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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



古川孝順
社会福祉基礎構造改革――その課題と展望



評者:杉村宏


1 本書のねらい

 著者は1990年代以降の著作で現在の社会福祉改革に関して,もっとも積極的に発言している研究者の一人である。本書は1991年の『児童福祉改革』,1995年『社会福祉改革−そのスタンスと理論』につぐ,社会福祉改革シリーズ3部作目であるが(はしがき),これらは現在進行している社会福祉の諸改革に関する著者のいわば「評論」である。彼の近著のもう一つの流れは,こうした社会福祉をめぐる諸改革をパラダイムの転換としてとらえ,転換期における社会福祉のありようと社会福祉研究のありようを問う,一連の「パラダイム転換論」とも言うべき著作がある。その出発点に位置するものは1992年に編した『社会福祉供給システムのパラダイム転換』であるが,その後主なものだけでも『社会福祉学序説』(1994),『社会福祉のパラダイム転換−政策と理論−』(1997),編著『社会福祉21世紀のパラダイムT』(1998)などがある。

 前者の「評論」はおもに諸改革の実態分析に当てられており,後者の「パラダイム転換論」はむしろ改革の理論的問題を扱っているが,このような研究経過の中での本書の位置は,「社会福祉改革」以来の問題意識を政策と理論から問題にした「社会福祉のパラダイム転換」と対をなすものであるが,社会福祉基礎構造改革における主要な問題点の指摘と課題・展望の提示がテーマとなっている。したがって本書の目的は,1980年代にはじまる福祉改革が,世界史的な転換期における新たな社会福祉のありようを模索してきた中で,その方向を明確にした「社会福祉基礎構造改革」構想の課題と展望を検討することにある。

 著者の整理によれば社会福祉構造改革は,1980年代以降の社会福祉費用の抑制と機関委任事務の団体委任事務化を特徴とする「調整改革」,社会福祉の地域化,計画化,総合化の推進をはかる「機能改革」を経て第3ステージにあるとされ,その特徴は社会福祉の伝統,理念,体系,運営,サービスの質,援助活動のあり方などを問う,全般的な改革という意味での「構造改革」であるという(第2章)。

2 分析の視角と構成

 このような基礎構造改革の課題と展望を検討するために,著者自身は明示していないが2つの視角を提示しているように思われる。一つは歴史的な視角からこの改革の性格を明らかにすることであり,第2には,社会福祉改革の理念は行財政改革の理念によっていわば「外から与えられた」ものであるが,それを内発的な改革といかに関連付けて理解し,展望につなげ得るかという視点である。全体は6章で構成されているが,やや長いプロローグを含めると7章構成の著作とみることができる。

 プロローグ「供給者本位から利用者本位へ−社会福祉供給システムのパラダイム転換」と,第1章「社会福祉改革の現在−戦後福祉改革から基礎構造改革まで」が,社会福祉基礎構造改革の歴史的な位置付けを明確にする作業にあてられており,第2章「基礎構造改革の論点−社会福祉事業等のあり方に関する検討会報告」,第3章「児童福祉改革−措置から選択的利用へ」および,第6章「基礎構造改革の意義と課題−中社審社会福祉構造改革分科会中間報告」の3編は,基礎構造改革を提起した分科会報告の検討を通して,その全般的改革の意義と問題点を指摘している。

 第4章「社会福祉改革と民生委員・児童委員−地域福祉の先端を担う」,第5章「オンブズマン制度の意義と機能−東京中野区,そして川崎市」,エピローグ「社会福祉21世紀への展望」の3編は,今後の社会福祉のあり方に関わる論点を整理したものである。

 なおプロローグと第5章の論文は,1992年の「社会福祉供給システムのパラダイム転換」から再録しているが,その他の論文は1997年〜98年に書かれたものである。ここでは紙面の都合で,本書の中心的な課題である基礎構造改革に直接関連する「社会福祉事業等のあり方に関する検討会報告」(以下「検討会報告」)と「社会福祉構造改革分科会中間報告」(以下「中間報告」)を取り扱った著作に焦点を当てて論評する。

3 本書の意義と課題

 著者の社会福祉構造改革に対する立場は,基本的な論点ではかなり批判的であり,その実効性に関しても懐疑的であるように見受けられる。しかし他方で著者は,現代の社会福祉状況は国民国家的境界の持つ比重の相対的低下に伴うグローバリゼーションとコミュナリゼーションの同時進行と,脱規制化の下での市場における自由な競争の徹底を求めるグローバルスタンダードの実現という世界史的な転換期にあっては,社会福祉の構造もこうした方向で改革されざるを得ないという現実的な認識をもっており(第1章),中央社会福祉審議会等の改革構想を批判的に検討し,可能な限り実効性のある改革につなげようとする立場に立っている。こうしたまことに困難な課題を,先にみた2つの視角によって分析しようとしているから,本書の評価はさしあたりこうした視点がどの程度有効であったかということからはじめたい。

