったからである。

[構 成]

 さて,本書で取り上げられている国は,アメリカ,イギリス,ドイツ,日本,それに補論として韓国,の五ヶ国で,本書の構成は以下のとおりである(括弧内は執筆者)。
 序章 再編過程の福祉国家財政(林健久)
 I アメリカ:覇権国と低福祉
第1章 基軸国アメリカにおける福祉国家システム(渋谷博史)
第2章 アメリカ福祉国家財政の特質とその形成要因(岡本英男)
第3章 連邦・州・地方政府間財政関係の変容(片桐正俊)
 II イギリス:ラディカリズムの実験
第4章 イギリス福祉国家財政の再編成(金子勝)
第5章 サッチャリズムと地方財政改革
 ――人頭税の導入をめぐって――(越智洋三)
第6章 サッチャリズムとプライヴァタイゼーション(西田洋二)
 III ドイツ:連帯社会の試練
第7章 ドイツ福祉国家財政の再編成(加藤栄一)
第8章 福祉国家財政と産業補助金政策(田野慶子)
 IV 日本:柔構造の福祉システム
第9章 日本型福祉国家財政の特質(神野直彦)
第10章 政府間財制関係の変容(持田信樹)
第11章 日本における政府間事務配分の動向
 ――「膨脹期」と「調整期」――(金沢史男)
補論 韓国の社会保障制度と財政(兪和)

[批 評]

