OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



(財)家計経済研究所編
『ワンペアレント・ファミリー(離別母子世帯)に関する6カ国調査』

評者:杉本貴代栄

国際比較調査が明らかにした“日本のシングルマザーのジェンダー問題”

(1)調査の方法について

 何らかの社会的な困難を抱える人々を対象として行われた調査報告書を読む度に,ある疑問が私のなかで度々頭をもたげる。それは,「調査に応じた当事者たちは,これを読んでどう感じるのだろうか?」あるいは「ここで語られていることは,はたして当事者たちの本音なのだろうか?」という疑問である。例えば,本書が調査対象とした母子世帯についても,多くは行政によって実施された調査報告書がいくつもあるが,そのなかには調査の信憑性が疑わしいものがある。国や自治体が行う調査は「上から下」への調査となることが避けがたく,調査対象者への配慮を欠いた高圧的な調査となりがちで,回答拒否や不正確な回答があると考えられるからである。例えば『正しい母子家庭のやり方』のなかで久田は,「変な目で見られるといやだから,母子家庭になった理由を“未婚”なのに“離婚”と答えた」という例を紹介している(注1)。また,調査の当事者たちはこのような報告書を読まないという前提で書かれているからか,プライバシーの保護を充分考慮した記述となっていないこともある。このような理由からこれらの調査は,母子世帯の抱える「現実」を必ずしも明らかにはしていないし,調査の対象となった人々と問題を共有しようとはしていない。母子世帯に限らず,何らかの社会的な困難を抱える人々を調査することについて,私が「フェミニスト調査」という手法(あるいは視点といってもいいだろう)を重視するきっかけは,このような疑問に直面したことだった。

 フェミニスト調査の詳細については,私が別の機会に書いたものを読んでいただくとして(注2),ここではそのアウトラインだけを述べておこう。それは,欧米で開拓されたフェミニスト研究の「方法論」のひとつであり,フェミニスト研究が従来の学問に風穴をあけたように,従来の社会調査に新たな方法と視点を持ち込むものである。女性に関することを,(多くの場合)女性の手によって,そして女性の利益のために行う調査であり,女性の状況を変えることに貢献する調査である。調査の方法論は多様であるのだが,共通することは,@調査研究者と調査対象者とが対等な関係であること,A調査研究者が自分の個人的経験(女性であるという経験)を考察に用いること,B多くの場合,量的調査より質的調査を重視し,面接調査等により問題を「深く」知ることを重視する,ことがあげられる。

 1999年に家計経済研究所から出版された本書は,離別母子世帯に関する日本,アメリカ,イギリス,オーストラリア,スウェーデン,香港の6カ国で行った国際比較調査であるが,上記のようなフェミニスト調査の条件を備えたものである。調査は,離別シングルマザーの離別前後の家計・生活,意識の各領域からその実態・全体像を把握することを主眼とし,1)仕事,2)性別役割分業,3)家計,4)離婚の意識,5)要望,6)日常生活その他,という共通項目について質的調査である面接調査を各国で行った。インタビューしたシングルマザーは,日本では44人,他の5カ国では各20人程度。質的調査であるために全体的な趨勢を知ることはできないが,インタビュー形式を取ることにより離別母子ワンペアレント・ファミリーの生活の「内側」に迫ることを意図している。このような方法でシングルマザーの抱える問題を明らかにし,その困難を打破することに貢献するこの調査とは,(調査者が,フェミニスト調査を意図していたかどうかは別として)フェミニスト調査とその基本的立場を同じくするものである(特にイギリス調査については,まさにフェミニスト調査である)。

 後述するように,このような調査によってシングルマザーが抱える困難が「ジェンダー問題」であることが明らかにされるのだが,ただし,国際比較調査という困難な条件のために,いくつかの方法論上の齟齬が生じたことを指摘しておかねばならない。日本調査は別として,アメリカ,イギリス,オーストラリア,スウェーデン,香港の各調査は,それぞれ別の担当者(当該国に居住する人)が行っているのだが,調査者それぞれの専門領域や関心が違う。そのためサンプリングがバラバラであること,インタビュー調査においても取り上げている問題や力点の置き方に差が出て,比較しにくい調査結果となっている。各国調査者間の「合意」や「調整」,事前における調査全体の統括がより必要であったのではないか。調査が多くの制限のあるなかで行われたことは理解するものの,アームチェアー・デテクティブといった不満が残る。

