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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




Norbert Altmann,Christoph Kohler and Pamela Meil(ed.)
Technolgy and Work in German Industry




評者:佐藤 忍




 本書は,ミュンヘン社会科学研究所(Institut fur Sozialwissenschaftliche Forschung,Munchen,IFS)という労働研究にたずさわるドイツのひとつの研究所による研究成果の集大成であり,同時に1990年に創立25周年を迎えた同研究所の記念論文集でもある。
 本書は,ドイツにおける工業労働の現在と将来とを,研究所の研究蓄積にもとづいて,国際的視点から,とりわけドイツ語圏以外の地域の読者にたいして紹介するものである。本書が英語で書かれたのはそのためである。ドイツ産業社会学の成果を英語でこれほどまでに体系的に紹介したのは,おそらく本書がはじめてであろう。
 446頁の重厚な本書は,24の諸章からなり,それらは7つの部に編成されている。執筆者は編者をはじめとする26名の同研究所研究員である。それぞれの章は,ドイツ語で公刊されている報告書の要点を凝縮したものである。各章の脚注および巻末の参考文献に挙げられているオリジナルな資料は,ドイツ産業社会学の理論と実証をより深く研究しようとする読者のために最新の情報を提供している。煩雑さを避けるために,本書の構成を部についてのみ示すと,次のとおりである。
 第1部 諸概念
 第2部 新技術の開発と応用
 第3部 工作機械工業におけるCIMと作業組織の変化
 第4部 大量生産工場における労働の再編成
 第5部 職場構造と熟練形成
 第6部 大企業と小企業
 第7部 新技術と労使関係
 本書のような密度の濃い書物を限られた紙幅のなかで紹介することは不可能に近い。以下では,本書のエッセンスを要約することにしよう。すなわち,研究所が自ら認めるところの,ドイツ企業の合理化戦略にかんする相対立するふたつの分析視角が,それである。ひとつはポスト・テイラー主義の矛盾という考え方であり,いまひとつはシステム統合的合理化という考え方である。

 [ポスト・テイラー主義の矛盾]
 企業というミクロのレベルにおける一定の型の合理化(テイラー主義)は,政治・経済・社会のマクロのレベルにおける諸制度とみごとに融合しあうことによって,戦後の歴史のなかにしっかりと根をおろした。そのミクロとマクロの相乗効果によって発生する社会現象を,テイラー主義症候群(Tayloristic syndrome)とよぶ。その特徴は次の3点に要約される(213−214頁)。1)コスト要因としての賃金と需要要因としての賃金との矛盾の中性化。規模の経済をつうじた労働生産性の上昇によって原価低減を実現し,それが賃金上昇を可能にし,需要の増大としてフィードバックする。2)追加労働力の絶えざる自動的な動員。テイラー主義にもとづく作業の標準化,分業の徹底化がそれを容易にし,賃金上昇が賃労働の魅力を高める。3)社会的・政治的な補償原理。労働生産性の上昇と賃金上昇は,労働強化を補償する社会保障制度の原資となり,また団体交渉制度は市場における競争を緩和する。
 世界市場の飽和にともなう多品種少量生産の要請と新技術の登場とは,テイラー主義症候群の腐食をもたらした。ここにポスト・テイラー主義が出現する。およそ70年代中葉以降のことである。ポスト・テイラー主義とは,テイラー主義症候群というかつての均衡が解体し,しかしそれに代わる新たな均衡が見いだせない状況下における企業合理化戦略の総称である。ルッツの表現を使えば,「その行き着く先は,まったくの恣意でなければ予見し得ないような,長期にわたる試行錯誤の(合理化)戦略」(37頁)である。
 投資財工業の調査(第10章「技術の革新――組織の温存?」)によれば,半数の企業は従来のテイラー主義の延長線上にあり(ネオ・テイラー主義),計画・制御は中央に集中され,労働者の二極分化は強化されている。この保守的戦略は,CADをもじって“コンピュータ支援テイラー”(computer-aided Taylor)という一つの理念型に表現されている(第3章「ポスト・テイラー主義の矛盾と工業労働の不確実な将来」。 10%の企業は,しかしながら革新的戦略を採用し,固定的な分業の廃止と現場労働者の熟練の高度化(いわゆる再職業化)を実現している。これは“コンピュータ支援ドラッカー”(computer-aided Drucker)と命名されている。残りの3分の1の企業は,同一工程の一部にネオ・テイラー主義とは異なる作業組織を実験的に施行している。たとえば“コンピユータ支援ハックスレー”(computer-aided Huxley)がそれである。そこでは水平的,機能的な分業は部分的に廃止され,高学歴者からなる自律的な作業集団が形成されているが,他方では昇格見込みのまったくないような不熟練労働者が分化している。展開される戦略の相違(第12章「労働過程への熟練の奪還」)は,情報制御技術の市場のありかた,新技術導入のプロセス(理念,主体),そして熟練工の質・量の確保にかかわる職業教育,高等教育の内容によって規定される。家庭電器を製造する多国籍企業の戦略(第14章「一般生産労働者の将来」)も,フランス,イタリア,ドイツの各工場ごとに相違している。フランス工場における半熟練労働者の組織的な再訓練,イタリア工場における自律的な作業集団の導入にたいして,ドイツ工場はむしろ従来のやり方を踏襲した。このように,ポスト・テイラー主義の合理化は,国内的にみても,国際的にみても,「非画一性」(non-uniformity)を特徴としているわけである。
 [システム統合的合理化]
 多様な形態のなかに,ポスト・テイラー主義の流動性と政策的要因の重要性を捉え,それゆえ合理化戦略の将来像については特定化を留保する上の立場にたいして,これは多様性のもつ共通の契機を強調する(第4章「システム統合的合理化と企業間分業」)。ひとつひとつの合理化措置の意図した効果が意図せざる効果と相まって合流し,システム統合的合理化(Systemic Rationalization)という一つのパターン,より大胆にいいかえると,「テイラー主義の体制に代わる新しい蓄積体制」(7頁)を生み出しているというのである。その特徴は,次の3点に要約される(387‐388頁)。1)CIM(コンピュータ統合生産)に代表される,企業内の諸プロセスの最適統合,2)企業外の諸プロセス(供給,加工,流通)の統合およびそれと企業内の諸プロセスとの直接的な連結,すなわちJIT ( ジャスト・イン・タイム),3)コンピュータ制御・ネットワーク技術に内在する柔軟性の活用と人間労働の可能な限りの排除,すなわち構想と実行との分離の恒久化。いいかえると,システム統合的合理化とは労働の2極化を企業内にとどまらず,すぐれて企業間にも追求するコンピュータ支援テイラー(ネオ・テイラー主義)であるといえる。
 新技術へのニーズは,多品種少量生産への企業の対応によって異なる(第6章「システム統合的合理化過程における生産技術市場の役割」)。たとえば高価格の特殊製品にバリエーションを加えていくやり方をとる場合,その大企業は生産過程,とくに組立工程の柔軟性を高めるために,新技術と生産過程との密接な連携を強化しなければならない。当該企業の特定の技術体系のもとで,それに合わせた作業組織の変更を実現するためには,ユーザー固有の問題を解決しうる新技術の開発が必要である。
 そして,そのためにはユーザーとメーカーとの,あるいはメーカー相互の密接な連携が不可欠となる。保全・整備といった職務は新技術メーカーのサービス部門が担当するという新しい分業が形成される。大企業は,市場支配的な工作機械,ソフトウェア会社との協力によって開発された新しい情報通信技術を用いて,垂直的統合の信頼性と市場メカニズムの利点とを結合し,それによって自らはリスクの高い投資を最小限にするような供給体制を構築すべく,外注戦略を展開する(第22章「大規模な下請け化のなかの小企業」)。小経営は,大企業のそうした戦略のなかに自己を適合させるためには,自社の条件とニーズにピッタリと合致するわけでもない新技術を導入せざるを得ない状態に追い込まれる。それは中小の一般ユーザーから技術選択の余地を奪うことになる。ネオ・テイラー主義の小経営(外注企業)への波及は,労働者熟練に依拠して柔軟性を発揮してきた小経営の存立そのものを危険にさらす。大企業が系列化にある外注企業の労働者の再訓練をサポートする試み(第21章「岐路に立つ小規模下請け企業」)がひとつの注目を集めている。労働者の利害代表にとっても新しい問題が突きつけられている。とりわけシステム統合的合理化が諸企業を一つの連鎖のなかに統合するとき,そこに包摂される労働者の利害は,企業の枠を超えるばかりではなく,産業別組合というドイツ労働組合の伝統的な組織化原理にも収まりきれない。そうした利害をいかに組織するかという点は,労働組合の緊急課題となっている(第24章「合理化戦略と労働者の利害代表」)。

