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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



『総評四十年史』編纂委員会編
『総評四十年史』



評者:佐野 稔


 1993年3月8日付で刊行された『総評四十年史』全3巻の大部を前にして,ある「感慨」と「とまどい」とを感じないわけにいかない。
 「感慨」とは,筆者が見聞し接してきた戦後労働運動のほとんどが,総評労働運動であったからである。そして,この『四十年史』は,かつて総評が刊行した『十年史』『二十年史』の単なる継続でなく,また「50年史」の10年前というものでもない。それは,総評史の「終刊号」であり,あるいは「興亡史」ともいうべきものである。したがって,それは,逐年史にとどまらない。総評の成立から解散にわたる,続くもののない『四十年史』である。
 もうひとつの「とまどい」とは,明確に表現しにくいが,総評の「40年史」の歴史的事実に客観的な評価をあたえにくいことである。たしかに,ナショナル・センターとしての「総評」は,名目的に解散したであろうが,完全に「引導」がわたされたといいがたいことである。たとえば,総評運動の「継承・発展」がいわれ,その“魂”が新しいナショナル・センター「連合」のなかにおさまりきっていないと思われる。とくに,地域組織は,府県の「総評センター」として存続し,従来の総評運動の課題をにない,解散の時期を明示していないものもある。それは,「過渡期」・「残務整理的」なものとしていずれ消滅するものであるにしても,単に事務的でない,総評運動にたいする「こだわり」をしめし,完全消滅にただちに導かれていない。
 さらに,今年(1993年)7月の総選挙によって,自民党は過半数われ,社会党は大敗北をきっした。自民党一党支配は終わり,非自民連立政権が登場した。そのなかで「連合」首脳の政治工作的発言が注目された。だが,連立政権,その課題である政治改革によって予想される政界再編成のゆくえも,いまだ流動的である。総評解散―連合成立=労働戦線統一,ひきつづく政界再編の一連の過程は,なお進行する中間過程にあって,それへの評価は一定の期間をおくことを必要としているといえる。その意味で,評価を定めえない「とまどい」である。
 したがって,この『総評四十年史』は,逐年史にとどまって,「総評史]としては,真の歴史的評価を後日にゆだねているといえよう。そして,実践家・研究者にとっても,さらに歴史的推移を注目しながら,この『四十年史』の客観的叙述をもとに,「総評史」についての本格的な評価をおこなうことがもとめられているのである。