(2)調査の結果について

 以上のような国際調査につきものの困難を抱えながらも,ほぼ同一の調査項目についてインタビュー調査を行ったことによって,本書はシングルマザーについてのいくつかの真実を明らかにした。ここでは紙数の関係から,日本との比較で興味深い調査結果,<親との同居><子の父からの養育費><公的援助>についてみてみよう。

 日本のシングルマザーの「特徴」であると度々指摘される<親との同居>は,本書の調査によっても明らかにされた。イギリス,オーストラリア,スウェーデン,香港では親と同居しているシングルマザーは皆無であり,アメリカでは20人中3人であった。それに比べて日本では,44人中10人が親もしくは親族と同居していた(なお,44人中の16人は母子寮の居住者であるため,実際には28人中の10人が親と同居していることになり,シングルマザーの「同居」依存はより高いといえる)。香港を除く他の4カ国では,離婚に際して親や親族の援助がかなり大きな部分を占めてはいるが,それらは経済的な援助も含むものの,主として精神的援助が中心であり,少なくとも同居という形は取らない。他国と比べて例外的である日本のシングルマザーの高い「親との同居」率は,親がいかにシングルマザーの生活に貢献しているか,また言い換えれば,それに代わる援助が不足している状況をよく反映しているといえよう。

 <子の父からの養育費>を受けているシングルマザーが多いのは,オーストラリアとスウェーデンである。オーストラリアのシングルマザー20人中の17人が,スウェーデンでは18人中15人が,子の父からの養育費の支払いを受けている。また,スウェーデンでは養育費の支払いだけではなく父子関係も緊密で,定期的・不定期的を含むと18人中17人が離別後も父子関係を継続している。イギリス,香港,日本はその対極にあるようだ。イギリスでは,1993年に養育費徴収機関が設立されたにもかかわらず,父が養育費を逃れることは容易で,18人中7人だけが定期的・不定期的に養育費の支払いを受けていた。また,父と子が継続的な関係を維持していたものはほとんどいなかった。その種の機関がない香港では20人中8人が(14人が取り決めたにもかかわらず),日本では44人中10人が(15人が取り決めたにもかかわらず)養育費を受け取っていたが,父子の面接・接触が日常的となってはいない。アメリカについての記述がないが,これら2グループの中間に位置していると考えられる。

 上位グループに属するオーストラリアとスウェーデンがともに養育費徴収制度を持っていること,下位グループに属する日本と香港がその制度を持たないことは,養育費徴収制度が機能していることを意味している。が一方,その種の機関がありながらうまく機能していないイギリスとアメリカの例は,機関の設立だけではなく,それとリンクする他の制度や子育てをめぐる社会の在り方等について考慮することを促している。

 <公的援助>に対する各国のシングルマザーの要望としては,「労働条件の改善」「養育費について」「保育」が共通する3大課題である。特にイギリスでは,保育施設の不足がシングルマザーの継続的な貧困の原因であることが強調されている。オーストラリア,アメリカでは企業内保育の要望が述べられている。養育費については,日本と同様に養育費徴収機関のない香港,養育費徴収機関があるにもかかわらず十分に機能していないイギリス,アメリカにおいて,そのシステムが確立されることが強く望まれている。養育費の徴収については比較的シングルマザーが満足していると見られるスウェーデン,オーストラリアでも,父親の払う養育費の増額,また支払いの事務手続きの簡略化等が望まれている。これらの結果は,日本でのシングルマザーの政策策定の参考になるはずである。

(3)調査が明らかにした「ジェンダー問題」

 私の研究テーマのひとつは,シングルマザー,シングルファーザーの日米比較研究であり,ここ数年それらの調査に関わってきた。シングルマザ−についての調査結果は,ミネルヴァ書房から『日米のシングルマザーたち:生活と福祉のフェミニスト調査報告』(1997年)として出版した。シングルファーザーについては,1998年度から2年間の文部省科学研究費の補助金と三菱財団の研究費助成を受けて,現在調査を継続中である。いずれもフェミニスト調査の視点に立ち,質的調査であるインタビュー調査を日本とアメリカで行った。これらの研究目的は,アメリカと比較することによって日本の女性が抱える問題点を明確にすることにある。いわゆる「女性問題」とは,アメリカだけの,または日本だけの孤立した問題ではなく,両国間(またはさらに複数の国を含めて)で有機的な関連を持っている問題なのである。

