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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




社会保障研究所編
『外国人労働者と社会保障』




評者:鈴木 宏昌




 最近,評者が外国人労働者をテーマにした国際会議に参加したときに,1人の発表者から,日本に現在,少なくとも50万人を超える外国人労働者が存在すると指摘され,一種のショックを受けたことを憶えている。確かに,10万人を超える日系南米人,15万人位と推定される不法就労の外国人労働者,それに留学生,就学生,研修生と正規の就業ビザの外国人を加えると50万人という数字は最低限となる。これらの外国人の社会保障の現状はどうなっているのかは将来の問題というより現在の問題である。例えば,就学生,外国人労働者への健康保険,労災保険の適用等はどうなっているのか。あるいは正規のビザで日本で働いている英語教師の年金はどうなっているのか。また,これらの社会保障分野について,先進工業国の現状はどうなっているのか。とくに,年金のポータビリティなどわれわれの知らない点が多い。
 評者は非常に興味を持って,この社会保障研究所編の本を読んだ。読後感としては,半分満足し,半分は少々がっかりしたというのが正直なところだろう。満足した部分は,社会保障の外国人への適用の問題がかなり明確な形で指摘されていることだった。逆にがっかりしたのは,社会保障という視点よりは,より一般的な先進国の外国人政策に関しての部分が多かったことにある。この本のタイトルから期待したもの,あるいは評者の問題意識とかなりずれを感じた章もあった。また,多数の執筆者が担当した本なので,各章の専門性のレベル,視点などバラつきが目立っていた。全体的には,この本は外国人労働者と社会保障の問題の入門書,あるいは啓蒙書という色彩が強い。しかしいくつかの章はレベルも高く,読みがいがあった。今後,日本で働く外国人の数は増加して行くのは間違いなさそうなので,外国人に対する社会保障の適用は大きな課題となる。より掘り下げた専門的な研究,議論が待たれる。
 次にこの本の概要を紹介してみよう。全体の構成は2部12章から成り,各章毎に筆者が異なる。第1部は,外国人労働者に対する社会保障制度の枠組みと題され,社会保障関連の5つの章から構成されている。第2部は,各国における社会的統合政策をテーマにして,主に先進工業国の受け入れ政策の紹介を行っている。
 第1章の「外国人労働者とわが国の社会保障法制」は高藤法政大学教授による文で,この本の一種の総括的な章となっている。高藤氏は,まずILO条約を中心として,世界の傾向が「脱国民国家」の方向にあると説明している。これに対し,「日本の法理論はついまだ国民国家的感覚から脱却されておらず,内外に平等待遇原則とはまったく逆方向である」としている。その例として,日本の既成の法理論は生存権への外国人の権利主体性を否定し,わが国の生活保護法が外国人労働者に適用されないことを挙げている。その後,現行の社会保障法制の外国人労働者に対する適用状況を簡潔に眺めている。社会保険,社会手当は外国人へも適用されるが,公的扶助(生活保護法など)に関しては,まだ外国人は排除されている。
 法制度の問題点として,生活保護以外に,住宅保障(永住許可を受けた外国人のみに適用)や5人以下の事業所の健康保険などの適用除外などがある。さらに,国民保健は,外国人が1年以上継続して居住していることを要件としていることを指摘する。さらに,法の運用の面では,年金制度は滞日期間の短い外国人では掛け捨てになること,国民健康保険への加入率の低さを問題とする。不法就労者に関しては,労災・医療保険,生活保護に準じた措置の不適用が大きな問題であるとしている。
 第2章は年金と税制の二重加入,課税の問題を概説的に扱っている。労働者が国境を越えて移動した場合に起こる可能性のある二重加入の排除と掛け捨てについては,国際社会保障条約を締結し,通算制度を確立するか,帰国後の年金の払いもどしを行う必要があるとしている。このような国際条約による年金などの通算制度のある実例として,北欧経済圏,北米,EC諸国などの例が紹介されている。
 第3章は,日米年金通算協定の在り方と題し,年金の通算協定の問題点を指摘する。この章は,かなり専門的でかつ政策提言を含み,貴重な論文となっている。まず,日本の社会保障制度が,1)内外の平等待遇,2)取得した権利の保全,3)内外居住者に対する支払いの確保については国際基準をクリアーしているが,取得途上の権利の保全については,いまだに達成されていないとして,この問題を分析する。すなわち,日本で老齢年金の受給権を得るためには,日本の年金制度に25年以上加入する必要がある。多くの外国人はそのような長期加入をしえないため,受給権を取得できず,保険料の掛け捨てとなる。原則的には,2国または多国間で年金通算協定を結べば解決されるが,日本はいまだにいずれの国とも協定を結んでいない。