OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

井上 雅雄 著
『日本の労働者自主管理』

評者:下田平 裕身




 本書は,1970年代から80年代初めにかけて,首都圏のある中小カメラメーカーの労働者たちが展開した生産管理闘争を主題としている。この事例は,倒産企業の生産と経営を約2年半にわたって労働組合が担い,企業再建を実現したユニークなもので,すでに当事者たちによる記録も公刊されているが,その全過程にわたる研究の側からの接近は本書が初めてである。著者の井上氏は,長い間,この対象と取り組まれてきたが,今回,以前に発表された個別の分析を大きなパースペクティブで総合する形で本書ができあがっている。
1970年代の日本の労働運動を振り返り特徴づければ,大手企業や公務系の組合が主導する春闘中心型の運動がその新鮮さと勢いを失いながら,日本社会の中でのエスタブリッシュメント化を深めていった時期だといえる。だが同時に,この時期は,大手組合のエスタブリッシュメント化の流れと無縁なところで,労働者の組織としての労働組合が果たすべき役割をナイーブなまでに問い直そうとする運動がそこここに生まれ始めていた。こうした動きは,経済成長の主流からはずれた産業や業種で,中小規模の企業の領域に多かった。大手企業の領域とは異なり,ここでは,運動は組織づくり自体から始まらざるをえなかった。団結権や交渉権を頭から否定しようとする経営者と対抗しながら組合を作り,これを承認させることから始めるケースや,休眠状態にあった組合を生き生きとした組織に再建していったケース,あるいは経営の秩序に密着した多数派組合から独立して少数派組合を組織したりするケースなどがあった。主流的な労働運動がエスタブリッシュメント化を深めていく時代状況の中で,組織づくりからスタートせざるをえなかったこれらの運動は,まさにその故に,〈労働者の組織とは何か〉を改めて原点から問い直そうとするナイーブさを帯びていた。そして,あたかも自己を問い詰めていくかのように,70年代から80年代初めにかけて激しく鮮やかな運動軌跡を残すのである。
 本書が分析の対象としている生産管理闘争は,こうした1970年代の労働運動状況の中で,労働者の組織の新たな可能性に踏み込もうとした試みのうち,最も先鋭な事例の一つに数えられるだろう。中小企業の倒産は数多く,倒産争議もかなりの数にのぼる中で,何ゆえにこのケースは労働者による自主生産という大胆な試みに踏み切ったのか。彼らの実験はどのように行われ,どのような問題に遭遇し,どのような結果にたどり着いたのか。そして,それは日本の労働運動のなかで,また,日本の労使関係の文脈のなかで,何を意味するのか。著者の井上氏は,自主生産に入る前史から始まって,その開始から終結に至る運動の各段階を丹念に分析しながら,これらの問いに答えていく。
 著者の基本的な関心は,この本のタイトルとして採用された,「労働者自主管理」にある。いうまでもなく,このテーマは国際的に普遍的なもので,歴史的に古く,かつ新しい。詰まるところ〈現行の経営権力のもとでの労働秩序に代わる労働者主導の新たな労働秩序の形成の可能性はあるのか〉という点に帰着する問いは,変化する時代状況に応じて形を変えながら繰り返し提起され続けてきた。そして,70年代はまたもこの問いが国際的に盛り上がってきた時代であった。既存の経営秩序にますます密着するようになった主流的な組合運動とは異なる領域で,あるいは,そうした傾向に対抗しながら展開された当時の組合づくりの活動が「労働者自主管理」の思想と重なりあっていく素地は十分にありえた。実際,2年半もの長期にわたったこの自主生産闘争の事例は,当時,多分にイデオロギー的期待をこめて「労働者自主管理」の日本版として喧伝されたのだった。
