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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



宮島喬/梶田孝道 編
『統合と分化のなかのヨーロッパ』



評者:佐伯 哲朗



 本書は,編者の専攻分野からして,おそらく社会学という領域に分類されるであろうが,どの分野を専攻するにせよ,現代ヨーロッパ社会に関心を持つ者であれば,決して無視することのできない本である。
 日本では,ヨーロッパの統合といえばとかく経済統合という面からのみとらえがちであるが,本書は社会,文化,言語の側面を中心にヨーロッパ社会の動向を整理・紹介した共同研究である。編者の「まえがき」によれば,本書の執筆者は「先進諸社会における地域,エスニシテイ,文化の問題が重要であることについて共通の認識をもち,これらを軸に先進社会の変動の方向をみきわめたいという共通の問題意識を持って」おり,本書は「社会,文化の側面におもに光をあてながら,その全体性にせまろうとする企て」である。
 構成は,次のとおりである。序章「ヨーロッパの社会的・文化的変動への接近」(宮島喬・梶田孝道),1章「EC統合と地域の変貌−トランスナショナルな空間の創出−」,2章「『国境なきヨーロッパ』と移民労働者−EC統合下の問題のゆくえ−」(宮島喬),3章「〈新しい市民権〉と市民社会の変容−移民の政治参加とフランス国民国家−」(伊藤るり),4章「フランスにおけるイスラム移民二世の排除と統合−教育と文化の問題を中心に−」(辻山ゆき子),5章「挟撃されるイギリス多文化主義教育−ムスリム・コミュニティとハニフオード事件−」(分田順子),6章「西欧における第三世界の女性移民−あらたな自己意識形成の背景−」(笠間千浪),7章「カタルーニャ地域主義の政治的展開−自治政党CDCの発展とジレンマ−」(鈴木昭一),8章「ディグロッシーと南欧の言語運動−多元文化社会における言語認識−」(中嶋茂雄),9章「民族アイデンティティとバスク語教育運動−国家と地域の変容のなかで−」(萩尾生),10章「EC流『国家離れ』と少数言語の可能性」(原聖)。
 以上の構成からわかるように,ヨーロッパの「統合」のなかにあって,文化的少数者やいわゆる移民の問題が検討されることになる。
 位置付けという点からすれば,本書は,同じ編者による『現代ヨーロッパの地域と国家−変容する〈中心−周辺〉問題への視角−』(有信堂,1988年)の続編というべきものである。ただし,前書では,多くの論文が地域の問題を取り上げていたのに比べると,本書では「分化」がみられ,大きく分ければ,地域(1章,7章),移民(2〜6章),言語(8〜10章)の3つになっている。前書では,移民の問題についての論文は1本であったが,本書では,5本となっている。逆に個別の地域を扱ったものは,カタルーニャとバスクの2本となっている。また,総論と各論という視点からすれば,個別具体的な対象を取り上げた論文よりも,総括的な整理とでもいうべき論文が多いことが特徴になっている。
 次に内容について簡単にみてみよう。序章では,EC統合にともなう社会的文化的変動,社会科学にとっての分析対象が「国民国家」から「EC,国家,地域」の三空間併存モデルヘと変化することが主張される。この点は,国際社会学の方法としては,今後重要な問題となることは疑いないが,国家の領域を越えた団体や組織はどう位置づけられるのであろうか。
 1〜2章では,トランスナショナルな空間,移民労働者という側面から,EC統合に直接関わる問題が扱われている。
 3章では,これまで,言及されることはあっても,本格的に検討されてこなかった〈新しい市民権〉(定住外国人に対する地方選挙権の付与など)について,まとまった論述がなされている。
 4章では,フランスの移民二世についての研究の進展をフォローしている。ただ,評者のみるところでは,4章の論述は,編者の一人である梶田氏の著作(梶田孝道『エスニシティと社会変動』有進堂,1988年,4章;同「統合・新しい市民権・イスラム」『世界』538号,など)で既に紹介されてしまっている事柄が少なくないように思える。
 5章は,イギリスにおけるムスリム・コミュニティと,多文化主義教育批判をめぐる論議を取り上げている。この点については,評者の予備知識がなかったこともあり,非常に興味深く読ませていただいた。
 6章は,移民女性が第三世界からやってきて,「解放」されるとみる従来の理解からの再検討を主張する。女性移民の問題について総論的な論文であるが,評者の印象では,より抽象度の低いレベルの(少なくとも対象国を限定する程度に具体的な)考察もあってよいと思われる。
 7章は,「カタルーニャ民主集中(CDC)」という政党を扱った唯一政治史の領域に属する手堅い論文である。
 8〜10章は,社会言語の領域に属するものであり,評者の手に余るが,評者のような全くの門外漢が読んでも,ヨーロッパ地域における言語の多様性についての理解が深まったことは,疑いない(なお,本文の内容の信頼度とは直接の関係はないが,バスクの面積が約2万平方メートルのはずはない(219頁))。
 最後に,共同研究としての視点からみてみよう。「まえがき」によると,本書は,「地域問題の国際的比較」研究会の所産であるらしいが,共同研究における凝集度という点からみれば,継続的な研究会による成果として高く評価されてよい。
 なお,蛇足ながら,これも本書の内容的な評価とは直接関係はないが,本の製作上のことについて触れておこう。本書には評者が気づいただけでも,若干の誤植,印刷の不備(97頁4行,181頁18行,219頁7行)が見られた。雑誌(本誌)編集の手伝いをしている評者にとってもそのことは決して他人事ではないのである。
 そのような点は,本書の学問的価値そのものを落としめるものではない。現代ヨーロッパに関心を持つ方には是非一読をお薦めしたい。




有信堂,1991年7月,3,605円

さへき・てつろう 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第395号(1991年10月)



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