 ゆえに国際的な視角が必要であるという主張は,本書の研究目的と通じている。本書の執筆者の一人である埋橋が別の機会に書いているように,国際比較研究ににおいて留意すべき点とは,@実証的で分析的な研究であること,A制度的な記述だけでなく,それらがどのような帰結,政策効果を生みだしているか,B公的政策の土壌である人口・家族構造,雇用・労働市場をも視野に入れること。まさに「わが国の姿と位置を国際比較という“鏡”に映し出して明らかにしていく」作業が必要なのである(注3)。本書が明らかにした「シングルマザーが抱える問題」とは,筆者らの研究から導き出された結果とぴったり重なる。筆者らの調査も参考にしながら,本調査が明らかにした日本のシングルマザーが抱える問題についてまとめてみよう。

 本書が明らかにした「シングルマザーが抱える問題」とは,「ジェンダー問題−ジェンダーから派生する困難をシングルマザーが象徴的に抱えていること」であるが,それらは次のような場面に典型的にあらわれる。

1)家族規範から逸脱した,スティグマを伴う家族としての困難
2)労働と子育てを両立することの困難(保育問題・貧困の女性化)
3)性別規範としての男性からもたらされる困難

 1)と2)については,シングルマザーとして生活することのスティグマは,国によって差はあるものの,多かれ少なかれいずれのシングルマザーも抱えている困難の一つである。両親家族を規範としたそれぞれの社会では,シングルマザーはそれからの逸脱として捉えられ,ゆえに公的援助も不十分な,あるいはスティグマを伴ったものとなりがちである。またこのような社会のなかでは,女性が働きながら一人で子どもを育てることは一層困難である。シングルマザーとして生活することにスティグマや批判がないと答えたオーストラリアやスウェーデンのシングルマザーでさえも,労働条件の改善や,保育施設が十分に適切な場所にないこと,保育費の減額を必要としている。またスティグマはないと言いながらもスウェーデンでは,少年犯罪率が増加しつつある現在では,「父親不在の少年」が問題視されるようになり,その矛先がシングルマザーに向けられる懸念があることが述べられている。  3)については多少の説明が必要だろう。私は本書の調査結果から,「男性問題」としての困難の存在があることが,強く印象づけられた。ひとつは,本書の調査項目の重要項目の一つである父親からの養育費について,いかに多くの父親が,(経済的だけでなく子育ても含めた)子どもの養育責任を母親だけに押しつけて回避していることか。他国と比べてかなり満たされていると考えられるオーストラリアやスウェーデンのシングルマザーでさえ,前夫たちが自分の子に十分な責任を感じていないし,養育費の配分も十分ではないと感じている。

 二つ目は,女性への暴力の存在である。特に暴力について尋ねた項目があるわけではないのに,調査に答えるシングルマザーたちの背後に夫の暴力が見え隠れする。ほぼ半数(45%)の女性が,肉体的や心理的な暴力のある関係であったこと(アメリカ),離婚の理由として33%の女性が身体的暴力を,さらに11%の女性が精神的な虐待をあげていること(イギリス),離婚の理由として3人が精神的・肉体的暴力をあげ,うち1人は「全女性の家」という団体の援助を受けて夫の暴力から逃れた(スウェーデン)からである。日本でも,複数回答ではあるが44人中の23人が,離婚の理由として暴力と精神的虐待をあげている。これらは暴力について直接的に尋ねた質問のなかでの回答ではないため,夫からの暴力を受けた女性たちは実際にはもっと多いと推測できる。夫からの暴力は,決して私的な問題ではなく,社会的な対応が必要とされるゆえんである。スウェーデンでは家庭での女性への暴力の増加が問題とされているという記述もあるが,男女平等を志向する社会でさえも男女間の暴力がなくならないこと,それらの暴力はジェンダー問題であることを改めて認識させる。

 本書は,シングルマザーの抱える問題がジェンダーから派生する問題であること,彼女たちの困難とはジェンダーとリンクする問題であることを明らかにした。そして,いかに日本のシングルマザーが独特の困難を抱えているかを明らかにした。「彼女たち」が抱える困難は,「私たち」の困難であり,それを変えていくためには,このような調査がもっと出現することが必要なのである。


(1)久田恵・酒井和子『正しい母子家庭のやり方』(JICC出版局,1985年)
(2)フェミニスト調査については,杉本貴代栄「フェミニスト・リサーチの冒険」『女性化する福祉社会』(勁草書房,1997年)所収を参照のこと。
(3)埋橋孝文『現代福祉国家の国際比較』(日本評論社,1997年)


(財)家計経済研究所編『ワンペアレント・ファミリー(離別母子世帯)に関する6カ国調査』大蔵省印刷局,1999年,定価2,100円

すぎもと・きよえ 金城学院大学現代文化学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第493号(1999年2月)


先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