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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



梶田 孝道 編
『国際社会学――国家を超える現象をどうとらえるか



評者:佐伯 哲朗



 現代は「国際化の時代」とよく言われる。だが,それに社会学(あるいは社会学者)は,どのように対処するのだろうか。国家,国民経済を基本的な単位として世界を(あるいは相互の関係を)考察する国際政治学,国際経済学というような既成の学問によるアプローチだけでは充分ではなく,それ以外のアプローチが必要ではないのか。そのような問題意識が本書の基底にある。
 そのような問題意識は,評者としても充分に理解できるものである。身近な例を挙げれば,評者の住む地域では,アジア系やアフリカ系の外国人労働者やフィリピン人と思われる女性ばかりでなく,イラン人と思われる家族(スカーフで髪を覆った女性が子供を抱いている)連れも見かけることもある。現代のいわゆる先進国の中では,特に大都市及びその周辺地域が多民族社会化の傾向を強めているが,「おらが街」もその傾向とは無縁ではないのである。
 このような状況を念頭において本書を読むことにしよう。編者の梶田孝道氏は,1980年代後半からエスニシティの問題について精力的に研究を発表され,著書として『エスニシティと社会変動』(有信堂,1988年)を,また共同の編著として『現代ヨーロッパの地域と国家』(有信堂,1988年),『統合と分化のなかのヨーロッパ』(有信堂,1991年),『外国人労働者論』(弘文堂,1992年)を出されている。このように梶田氏は,従来の研究分野に自足せず,執筆者としてのみならず,オルガナイザーとしても「国際社会学」の発展に貢献して来られたことは,特筆されてよい。
 本書は,そのような蓄積の上に「国際社会学」の中で重要な問題領域とアプローチを提示しようしたものである。編者は「国際社会学」を提示することにより,外国人問題や民族問題という「新しい現実」とそれを分析する学問との間の「大きなギャップ」を乗り越えようとしている。
 まず,構成をみておこう。本書の構成は次のようになっている。

序章 国際社会学の構想       [梶田孝道]
 第I部 国際社会学の射程
第1章 エスニシティの社会学    [関根政美]
第2章 移民・移動の国際社会学   [小倉充夫]
第3章 エスニシティと西欧国民国家
 ―領域政治とマイノリティ政治の展開[伊藤るり]
第4章 宗教と国家の比較社会学
 ―政治中枢と文化中枢との乖離―  [加納弘勝]
 第II部 国家を横断する主体と現実
第5章 グローバリゼーションと世界都市形成
                  [町村敬志]
第6章 EC統合と外国人問題
 ―自由な空間と新たな境界―    [梶田孝道]
第7章 トランスナショナルな環境問題とその解決
 ―米加関係の場合―        [加藤普章]
第8章 NGO―その機能と現実―  [苑原俊明]
 第III部 エスニシティの多様性
第9章「移民国家」の理想と現実
 ―アメリカの歴史的変遷―     [柏岡富英]
第l0章 多文化社会におけるアイデンティティと統合
 ―21世紀国家をめざすカナダの実験―[田村知子]
第11章 ナショナリズムとレイシズムの交錯
 ―《ネーション=ステイト》イギリスの歴史と現実―[笠間千浪]
第12章 言語・教育問題とエスニック集団
 ―途上国マレーシアの経験―    [石井由香]
第13章 「単一民族国家」神話の脱神話化
 ―日本の場合―          [滝田祥子]