「わが国への外国人労働者の流入や日本人の海外派遣が大きく増加した今日において,わが国が年金通算協定を結ぶことは焦眉の急な問題となっている」と述べている。その後,日米の公的年金制度の比較を項目毎に行っている。適用対象者の範囲,保険料,老齢年金の加入期間要件,年金額,遺族年金,障害年金,年金課税,国外送金などが扱われている。とくに,目立つのは加入期間要件で,日本が25年に対し,アメリカは10年と大きな差がある。また,年齢・退職要件などについても差が大きいことを示している。そして個別の問題について,著者は独自の解決案を示している。アメリカはすでに12ヶ国と通算協定を結んでいることを考慮すると,制度間格差を克服することは不可能ではない。むしろ日本の年金当局の怠慢を指摘している。著者は,通算協定が進まない理由として,1)年金当局が日常業務に追われ,通算協定を検討する余裕がない,2)年金通算協定に関するノウハウがない,3)年金当局は通算協定を結ぶ必要を感じていないと厳しく批判している。
 第4章は実態調査に基づく在日外国人の健康問題を扱う。外国人留学生,就学生のストレスの原因,医療問題などを検討する。まず,外国人のストレスの主な原因として,部屋捜し,滞在期間延長に必要な書類の手続き,生活費が足りないことなどがある。まず,在留資格との関連では,非正規に入国した人たちは絶えず病気やけがにより不法入国が発覚し,本国に強制送還になることを恐れている。健康保険に加入していない者も多く,医療面で問題がある。住宅については,日本の不動産業者や住民は外国人を拒否する傾向がある。 したがって,木賃アパートの一室に何人とも同居することによりストレスやトラブルが発生し易くなる。また,雇用主の日本人がアジア系外国人に対し,明らかに偏見,差別に満ちた態度で接し,ストレスを引き起こすことになる。また,労働災害についても,労災保険が適用されるケースはきわめて少ないと述べている。これらの外国人健康問題の解決策として,保健医療面での相談機関,相談活動の充実と保健医療のサービス・システムの改善を必要とするとしている。医療体制の改善は,合法,非合法の形態とは関係なく,基本的な人権に属する領域で,増加する外国人のために改善が必要なことを強調している。
 第5章の「アジア諸国の移住労働者とかれらの社会保障保護」では,アジア諸国の社会保障制度が概括されている。 ILO などの資料から各国の社会保障制度の枠組みが示される。アジア諸国においては,失業,家族扶養の分野が欠けているし,一部の国では老齢,障害,遺族,疾病,出産,医療の給付などがないと述べている。以上が,第1部の主な点である。
 第2部は,各国における外国人労働者の受け入れ政策ということなので,他の書物などと重複することも多く,個別に紹介する必要はなさそうに思われるが,印象に残った部分のみ簡単に記してみたい。
 外国人の受け入れ政策の中では,スウェーデンとオランダの章が非常に興味深かった。スウェーデンでは,平等の原則と同時に選択の自由の原則があり,本人の意志により定住あるいは帰化の道がある。「強制的な帰国促進など問題にならない」という。比較的自由な帰化政策により,全人口の1割近くが帰化などによるスウェーデン国籍の取得者となる。「国民国家」を全て超えた「地球市民」を目指していることが如実に示されている。また,地方議会の選挙権,被選挙権,国民投票の参加権,地方公務員への就職権など実に革新的である。
 オランダの章では,住宅問題を中心とした社会的統合の政策が書かれている。 1970年代に,大都市の「移民ゲットー」を防止するために企画された分散化政策が多くの批判により中止され,むしろ低コストの社会的賃貸住宅を移民労働者に開放した。現在では移民労働者の圧倒的多数が国庫補助による住宅に居住しているという。社会的賃貸住宅により,ゲットー化の問題が解決するとは思われないが,一つの社会的統合の方向であることも確かだろう。また住宅が外国人労働者問題で大きな比重を占めていることを物語っている。同じような視点から,英国の章にも住宅,医療の項目がカバーされている。
 以上,評者の印象に残った点を書き留めたが,全体,外国人労働者と社会保障という複雑かつ重要な問題についてより掘り下げた研究が待たれるように思われる。また,わが国の中で,既に,50万人以上の外国人が労働している現状を考えると,日本の社会保障制度の見直し,改善は急務と言えるだろう。「開国対鎖国」といった無益な議論の時代ではなく,国際化の中で日本の制度を内外人に平等,公正,かつ透明なものにする努力が急務な時代となっている。




東京大学出版会,1991年12月,ix+306頁,定価4,120円

すずき・ひろまさ 早稲田大学商学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第403号(1992年6月)



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