 私たちは,ポスト・テイラー主義の矛盾という分析視角のなかにレギュラシオン理論の影響を読みとることができる。レギュラシオン理論がフォーデイズムと規定する,大量生産―大量消費をささえた蓄積体制を,この分析視角はテイラー主義症候群とよぶ。テイラー主義症候群の腐食は,フオーディズムの危機に対応する。そしてまた“コンピュータ支援テイラー”,“コンピュータ支援ドラッカー”,“コンピュータ支援ハックスレー”という合理化戦略の3類型は,レギュラシオン理論が想定する危機脱出策の理念型(ネオ・フォーディズム,ボルボイズム,トヨタイズム)に照応している。レギュラシオン理論が反テイラー主義革命としての社会的イノヴェーションを構想するように,これは革新的戦略を実現しうる諸条件――たとえば職業教育,新技術導入のプロセスなど――の摘出に労働研究の実践的価値を見いだす。アフター・フォーデイズムにおける工業労働の可変性を根拠づけ,その厳密な分析を研究者の社会的な使命と捉えるわけである。
 一方,システム統合的合理化という分析視角は,アフター・フォーディズムの工業労働は究極的には“コンピュータ支援テイラー”,すなわちネオ・テイラー主義に収斂すると捉える。とりわけ,新技術のメーカーによって支配された技術市場は,ユーザーによる主体的な技術選択をいちじるしく狭めている点が強調される。工業労働の技能水準を高めるような作業組織を形成しうるという新技術の理論上の潜在的可能性は,この観点に立つとき,現実にはきわめて小さいといわざるを得ないのである。
 システム統合的合理化を「テイラー主義の体制に代わる新しい蓄積体制」とまで言い切ってしまうとき,この視角はかぎりなく技術決定論に近づくように思われる。現在の新技術にたいする根底的な懐疑こそが,この視角の特徴である。
 ふたつの分析視角は,作業仮設として事例研究を導き,それぞれが貴重なファクト・ファインディングに貢献している。両者を統合しうるような展望は,しかしながら与えられていない。まさに第1章の表題のとおり,「終わりはみえない」のである。
 本書は,アフター・フオーデイズムの時代における工業労働の実態にどこまで肉薄しうるかという,労働研究の今日的課題にたいするドイツの研究所による真摯な葛藤の軌跡であり,ふたつの対抗的な分析視角という観点から現段階における研究の到達点を提示したものである。





Routledge,1992,xii+446 p.

さとう・しのぶ 香川大学経済学部助教授

『大原社会問題研究所雑誌』第416号(1993年7月)



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