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西村 豁通 著
『現代社会政策の基本問題』

評者:高田 一夫




1 はじめに

 本書は,西村氏の長年にわたる社会政策理論の労作を集め,新たに結章を書き下ろして成ったものである。ここに収められた論稿は,古くは1955年(評者が小学生になった年)から新しくは1985年(もうオジンになっていた)に及ぶ。西村社会政策論の集大成と言えよう。
 紙数の関係で,章別編成の紹介は省略させて載くが,本書の白眉をなすのは序章の「現代の中の社会政策」であろう。やや論争的な性格の強い結章の「現代『社会政策』論の批判と展望」と併せて本書の主張が最も明快に述べられている。そこで,論争的な部分は除いて(西村氏の毒舌は楽しいのだが),この2章から評者が読み取った論理の道筋をまず述べておこう。

2.西村社会政策論の骨格

 社会政策は,西村氏によれば,「革命を逸らすために採用する国家権力の政策」であり(46頁),「労働者の自助を補完する限りで,個々の資本に対し労働者への取扱の変更を命ずるもの」(47頁)である。前半の定義はいわゆる生産力説に対する批判であり,後半はマルクス主義的ないし革新的な社会政策論への批判であると言えよう。
 大河内理論の「労働力保全」説は,労働者の反抗がない場合にも総資本的理性の立場から,労働力の摩滅を防ぐために労働者保護政策を採る,と説く。しかし,西村氏は,戦前期の日本のように労働者の団結権が法律で認められていなかった場合でも,労働運動の脅威は存在しており,社会政策が革命を逸らすために採られたのだと言うのである。上からの資本主義化政策の下で,「職業選択や移動の自由など資本制的自助体制の前提条件は敷かれており,他方,その自助を補強すべき組織的な集団自助の運動は公認されていなかったが,それにもかかわらず,労働者の自助行動とその脅威は絶えず潜在してた」(42頁)。このような戦前期の「自助活動の非近代的未組織性」に対応して,日本では「慈恵的」な形の「自助への保護」策として,社会政策が成立したと言う(42頁)。大河内理論の「労働力保全」説はこの意味で間違っていたというのが著者の力説する第1点である。
 他方,大河内理論に対立した岸本理論の「搾取の抑制緩和」説はハイマン流の「階級闘争の制度的沈澱」説でしかないために,第2次大戦後の社会政策による資本主義の近代的な労働者管理への再編成―それは現代の「総合社会政策」にまで連続する─を視野に入れられなくなった。氏によれば,「現代の社会政策は明らかに『搾取の抑制緩和』とは逆行する方向をたどっていることを何人も否定し得ないと思われる。……このまぎれもなく自助と相互扶助を中軸にすえ,その最低的補完を試みようとする今日の総合社会政策,もしくは総合福祉政策もまた,社会政策のとる現代的形態」なのである,と(46頁)。これが西村理論の第2点である。
 この2番目の批判は岸本理論にとどまらない。英米流のソーシャル・ポリシー論を新しい社会政策として捉える論者にも向けられる。結章で西村氏は,さまざまな論者達の主張を批判して,社会政策は以前とは根本的に変わったとする考えを排除している。
 例えば,社会政策が労働条件から福祉条件を対象とするように変化した,とする主張(木村正身氏)に対しては,社会政策は従来から,福祉条件(正確には消費条件とすべきだと言う)への対応をしてきた,と例証を挙げて反論する(279―288頁)。また,生活の「社会化」を新しい社会政策の特徴と考える論者達に対しては,それは「現代の厳しい資本制的現実から遊離した空想的提案」(297頁)であり,現代の社会政策が直面しているのは生活の「個性化」に対する「上から」の社会化である(296頁)と批判するのである。
 要するに,社会政策は何も変わっていない。社会自体は変化しているが,.社会政策は相変わらず,「革命を逸らすために採用する国家権力の政策」であり,「労働者自助補完策」なのである。これが西村理論のユニークな特質である。
 したがって,ここで論ずべき点は,社会政策は変わっていないのかどうか,そしてそれは労働者の自助補完策なのかどうか,の2点である。しかし,両者は相互に関連しているので,まず後者から吟味することにしよう。<

