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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



赤岡 功
『作業組織再編成の新理論』


評者:庄村 長

 「労働者が自らの判断により,自分のペースで仕事をし,その成否を自ら確かめつつ,労働を通じて学習し,成長するというのは,現代の大工場・大組織においては実現されえぬ夢であろうか。」(p.1)
 こうした課題を前に,「1960年代のノルウェー,1970年前後からのスウェーデンにおいて大規模に展開された労働の人間化の試み」を明らかにし,「その際に応用され発展していった社会・技術システム論の検討」(p.iv)を行うというのが本書の基本テーマである。以下では,本書の論述をできるだけ丁寧に追いながら,評者なりに理解したことの一端を述べてみよう。
 本書・序章では,「労働の人間化」「社会・技術システム論」といった基本用語に関する著者の理解がまず述べられている。続く第1章から第3章は,4章以下でのスウェーデンにおける労働人間化分析のための前提作業ともいうべき位置にあり,そこでは社会・技術システム論 (以下,STS論と略記)のもついくつかの重要な理論的特質が丹念に確かめられる。まず,この理論の形成・発展にかかわったタビストックの研究者や米国のL.デイビスらのSTS論にあっては,第1に組織はオープンな社会・技術システムであり,第2に社会システムと技術システムは相互に独立だが影響しあうシステムであり,したがって第3に組織全体のパフォーマンスの最適化のためにはそれを構成する両システムの同時最適化が必要であり,その際,第4に技術システム自体も選択・開発されうること,第5にその具体的な作業システムの設計として自律的作業集団が有効なものとされ,しかも第6にこの自律的作業集団は団体交渉制度の下で職場の産業民主化を進める有力な方法とされていたことが確認されている(1章)。
 そして,この第3・第4・第6の点で,組織のコンテインジェンシー・セオリーとSTS論には重大な理論上の差異があることが指摘される。特に,大量生産等の本来不確実性が低くコンテインジェンシー・セオリーからは非自律的作業が適合的だとされるところでこそ労働の人間化が強く要請されており,STS論は,技術システムと社会システムの相互作用の中で作業組織の再編成を行うことによりこの要請に応えようとするものであるという点が強調されている(2章)。
 だが,ノルウェー産業民主化プロジェクトにおいて提示されたSTS論構想とは,こうした「職務再設計論」が職場での一般従業員の直接参加という「下からの民主化論」と一体化したものであったのであり,第3章ではこうした「作業組織の変革が,単なる仕事の変革にとどまるか,それともより広範な産業民主化になるかは,この理論の具体的適用におけるノウハウの有無と労使の相互作用の中できまる」のではないかという認識が,ノルウェーのこの構想をめぐる当時の労働組合側(LO)の態度(「下からの民主化」軽視)と経営者側(NAF)の態度(「単なる仕事の変革」志向)の分析を通して提示されている。
 こうしたSTS論の理論的特質に照してスウェーデンにおける経験は分析されるのである。まず第4章は,スウェーデンでの労働の人間化の展開を跡づけ,その全体状況を俯瞰する。1969年までに経営者,労働組合ともSTS論による作業組織の再編成を重視するようになったこと,69年以後活発になるその運動の主な担い手は1)ノルウェーにならった労使合同の機関URAF(協調問題開発委員会・調査班)2)SAF(経営者連盟)に1966年設立されたIE専門家中心の技術部3)国営企業の産業民主化のための機関FODD(企業民主化委員会)であったが,いわば「技術システムの変革をも伴う作業組織の変革」を積極的に推進しようとするSAFのアプローチと「下から始まってのより広範な産業民主化」をも同時に重視する労働組合側の対立の中でURAFは有効に機能しえず,むしろノルウェー型理念はFODDにおいて実現されたということ,だが一方そうした対立からSAF技術部独自のプロジェクトが展開され,現実にはむしろそれがこの国の労働人間化を主導していったこと,これに対抗し労働組合は1970年代中頃より独自のプロジェクトを開始し,また産業民主化の方法として一連の経営参加の立法化を進めたということが明らかにされている。
 こうした構図の下に,作業組織の変革にとどまらずむしろより広範な産業民主化に重点が置かれた労働人間化の代表例として,FODDによる国営企業アルヴィカ・タバコ工場での試みが第5章で,逆に広範な産業民主化を切り離して,職場に限定された作業組織の変革に重点を置く労働人間化の代表例としてSAF技術部主導の有名なボルボ・カルマル工場の試みが第6章・第7章でそれぞれ分析され,さらに,SAF技術部主導の労働の人間化を支えたその独自のアプローチの内容とそれへの批判から労働組合(LO)によって独自に推進された「労働組合志向的アプローチ」の分析が第8章・第9章でなされている。