 だが著者の事例への接近姿勢は,イデオロギー的傾斜や労働者世界へのロマン主義的陶酔に陥ることなく,事例そのものに即して冷静である。著者が,自らの研究の方法について,「労働者たちの試みに深く内在し,その動態的世界を内的統一性を持ったものとして分析的に再構成しながら,そこに貫かれている論理を摘出しようということ」と書いていることは示唆深い。日本の労働争議の研究において,ここに簡潔に表現されているような研究方法が蓄積されてきたとはとても言い難く,たいていは研究対象を用意された〈理論枠組み〉の鋳型にはめこんで解釈していくか,あるいは,自らが観念的に描きだした〈労働者世界〉のなかに酔いしれて埋没していくか,いずれかの道をたどるのが普通であった。「ナマの人間関係」として動態的に展開されていく現実の争議を「内在」的に把握しながら,そこに貫く「論理を摘出」しようとする姿勢をとることは実際にきわめて難しい。著者が「あとがき」で触れていることだが,この研究姿勢を貫くためには,事実そのものが自ら形を整えてくるまでの,かなり長い年月の経過が必要であったのではあるまいか。
 本書の分析は,1972年の組合結成から77年の企業倒産の時期に至る組織形成期を経て,77年10月の工場占拠,経営権掌握に始まり,80年3月の和解,組合主導による企業再建として終結する2年半の自主生産闘争の展開に沿って構成されている。著者の方法論から言って,静態的,構造的把握ではなく,運動の展開とともに新たに労働者とその組織が遭遇する状況への動態的対応のあり方を把握することこそが課題であるからだ。
 まず70年代前半の組合形成期が興味深い。ここには,先に触れた70年代の新たな組織づくり故の,ナイーブなまでの労働者組織の原点の追求という特徴が全て表れている。困難きわまる草創期を経て,きわめて短期間のうちに,この組合は男女賃金格差を解消させ,パートタイマーを組織し,外注を規制し,生産計画に介入するまでの規制力を備えるに至った。企業倒産に直面して,工場占拠と自主生産という果断な戦略を選択させた組合の組織力,構想力は,こうした組織形成期の多彩な活動によって培われたという。だが同時に著者は,この時点で組合の持つ致命的なジレンマを見ている。組合規制力が強まれば強まるほど,既存の経営秩序の掌握力は弱まり労働規律は弛緩する。この時,組合が生産活動を継続するために経営秩序の維持を代行しようとするなら,組合団結の基盤を自ら掘り崩すことになるというパラドックス‥‥‥。
 組合は,いよいよ自主生産闘争に突入するに及んで,このジレンマに真正面から向かい合うことになる。生産を組織するという未知の経験との遭遇。それは単に技術的な知識や経験,訓練の不足,あるいは能力の不足だけにとどまる問題ではなかった。リーダーたちは,生産現場における経営権力ヘの対抗勢力として生まれ,育まれた組合の組織原理を,生産,労働を担う主体としての論理に直結させることはできないことを身をもって知らされる。ともあれこの自主生産闘争は,「経済的成果」としては失敗でなかった(「最終的な帳尻は,黒字であった」)。とすれば,この両者の間のジレンマ,ギャップは,どのように対処されたのか。さらに言えば,この未知の実験を通じて,労働者たちが創り出したものは何か,創り出せなかったものは何なのか。この分析こそ,本研究のハイライトであり,「労働者自主管理」についての著者の問題意識と仮説の核心部分である。
 自主生産闘争は,基本的に「創造」の過程であった。労働者たちは,「倒産前の会社の管理技法についての断片的な知識を基礎に……いわば点から線,線から面,面から立体へと模索的ながら構造的に生産全体を透視し,そのプロセスを通して管理技法を身体的に発見し習得していった……」。生産計画,配置転換,生活資金(=賃金)の分配など,経営に関わる意思決定には,一般組合員の参加による強い民主主義的傾向が貫かれる。生活資金の分配には,強い平等主義的傾向が表れていた。仕事は,管理的なものとそうでないものに分化したが,それは 「機能的な分化」であって,一般組合員の「民主主義的意識の強さ」のゆえに「位階的秩序」を形成する傾向は阻まれた。そして著者は,「組合員を闘争と自主生産の困難に耐えさせた最も基底的な根拠は,労働者たちが相互の確執をかかえながらも職制なき労働の場において創造した共同世界によるもの」と評価する。