3.労働者の自助とは何か

 労働者の自助を社会政策論の中心概念にすえるのは,西村氏にしか見られない特徴である。そこで,この概念をもう少し精細に見ておかねばならない。、
 西村氏によれば,社会政策は労働者の自助を前提とした上で,国家が体制の維持のために採る補完策である。労働者の自助を前提とするというのは,しかし,やや曖昧な言い方である。国民は勤労の義務を負うという意味でなら憲法上,当然のことに過ぎない。国家の扶助義務を問題にするなら別だが,自助義務は昔から変わっていない。ここで一方,自助がなければ社会政策が財政的にもたないという意味であれば,これも経済理論として当たり前である。遊んで暮らせる国はまだないのである。問題なのは,この理論から社会政策の変化・動態が出てこないことである。
 例えば,社会保障制度も当然「自助の補完」であろうが,歴史的にみれば,「自助の補完」のあり方はずいぶん変わっている。現在,日本の社会保障の給付費は40兆円にも及び,対国民所得比で15%に達する。財源は相互扶助的な保険料だけで賄われているのではなく,ある程度の(年金についていえば,基礎年金給付費の3割)国庫補助,すなわち税金よりの補填がある。税金は累進的な性格が強いから,垂直的な再分配の機能をもつ。しかも,公的年金制度はなるほど分立してはいるが,それでも厚生年金制度は今や大小の民間企業をとりまぜ3千万人の被用者を擁する大制度であり,共済組合も制度内容は企業年金相当部分(いわゆる3階部分)を除いて厚生年金と共通の内容を持つようになっている。すなわち,相互扶助的な原理で出発した社会保険制度も今や,国民的規模の所得再分配制度となっている。
 また,医療保険は財政単位(健康保険組合など)が年金と較べて細かく分割されているので,自助=相互扶助的な性格は強い。それでも老人医療制度を通しての保障制度間の財政調整の結果,以前とは比較にならぬ程,自助的性格を失い,国民保険的な制度に移行しつつある。もちろん,財政は社会保険方式を変えていないため,税方式によるよりも垂直的な再分配にはなっていないが,それはまた別の問題である。
 要するに,現在の社会政策を自助的性格が強いということはできない。むしろ日本においても国民保険的な性格を強めているというべきである。昨今政府が宣伝している自助を強調した「日本的福祉社会」についても,以前と比較すれば,国民的な規模での再分配が強化されるのである。在宅介護の強調は,施設介護よりも自助的であることは確かだが,何もなかった過去と比較すれば在宅介護にも税金を使ったサービスが提供されるようになったのであるから,はるかに再分配が強化されているのである。
 このように,西村氏のいう自助補完の性格が同じでも,現代の社会政策は,従来のものとは同じではない。しかも,この変化がわれわれの福祉にとっては大変重要な問題なのである。年金水準の上昇で,高齢者の引退率は欧米と同様に年々高くなっているのである。「反社会主義的性格と非革命的役割を厳しく運命づけられている」(47頁)制度であるからといって,どれでも同じということはないのである。

4.社会政策の連続と不連続

 西村氏の上述の社会政策の定義からは,2つの系論が出てくるように思われる。第1の系は,資本主義下の社会政策は国家の意思が優越するのであって,労働者の意思の反映などではないこと。言い換えれば,国家は常に体制の「危険」に瀕しているのだが,常にこれを凌ぐ(47頁参照)。第2の系は,われわれの生活は,自助と社会政策によるその補完部分からなるが,両者の関係は社会の変化と共に変わるものである。とはいえ,それがどのように変わるものかは西村氏の論理では明らかでない(289−90頁参照)。いずれの系論からも,社会政策が不変であるとの強調は窺えるが,その変動を示唆する論理が見受けられない。
 社会政策もそれ自体変化するものであることは西村氏がるる強調されるところである。しかし,そのためには社会政策がどのようにして作られるのかを理論に組み込んでおかねばならない。社会政策の対象が何であるのか,推進する主体が何であるのか,成立のプロセスはどうなのか,といった問題が理論的に解明されなければならない。
 愚考するに,社会政策は変わっていない。しかし,それは西村氏のいう意昧とは少し異なる。社会政策とは,国家の社会問題に対する対応策である,という意味では変わっていない。しかし,それは2つの要因によって変動する。すなわち,社会問題と国家である。社会問題は市民社会での日常生活の中から生まれる。とりわけ社会運動が社会問題を喚起し,政治過程につなげる。政治につながるのは,何も「体制危機」というような大それたものでなくてよい。政治家の人気取りであってもよいし,政党間の取引でもよい。そして,それが法律や行政の変化,あるいは判決の形になって現れた時,ここに社会政策が成立したのである(以上に関しては拙稿「社会政策論のための基礎概念」津田眞澂・山田高生編『社会政策の思想と歴史』千倉書房,所収を参照)。

5.非対称性の緩和

 社会政策理論の課題は,以上のプロセスを歴史的に整理し,さらに望むらくは,よりよい社会を目指して社会政策のプランを提出することであろう。評者の愚考するところでは,そのための中核的なコンセプトは社会的な非対称性の緩和・減少である。もう紙数が尽きた。別稿「社会政策理論は本当に混迷しているか」(『戦後社会政策の軌跡』啓文社,近刊,所収)を参照して戴きたい。
 以上の批判にも関わらず,大河内・岸本理論と異なる独自の理論を展開してこられた西村氏の理論的営為に敬意を評したい。この志向は評者の模範とするところである。



ミネルヴァ書房 1989年10月,A4判・312頁 定価3,605円

たかだ・かずお 一橋大学助教授

『大原社会問題研究所雑誌』第383号(1990年10月)




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