 歴史的な視点での分析では,先に触れたように1980年代から本格化する社会福祉構造改革をその改革の性格から3段階に整理して提示し,今日の基礎構造改革の歴史的な意味合いを明確にしているだけではなく,戦後社会福祉史における現代の福祉改革の意味に関して,戦後民主化の一環として行われた社会福祉改革との対比で現在の改革の本質に迫ろうとしている点で注目される。

 「分科会報告」などにおける戦後改革の中で形成された社会福祉の構造に関する認識は,戦後の混乱と窮乏という特殊な状況の下における保護と措置に偏った社会福祉であるとしてその改革の必要性を強調しているが,このような認識に対して著者は,戦後改革期に確立した国家責任原則は単に敗戦直後の政治的,社会経済的な混乱期の被占領下という特殊な状況の産物として位置付けられるべきものではなく,社会福祉の近代化をめざしてきた苦難の歴史の所産であるという世界史的な視点の必要性を強調している。こうした認識の根拠となる戦後社会福祉の分析に関して本書では省略されているが,「社会福祉のパラダイム転換−政策と理論」では,GHQ指令「社会救済」の源泉にまでさかのぼって解明されており,こうした歴史分析を踏まえて説得的である。

 更にこのような認識を前提にして,社会福祉制度も社会制度のひとつであり特殊な「聖域」としてグローバルスタンダードの受入を拒否できないとしても,社会福祉の領域のすべてにグローバルスタンダードの根底に横たわる市場原理の適用が可能かどうか,慎重に検討する必要があることを指摘する。

 第2章「基礎構造改革の論点」では,「分科会報告」の改革構想はそもそもこうした前提を欠いており,社会福祉の国家責任原理をあいまいにしたり,規制緩和や市場原理の安易な導入が構想されている点に関して,利用者,供給者,社会福祉法人の3者を取り上げて,基礎構造改革の問題点を指摘している。

 利用者に関しては,「分科会報告」の改革構想が弱者保護的なサービスから個人の自立を支援するサービスへの転換をめざして,契約による利用者と提供者の対等な関係の実現をはかるとしているが,現実には契約による利用という方式において想定しているような自己決定・自己責任能力−当事者能力の持ち主であるとは限らない点を指摘し,契約による福祉サービスの合理的配分という構想を現実的ではないと断じている。

 したがってまた,サービスの供給システムに市場原理を導入し,民間非営利組織や営利組織の参入による競争こそが福祉サービス提供の効率化と質の向上に資するという改革構想の立場についても,利用者の中に少なからず自己決定や自己責任の能力に乏しい人々を含んでいることを前提にするならば,そのような人々を巻き込む競争が効率化や質の向上をもたらすどころか利用者に不利益をもたらすものであること,また競争の結果福祉サービスの提供者の破産や事業撤退が,利用者の生活維持に致命的な影響を及ぼす危険性をはらんでいることを指摘する。さらに社会福祉サービス提供者の行動原理は,本来フォーミッション(使命追求)であり,この原理が自己を規制し鼓舞するような行動の継続を可能にしている源泉であるが,営利組織はフォープロフィット(利益追求)が行動原理であり,社会福祉サービス提供者にふくめることは適当でないとしている。

 しかし他方で社会福祉法人の設立条件を緩和し,非営利組織だけでなく営利組織による社会福祉法人設立も容易にすることによって,多様な基盤と背景を持つ社会福祉法人がミッションオリエンテッド(使命追求的)な競争を行うことが奨励されている。

 また公的責任の所在を明らかにする措置制度から個人責任による契約制度への移行に関しても,保育行政で実施されるようになった選択申請利用方式を,契約利用と競争の利点を追求する方式として積極的な評価をしている。  このような分析をふまえて,これからの社会福祉に関する提言として,(1)一定の範囲における選択申請利用方式を導入し,後見制度,苦情処理制度などの創設によって利用者民主主義を促進すること,(2)提供組織の多様化,分権化,脱規制化および市民参加とともに,高度の専門職の養成と適正な品質競争を通じてサービス料と質の向上を図ること,(3)新しい公的責任は市町村によって担われ,多様な組織の参加を得て,自主的,自立的に運営される自治型の社会福祉を推進すること,C国や都道府県の役割は,新たな社会福祉を可能にするためのハード・ソフト両面の環境整備にあること,の4点があげられている。

 これらの提言は,現に進行しつつある社会福祉改革の方向とおおむね合致しているが,本書の分析から必然的に導き出されたものとしてみるには多少の違和感を覚える。それは分析の視角である歴史的な視点での分析と,外在的契機を内在的改革の契機としてとらえ直す視点での分析が齟齬をきたしているからのように思われる。