 「まえがき」によれば,本書の各章は,抽象度の高い理論と単なる個別研究の双方を避け,「変動する現実を正面からみすえ,そこから理論化をはかっていく」という意味で「中範囲理論」の立場をとっており,「いずれも個別のケースを反映すると同時に,一定の類型化,理論化をも行うものとなっている」。全体として,第I部は,やや一般化,理論化に傾斜したものであり(5章もこれに近い),第III部は個々のケースを扱いつつ,そこから理論化を目指したものである。
 以下,序章及び各章について考えてみよう。序章は,「国際社会学」という学問には,どのような課題があるのかを説明する。国際社会学の領域について,3つの領域を提起し,1)これまでの社会学的な理論・仮説手法の国境を超えた現象や主体にも適用すること,2)国際社会を1つの有機的実体としての社会として把握する学,3)社会学的アプローチによって地域研究を行うこと,と整理する。もっとも,これら3つの領域については,疑問がなくもない。社会学の1部門として国際社会学を考えてみると,1)については,ともかく,2)については,議論の余地はある。すなわち,「国際政治」,「国際経済」のほかに,「国際社会」というものが,概念として成立するのか,あるいは,「国際政治」,「国際経済」を包含するものとして「国際社会」が成立するのか(言い換えれば,国際政治学,国際経済学は国際社会学に包摂されるのか),この点は「国際社会学」というディシプリンの根本に関わる問題であろう。ちなみに,評者はその点について,政治学と社会学の競合領域があることは認めるとしても,国際社会学の対象範囲を政治,経済まで広く含めることには賛成できないが……。
 ここで編者の意図に関して見落してはならないのが,本書が社会学のあり方への反省と結びついているという点である。編者が主張するように,これまで社会学者の多くが国民社会の枠組みの中で研究を進めてきたことは否定できない。
 本書の各章の扱う対象をみると,13章のうち9つの章でエスニシティの問題を扱い,それが本書の中心テーマとなっていることは間違いない。そのため,ここでの議論の順序は,まずエスニシテイ関連の章を取り上げ,それ以外の章については,あとに回すことにしたい。
 1〜3章はやや一般的な議論を展開する。1章は,エスニック集団関係研究についての多様なアプローチを紹介し,文化的な多様性を前提とする多元主義的な統合方法が重視される傾向を伝えてくれる。2章では,移民の定義,国境の持つ意味,移民労働の類型,「国民国家」の変容などを論じ,移民をめぐる問題状況が概観されている。
 3章は,「領域政治」に対する「マイノリティ政治」を扱う。マイノリティ政治の台頭がエスニックな中間集団の制度化により国家と個人の直接的関係を阻む効果が指摘されている。多文化社会の政治におけるジレンマがここにある。
 6章は,EC統合により外国人の扱いがどうなるのか,異なるカテゴリーの外国人,つまり域内外国人と域外外国人,ヨーロッパ系とアフリカ・アジア系とを区別して議論している。
 各国別の事例としては,アメリカ合衆国,カナダ,イギリス,マレーシア,日本の5ヵ国が取り上げられている。9章は,アメリカの移民受け入れの歴史的展開を整理し,現在の実態を明らかにする。 10章は,カナダの4つのエスニック・カテゴリーを取り上げ,多文化主義の政策を紹介する。 11章は,《ネーション=ステイト》理念の再構成を迫る力作である。人種について「純粋な生物的概念というよりも,ネーション概念と同じく,ヨーロッパ人の自己認識と他者認識のプロセスにおいて形成されていったもの」(243頁)という見方を提示する。この把握は1章で示されている「肉体的,生物学的属性に注目した分類,区別の基準」という通俗的説明と異なっているが,人種を絶対的な区分ではなく,相対的な区分であるとの視点は充分考慮されるべきである。
 12章は,マレー人,華人,インド人に分かれたマレーシアの言語・教育問題を扱う。エスニック集団と社会階層との関連も検討されている。日本を扱った13章は,「単一民族国家」の神話の形成と「脱神話化」の過程を追い,あわせて今後の課題を提起している。
 次にエスニシテイ以外の事柄を対象とする章をみてみよう。まず,4章は,イスラム教などの宗教ネットワークが「構造の非構造化」に独自の機能を果たすことが述べられる。なお,4章には,日本語の表現として評者の理解に苦しむ表現が散見される(「平行力」,「国家が社会に浸透的になる」「平和的な地位を捨て」など)。5章は,世界都市をめぐる問題状況を扱い,一貫して一般的なレベルで議論を整理している。
 7章は,アメリカとカナダの両国にまたがるトランスナショナルな環境政策を扱っている。8章は,NGOについての国際機構論であるが,事実を記述するだけにとどまり,理論化の作業はなされていない。
 最後に,本書が提起した「国際社会学」の今後の発展を考える時に,是非とも論じる必要があると思われる,残された問題を挙げておくことにしたい。
 まず,人の移動の構造を明らかにする必要がある。というのは本書全体について,現在の人口移動が世界的なものであるという点についての認識が明確でないように思われるからである。人の移動を,労働力の移動ととらえれば,当然「国際経済学」の対象ということになろうが,人の移動はそれだけにとどまらない。従って,人の移動がホスト社会に及ぼす影響を考察する必要があり,そのような地球規模での移動の構造を概観にせよ,見ておく必要があるのではないか。
 第二に,人の移動には,ネットワークの問題を無視して議論することはできない。4章で宗教的なネットワークを取り上げてはいるが,移民社会のネットワークについて具体的事例の研究が期待される。
 第三に,社会生活上の摩擦の問題である。都市におけるセグリゲーション,教育をめぐる問題など,検討すべき対象は少なくないように思われる。
 最後に,対象とする地域について評者の希望を述べておきたい。もとより本書の紙数に限りはあろうが,オランダの事例を取り上げてあれば,本書の価値をいっそう高めたことは疑いない。エスニシティの問題を議論する時に,オランダについては,これまでほとんど議論されてはいないからである。断片的に,マイノリティについては優遇措置を採用しているということが伝えられてはいるが,本格的に紹介されてはいない。日本に紹介されている限られた情報で判断すれば,多民族社会化の傾向を示している日本にとって学ぶべき点が少なくないようである。このように,評者の希望を挙げていけばきりがないが,「国際社会学」の今後の発展を期待しつつ筆を置くことにしよう。




名古屋大学出版会,1992年,330頁,2,884円

さへき・てつろう 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第421号(1993年12月)



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