 『総評四十年史』についてみてみよう。
 かつて『十年史』は764ページ,『二十年史』は上,下巻2冊で1977ページであった。『四十年史』は,3巻総頁2303ページからなりたっている。総評の既刊の『十年史』,『二十年史』のページ数の2倍,4倍のページ数が必要であっても不思議でないのに,きわめて簡潔にまとめられているといえる。しかも,第3巻の全体は,年表および資料などにあてられている。資料は,総評にかかわる国会論議,労働委員会,裁判,政労交渉の記録などが収録されている。さらに,詳細で充実した索引が付されているのは,「40年史」の通史にとどまらない「総評史事典」としての活用を期待したものであろう。
 したがって,40年にわたる通史を,第1巻,第2巻の2冊におさめるには,多くの工夫がほどこされている。まず,総評の成立から解散までの40年間を,5年毎に機械的に時期区分して第1章から第8章に叙述している。それも,5年間をとりあつかう各章の冒頭に,「時代の背景と本章の概要」を数ページをさいて簡潔にまとめ,そのあとに逐年誌風に通史を書くという形がとられている。
 また,各章には,各時期毎のトピックスを平均5項目とりだし「補説」として収録している。それゆえに,各章・時期の特徴的事項をキーワードとして「補説」に別記することによって,年代誌的な平板になりやすい通史に立体性をあたえている。
 つぎに,40年間の通史にさきだって,約50ページの「序章」を設け,総評「前史」にあてている。そこでは,第2次世界大戦までの労働組合と,敗戦後の運動再建の2つの部分にわけられて,これまでの研究成果をとりいれてまとめられている。さらに,「終章」において,「総評の解散以降」の現時点にまでおよぶ。したがって,本書では,日本労働運動史の全体にわたって包括的に論述されていることになる。それで,序章と各章の冒頭の概要部分だけをまとめて読んでも,日本労働運動史の要旨を知りえて,通史を学ぶための簡潔なテキストとしても活用できると思う。
 第3の特徴として,「補説」が時期区分のトピックスをとりあげたのにたいして,総評史全体を通じて「統一的に明らかにすべき項目」として9項目にわたる「課題史」がとりあげられている。すなわち,1)賃金理論と賃金政策,2)総評政策闘争史,3)国民運動とカンパニア組織,4)地域労働運動の歴史,5)総評と政党との関係,6)総評国際活動の歴史,7)労働団体関係史,8)総評機構と財政の変遷,9)外から見た総評などの9項目である。そのなかのいくつかについてふれよう。
 まず,課題史1)「賃金理論と賃金政策」では,戦後直後の電産型賃金をふくめて全期間にわたる戦後の賃金闘争理論が,系統的に整理して考察されている。これは,組合運動の中軸をなす賃金問題について,実践的・理論的に不可欠的な重要なものとなるであろう。
 また,課題史8)「総評機構と財政の変遷」というテーマは,日本においてとりあげられることが滅多にないだけに興味ふかい。この課題は,おそらく,書記局内から継続的にみる立場にあった人によって初めてとらえることができたものであろう。組合運営の実態は,たんに規約・規則の形式だけをみても具体的にとらえにくい。指導者の個性によって左右される要素がかなり残されているようである。運動方針の作成・実施も,組織運動と同様に,指導性によって具体化され,運動の内実が形成されるのであれば,運営を内部で日常的に担う人たちによって,このテーマが論述されたことは,たいへん有意義である。この記述をきっかけに,いっそう客観化されることが望まれる。なお,この課題は,総評運動を時期的に代表する指導者とその路線,たとえば1)高野実,2)太田・岩井ライン,3)市川・大木ライン,4)槇枝・富塚ラインなどの「補説」での各項目とあわせて読むと,いきいきとした具体的な内容をもつものとして伝わってくる。
 最後に,「課題史」9)の「外から見た総評」の章についてふれておこう。総評40年の通史の骨格は,組合の大会資料,経過とその評価,運動方針などにもとづいて「客観的」に叙述することがもとめられるであろう。それらは,実際に組合運動を直接に担い責任を負う人たちによる記録,資料を中心としている。組合運動の,いわば「当事者」としての記録,叙述である。その意味では,「客観的」叙述といっても,一定の目的意識による主観性をもったものといえよう。したがって,それは組織の外部の研究者,評論家による評価や意見と相違することがあろう。「外から見ると,そんなことになるのかなあ」と,運動当事者による感慨をよく聞くことがある。ある組合運動家の文章に,「第三者的に組織体を見た場合これほどまでに『上』『中間』そして裾野に位置する人々の考え方が違うことや,弱点が必要以上に眼につき,耳に入り,今更ながら評論家の発言にそれなりの根拠があることを噛みしめているところです」と述べられているのを見たことがある。
 本書の「課題史」9)の構成は,従来の当事者としての組合史のなかに,もうひとつの視角として「外からの視角」が加えられたことになる。当事者=「内」のほかに「外」=第三者的な視角を加える「複眼」的視角によって,本書に重層的な立体性あるいは歴史性をもたせたといえよう。これは,組合史にとってのあたらしい構成であり,画期的な試みといえよう。
 また,この課題史9)では,各画期をなす総評運動に対して評価をおこなっている代表的な評論や研究論文がとりあげられている。したがって,それらは,各時期の総評運動論の集約としての意味をもつとともに,それらの歴史的つみかさねは,全体としての総評運動論史を構成することになる。 40年間の長期にわたる総評運動にかんする多くの文章から適確な代表的なものを選りすぐるということはけっして容易な仕事ではない。これまでの研究成果をひろく深く摂取することによってはじめて可能となる点においても,高く評価されるべきであろう。