 著者の戦後社会福祉に関する歴史認識は,「分科会報告」などの改革構想がよって立つ歴史認識とは明らかに異なっており,国家責任のあいまい化,市場原理を前提とする安易な契約制度の導入,営利組織の社会福祉への参入などに関しては,歴史的視点からの分析を通して厳しく批判しているが,改革の現状分析では「一部規制付きの市場原理」,選択申請利用制度を介しての契約制度の導入,社会法人設置基準の規制緩和による営利団体の参入などを容認することになる。つまり「改革の外在的契機の内在化」には成功していないのである。著者が基礎構造改革の議論を通じてもっとも懸念していたことは,実はこの点にあった。

 すなわち,「自己責任,分権化,脱規制化,競争,民営化などのキーワードに象徴される改革の方向や契機が社会福祉の外側から,いわば外在的に与えられて」いたのである。しかし社会福祉も社会システムの一つであるかぎり,「一般社会に適用される論理がそのまま通用する普通の世界であることが求められ」「社会福祉は外側に向かっても内側に向かっても,普通一般の世界であることに努め,そのことを明らかにしなければならない」と考え,外在的契機を社会福祉改革の内在的契機に転換しうる道を探ったのが本書であろう。

 社会福祉研究に身を置くものとして,社会福祉が直面している困難を外側から論評することは易いが,その内部に分け入って諸困難を改革の内在的改革の契機に転化しようとすることは容易でないし,こうした努力は評価されなければならない。しかし著者の懸念であった基礎構造改革の方向や契機が政治的に社会福祉の外側から与えられ,基礎構造改革がそうした政治そのものの実現にほかならないことの意味を問い直すことに努力を傾注することがより重要であるように思う。

 著者は「中間報告」の討議の流れを,「利用者を弱者保護の対象として捉えるサービスから個人の自立と自己実現を支援するサービスへの転換」「利用者による選択」「措置から契約への転換」「サービス提供に対する民間営利組織の参入の促進とそれによる適正な競争の導入」「施設経営の透明性の確保」「施設整備の方策」と整理しているが,これらにそって改革された現実に関する評価は厳しい。たとえば児童福祉改革の総合的評価では,(1)理念改革の不徹底,(2)利用者民主主義の前進と不徹底,(3)分権化,地域化の不徹底をあげてその実効性に疑問を呈しているし(第3章),選択に基づく競争が質の向上に結び付くかどうかは,情報の適切な開示と外部評価および適切な選択をしうるための支援サービスの必要性などいくつもの条件を付したうえでなお,サービスの効率化が社会福祉の目的や性格を前提にしないならば,社会福祉の機能は損なわれその存在意義を喪失することになるとさえ指摘している(第6章)。

 しかも介護保険の導入に関わって,「社会福祉が社会的弱者に対する施策であることをやめ,一般化,普遍化をめざすことによって,その本来の対象である社会的弱者が切り捨てられたり,不利益を被ることにならないか」と指摘しているが,こうした視点こそ社会福祉改革を考えるうえでもっとも重要なことなのではないか。

 社会福祉が社会一般に適用される論理が通用しないサブシステムであることから脱する必要性については認めるが,それは社会福祉における国家責任をあいまいにする分権化とナショナルミニマムを解体する規制緩和を受け入れ,日々の生活の維持にも事欠く人々に負担を強要する自己責任を追及し,利潤追求を第一義とする営利企業と競争することによって達成されるものではないであろう。

 社会一般に認められる論理も,ここに例示したようなものではないはずであり,こうした偏った論理に沿って社会福祉の社会システム化をはかるのではなく,社会的弱者が切り捨てられたり,障害を持っていることが社会的不利になることがないような社会福祉の論理を,社会一般の論理にしていくことが今求められていると言える。

 エピローグ「社会福祉21世紀への展望」は,そのような視点に立った社会福祉の将来展望の素描のように思われる。

 福祉国家の理念と政策が,東西の冷戦構造のなかでケインズ主義的な繁栄に支えられ,限定された時代の産物のように見ることについては異論があるが,基本的人権としての生活権の保障,社会的な平等と公正の確保という福祉国家の理念を発展的に継承することに将来展望を見出そうとする立場は,おおかたが共感するところであろう。  著者はこうした福祉国家の理念の発展的継承を,コミュナリゼーション概念に基づく自治型の社会福祉に求めており,今後の課題として大いに期待したいが,政策推進者の社会福祉改革構想もこのような展望を実現するための歴史分析と現状分析を出発点にすべきであろう。

 いずれにしても,本書は社会福祉の改革を検討するうえで欠かせない好著である。


誠信書房,vii+302頁,2800円+税

すぎむら・ひろし 北海道大学教育学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第496号(2000年3月)


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