 まず,取り上げられた国としては,福祉国家といえるかどうかの問題もあるアメリカが筆頭に据えられ,反面,福祉国家の代表と見られる北欧諸国がカットされる――そのことが嘆かれている(12頁)――という一見して奇妙な構成であるが,これはこの研究集団のメンバー構成から致し方なかったものであろう。
 いかなる国家を福祉国家というのかは明確には示されていない。序章での林教授の「福祉国家は,先進的な資本主義国のとる国家形態であり,すべての生存権を保障するための所得の再分配をもって国家の正当性の根拠としている」の言などから推察するしかない。しかしアメリカを福祉国家ととらえるならば,いまや先進国として福祉国家でないものはほとんど見当たらないであろうから,結局,本書は先進資本主義国の福祉の角度からの財政研究と理解される。
 本書で重視されている共通の観点は,1)福祉国家を資本主義の発展構造全体のなかに位置づけてみる歴史的観点,2)各国の同質性,異質性を比較検討する国際比較の観点,3)生活の社会化や所得・資産の再分配にかかわるすべての国家機能を考慮する広い視野から福祉国家をとらえる観点,の三点とされる(はしがき iii)。ここでとられているもう一つの基本的立場は,経済と福祉との関係における「成長あっての福祉」という理解である。経済成長が急速なときは低負担高福祉さえ実現されるが,成長が低下したときは逆となると予想されなければならず,この単純で強力な原理に比べれば,時の政権の性格や立場は二の次の意味しかないとされる(4頁)。
 また,本書では各福祉国家を個別的にではなく,世界経済的関連のなかで把握するという貴重かつ重要な立場がとられている。アメリカが冒頭に取り上げられているのは本書のこの基本的立場にかかわることである。すなわち,この立場からは経済的基軸国,軍事的覇権国としての戦後のアメリカの地位の消長が各国福祉制度に影響を及ぼすのであって,その観点からアメリカ研究が最重要性をもつのである(2頁)。各国福祉国家の進展は,アメリカが支えた高度経済成長のもとにおいてあって,その経済的,軍事的力量の衰えがアメリカ自体のレーガノミックスに代表される福祉後退となるとともに,世界的に影響をおよぼすことになる(11頁)。
 こうして福祉後退を余儀なくされた基軸国アメリカをまずとり上げ,サッチャリズムによるもっともラジカルな反福祉の演出をしたが大筋としては成功しなかったイギリス,社会連帯のきずなのため改革がよりマイルドで堅実になされたドイツ,アメリカに代わって世界生産力の牽引車となった低成長時代の成長型福祉国家としての日本が配される(12頁)。いずれの国も,オイル・ショック前の高度成長期に発展した福祉国家がそれ以後の低成長時代=国家財政危機の時代において,ドイツにおいては東西統合の問題も加わって,後退する(「福祉から反福祉へのベクトルの転換」とさえとらえられる。4頁以下)という共通の時代変化の認識のもとで,オイル・ショック以後各国でとられた財政的対応,国と自治体の関係の変化,その他福祉国家の変容が検討される。この検討は,各国を通じて整合的ではない。上にみられるように,各執筆者ごとに担当国について特徴的と捉える側面のみ――多少重複しているところもあるが――に限定されて,各国ごとおよびすべての国を通した総括が序章においてなされている。
 各国ごとの執筆者の検討は緻密で,レーガノミックスやサッチャリズムの経済的,財政的必然性がよく分析されている。総括部分としての序章については,この種の研究書におけるこの部分の重要性から,そのウエイトに若干の不満はあるものの,経済学者の分析としてきわめて明快であり,また法学サイドの人間として日頃考えたこともない視角,財政の実態,思考方法に接し,盲点をつかれた思いがする。本書は法学者のとかく観念的,抽象的で現実遊離の盲目さの欠陥を自覚せしめるに十分なものがある。また,法学者の目が届きにくい税法関係,国と自治体関係などの福祉国家としての重要な側面を明らかにすることが可能なことも財政学の大きな利点である。この点での本書の価値は大きい。
 しかし反面,法学サイドからは財政学的研究方法にややさみしいものが感ぜられる。まず,上述のような経済と福祉との関係についての経済優先の理解についてである。確かに,オイル・ショック以後痛切に感じられたように,景気の不振は失業者多発という福祉国家にゆゆしい事態を生ぜしめるし,また国家財政の危機をもたらして,福祉国家の財政基盤を脅かすことになる。このような場合,景気の回復,経済の立て直しはなににもました良薬である。また,好景気のときは放置しても,とくに失業問題に関しては住民の生活は安泰である。そこで,住民の生活安定にはなんといっても経済成長が優先課題であるという経済学的思考は当然のことであろう。
 しかし,経済が順調であれば当然に福祉国家の進展をもたらすとはかぎらない。そのことは経済好調でも福祉は劣位におかれてきたわが国の経験が如実に示している。企業や国家公共団体の社会保障費負担は経済発展にとってマイナス要因となり,経済発展は福祉の犠牲の上に成り立つという両者二律背反の関係があるのである。そして生存権条項をもつ現行憲法のもとでの法学的思考では,その優先順位は逆転し,まず住民の生活保障という規範原理が先にあって,経済はその保障手段と位置づけられる。朝日訴訟第一審判決が,最低生活基準の方が国の予算を指導支配すべきものとしているその感覚が法学者的感覚である。この感覚からは,「成長あっての福祉」には違和感を覚える。本書はその性格から,レーガノミックスにせよサッチャリズムにせよ,客観的分析に終っているのはやむをえないが,その結果として福祉後退が肯定的に評価されている印象となり,なんらかの批判がないのはやはりさみしいのである。法学サイドからは低成長になればなるほど必要性の高まる福祉を維持するために財政学者のお知恵をお借りしたいのである。
 もともと,福祉国家という巨大な国家体制がはたして経済学・財政学のみによって捉えきれるかには疑問があるところである。まず,本書にもみられるように,この学問によれば福祉国家の中核となる社会保障は所得再分配と捉えられているが,それでは医療の面において不可欠な医師,看護婦の患者に対する人間愛は視野の外となる。所得保障の場合でも,その根底にある社会連帯原理――私見では,福祉国家はこれを前提として成り立つ――が捉えられない。アメリカが福祉後進国であるのは財政状態や軍事費負担という経済的要因のほかに,アメリカ人共有の個人主義的価値観という経済外的要因も指摘されている(59頁)が,経済学はこれをどうとらえるのか。
 要するに,福祉国家は,経済学の対象とする経済的要素のみならず,規範的要素,社会的要素,人間的要素を含んでいる。福祉国家の研究には各学問が相互に不足を補い,協力する学際的研究――中心は経済学,法学,社会学――が今後の課題として重要と感ぜられるわけである。
 つい脇道に入ってしまったが,以上,本書の読後感として感じたことを率直に書かせていただいた。






東京大学出版会,1992年9月,308頁 4,738円

たかふじ・あきら 法政大学社会学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第426号(1994年5月)




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