 さて,アルヴイカを「STS論による労働の人間化」のケースとして見た場合興味深いのは,経営参加への組合側(LO)の積極的支持がある下で,企業・工場の意思決定への工場の労働組合の影響力の強化が図られる場合,一方でそれは工場の各レベルでの「広範な労働者の経営参加・産業民主化」を可能にするばかりでなく,同時にそれは工場における作業組織の変革過程自体への工場の労働組合の強いコントロールをも可能とし,その下で労働組合が「作業組織の変革」に積極的に関与することを可能にするということだろう。
 これに対して,ボルボ・カルマルを「STS論による労働の人間化」のケースとして見た場合興味深いのは,やはり1つには,当時技術的に不可能とされていたベルト・コンベアを廃止して代替的技術の開発を行い,社会システムと技術システムの相互作用に基づく労働の人間化を自律的作業集団の導入によって達成し,これによりSTS論の可能性を実証したばかりでなく,その後の調査によりそれが現実にうまく機能していることが示されたことだろう。だが,もう1つには,カルマルでもその後共同決定法の影響から労働組合の参加の拡大が図られると共に,他方では品質のコントロール,調整の権限・責任の面で作業集団の自律性の拡大も見られ,一般に労働者の参加・仕事における自律性は拡大するのだが,同時にそこでは労働者の自律性・労働者の参加を拡大させつつそれを全体として調整する管理システム・技術システムの高度化もまた実現されていった,という点である。これら2つの事実は,SAF技術部に独自の労働の人間化の途が「産業民主化とは切り離された単なる職場の作業の変革論」であったということとどのようにかかわるものなのか,かかわらないものなのか。第7章ではこんな問いがなされているようにも思われる。
 こうした問題を考える上でも興味深いのがSAF技術部が独自に展開したアプローチの内容であるが,基本的にはそれは,「新しい工場におけるよい生産システムの基準」として1)小規模の独立した生産単位であること2)機械によるペースから作業者が自由であること3)人々が没頭できる職務であること4)信頼性が高く,スピーディな生産システムであることを重視し,こうした基準を合理的に満たす方法として,1)組立ラインから並行生産方式へ2)新しいオートメーション3)完結度の高い製品別工場4)フロー・グループ5)小規模で広い視野の工場計画6)製品設計のモジュール化なる6つの技法を展開したものであった。すなわち,その考え方の1つは,生産システムを小規模の独立した単位に分割し,それを全体のシステムに編成するものであり,上の6つの技法はそのための方法として開発され,そこでは元々「生産グループの自律性の拡大と同時に,企業全体のシステムヘの生産グループの統合について十分な配慮が払われている」のであった。そして,組合側の批判がこうした内容の変革に対しても向けられていたことが第8章で明らかにされている。
 では,労働組合に独自のアプローチとは如何なるものか。第9章で取り上げられたアルメックス社のケースが示すように,それはまず,「ノルウェー産業民主化プロジェクトを指導した時のこの理論(STS論)の考え方をそのまま継承し,発展させて,作業組織の変革により労働者の自律性を拡大し,そのことが広範な産業民主制と労働者の団結の強化に結びつくものとする方法」であったが,さらにその展開として,労働組合の広範な経営参加が企業側から提案される変革案を検討し,労働者の立場に立った修正案や対案を立て,その実現を図ることを可能にする方法が求められた。その研究は組合と研究者の協力によって進められ,そこから1)良質の情報入手2)一般労働者の参加3)専門家知識の活用の3点を十分考慮した「交渉モデル」なる方法が開発されたのである(9章)。
 以上のような考察を踏まえて,本書は,これまでSTS論についてなされた批判に詳細な検討を加え(10章),最後に結章でこの理論の可能性に学問的な考察と展望を加えている。
 本書を読むと,それがSTS論の可能性を着実に基礎づけていることが理解されてくる。そして,その基礎づけの成功の過半は,本書の分析を通して著者が,社会・技術システム論という「作業組織再編成の新理論」の現実的適用可能性及び性格は広くその実践主体としての労使の相互作用のあり方によって決まるのではないか,という経験命題の構成に成功した点にあるのではないか,とも理解されてくるのである。この命題は,少なくともSTS論による労働の人間化は基本的に労使関係の問題である,という認識をもつことが大切であることをわれわれに教える。では,広く経営学的諸問題について考えてみた場合はどうなのだろう。本書は,これからの経営学研究の立脚点を新たに考えさせる作品としても重要な位置を占めるのではないか。





千倉書房,1989年

しょうむら・ひさし 東京都立商科短期大学助教授

『大原社会問題研究所雑誌』第382号(1990年9月)



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