だが,自主生産のプロセスを通して表れた根源的な問題は,一般組合員の「意思決定への参加を当然とする民主主義的・平等主義的意識と,にもかかわらず,その執行責任にかかわる責任意識の希薄さ」であった。責任意識を持ち,相対的に不利な労働条件で残業を続け,決定された政策の遂行を担い自主生産を支えたものは,組合リーダー層=「職場責任者を中心とする男性組合員と単身の女性組合員」であった。ここに組合リーダー層と一般組合員との間に,「意識の亀裂・断層」が拡大し,やがて修復しがたい結果がもたらされる萌芽がある。リーダー層は,責任意識の希薄な一般組合員を前にして,「企業経営がいかなるものか――効率を高め採算を上げ,人をモティベートすることのむずかしさと厳しさを自覚」する。彼らは,このために,一般組合員の手にある「意思決定権限の上位集中化をとおして,権威の体系――さしあたっては指揮・命令権限を確立し,それによって責任遂行の厳格化をはかろう」と考えるに至る。そうした方向を招いたものは,「自主管理主体としての自覚と能力になお乏しい一般組合員の思惟と行動様式」にあると同時に,「自らが築き上げてきた闘争と生産と労働の組織化の経験を,自覚的に対象化し,そこからありうべき職場管理像を構想しようとするリーダー層の志向性の欠如」を物語る,と著者は言う。かくして,両者の断層は,リーダー層が闘争終結の和解条件として,ほとんど一般組合員にはかることなく「ふつうの会社」としての企業再建を決定することによって,決定的な終幕を迎えるに至った。「結局のところ,自主管理は,リーダーにとっては闘争戦術であり争議手段でしかなかったが,ランク・アンド・ファイルにとっては,それ自体が価値ある目的であった。」ここに争議は終り,「労働者世界」は解体する。
 かくして,「労働者自主管理」をめぐる著者の評価は,「この営みは,一方での責任性の欠如による無秩序と,他方での新たな権力による支配の両極に分岐する危うさをかかえてきた」ゆえに,「問題の核心は,労働者が被治者意識を脱却して自主管理主体たる意識とそれにふさわしい能力を獲得するためには,いかなる条件が必要なのかという点」に帰着する。
 中小企業の労働者とその組織が70年代にたどった,極限的ともいえる体験を通じて,著者は,日本の労働組合運動にはらまれる根源的なパラドックスについての示唆深い一般仮説を導きだそうとする。日本の労働組合は,「企業の倒産に直面して,自らが経営の主体として企業再建にのりだし,しかもぎりぎりの労働条件のもとでなんとかそれを維持していこうとする志向性を持つ」。言い換えれば,労働組合の機能として,本来的に「生産管理」的な志向を持ち,「その機能を果たそうとすれば,不可逆的に経営権を侵食せざるをえない固有のモメンタムを内蔵させている」のではないかというのである。「そうであればこそ,日本の経営が労働組合という存在を認めようとするならば,それは組合機能を職制機構を媒介として吸収することによって,いわば組合の無害化を前提としてなのであり,……利害の共有を基礎とした企業経営のパートナーとして労働組合を認知するという特異な関係のもとでなのである。」組合が,その本来的な機能に沿って,規制力を極限まで強めるとすれば企業経営は悪化し,ひいては倒産の淵に追いこまれる。倒産に直面して,労働組合が「自主管理」を選択するとすれば,「労働者自主管理は,その機能をあくまでも追求しようとしたがために,労使関係の枠組みのなかでの存立を許されなくなった労働組合が創り出す労働者世界にほかならない」ということになる」。「しかもその世界が自立するためには,組合の論理自体の超克をもってするほかはないとすれば,日本の労働組合にとって,労働者自主管理とは自己の論理の貫徹のゆえに自己の存在を掘り崩し,その上でさらに自己の世界を否定せざるをえないという二重の自己否定によって特質づけられたものであった。わが国の労働者自主管理の試みが,苛酷な労働条件のもと長期にわたって維持されるのは,それが日本の労働者にとって,運動をつきつめた果てに自らが創出したただ一つの世界だからなのである。」この仮説は,先に触れた70年代の大手企業の領域の主流的な組合運動の流れとこの領域とは,一見無縁で対抗的な中小企業領域の争議事例を貫いて説明する仮説の一つとして,注目に値する。





東京大学出版会,1991年11月,iv+315頁,定価7,416円

しもだいら・ひろみ 信州大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第407号(1992年10月)




先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