 本書がもつ意義・特徴をまとめ,あわせて今後の課題なり期待について,最後にふれておきたい。
 まず,本書の特徴は,すでに述べたように,なによりも「通史」,「補説」と「課題史」の三つの部分から構成されていることにある。そのことは,これらの部分の組み合わせ,重ねあわせによって,40年史をいっそう深さと厚みのある総評史を描く導入口となりうるであろう。導入口という所以は,三つの部分が本書ではそれぞれ独自のものとして記述されて,まだ統一されたものとなっていないからである。第3巻の資料類などの活用とあわせて,トータルな分析・研究による統一的な把握が今後の課題として残されているといえる。
 また,『総評四十年史』の総評運動史としてもつ限界が,ひとつの中間報告的な歴史的制約性にあることについては既述した。『四十年史』公刊をきっかけに,執筆に関係した研究者によって,総評運動を本格的に研究するための研究会が発足される企図について「あとがき」に記されている。これは,この制約性を克服する意味において,大いに期待したい。
 なお,組織的制約ともいうべきものにふれておこう。主査の高木郁朗氏は,「あとがき」(780ページ)で,総評史上の通説にたいする疑問を提示している。たとえば,その一例として,総評の「ニワトリからアヒルヘ」の展開過程が運動の展開過程=戦闘化と積極的評価するこれまでの通説をとりあげている。すなわち,この積極的評価は,今日的視点からみれば,労働戦線統一を志向すべきナショナル・センターとしての総評にとって,みずから統一の契機を失っていく否定的側面・役割をも同時にもつ点を見逃していないかと問題を提起している。これは,総評解散―連合成立という総評が選択した現在の組織的視角からする総評史見直しの反映といえよう。これは,労働運動における質と量との矛盾・葛藤として,古くて新しい普遍的な課題につながるものである。あたらしく発足する研究会が,総評またその選択結果としての連合の枠にかならずしもとらわれず,それをも考察の射程とする独自性をもって,歴史的制約と組織的制約をこえるトータルな研究成果をうみだすことを期待したい。
 本書には,限られた紙幅のなかで,とりあげられるべき課題・項目を選択することの難しさが語られている。それを知りつつも,筆者は,「労災・職業病闘争」のテーマについて,あえて一言したい。職場・生産点あるいは反合理化の中心的課題として,労災職業病のたたかいがある。それは,労働運動の後退がいわれるなかで,政労使のあいだの攻防戦の争点として現今もなお重要性を失ってはいない。
 今年1993年2月16日,最高裁第三小法廷は,裁判官の全員一致で,和歌山ベンジジン訴訟について和歌山労働基準監督署長の上告を棄却する判決を言い渡し,労働者・被災者側の勝訴が確定した。 17年にわたる不屈のたたかいによる歴史的な勝利であった。(くわしくは,『労働法律旬報』1993年5月下旬号,特集,和歌山ベンジジン訴訟,参照)
 この長いたたかいは,多くの組合組織の支援,総評の「労災救済基金」の援助を支えとして,総評解散後に勝利を手にした。たたかいを支えた中心は,地域組織,総評・和歌山地区労センターであり,現在もなお健在である。勝利にみちびいたのは依拠した「県総評センター」の存在であったといえる。あるいは,むしろ,このような不屈のたたかいが県総評センターを存続させたといえるのかもしれない。ともあれ,ナショナル・センターとしての総評解散・連合以降も,かかる闘争の継承と保証は,日本労働運動が担わねばならない不可欠の課題であろう。(1993.8.30)





第一書林,1993年3月,全3巻セット,価格50,000円

さの・みのる 和歌山大学名誉教授

『大原社会問題研究所雑誌』第421号(1993年12月)


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