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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



長部 重康 著
『変貌するフランス−−ミッテランからシラクへ



評者:佐伯 哲朗



 本書は,現代フランスの経済事情について日本に精力的に紹介されてきた長部重康氏による評論(著者の言葉を借りれば「エッセー」)集である。著者の長部氏には,編著『現代フランス経済論−歴史・現状・改革−』(有斐閣,1983年)をはじめとしてこれまでに数冊の著書,編著があるが,−−もっとも,評者にはやや意外ではあるが−−フランスに関する単著としてはこれが初めての本である。
 本書には,1981年から1995年までに『中央公論』などの雑誌に発表された15本の評論が収録され,新たに書き下ろしたのは,プロローグのみである。
 本書の狙いについて,著者の表現をそのまま引用すれば,「ヨーロッパの時代転換という好機にあわせて,『ミッテランからシラクヘ』の流れのなかで浮上したいくつかの時代の焦点を振りかえりつつ,『フランスの変貌』を明らかにしようとする」(1頁)とのことである。
 本書は,1981年以降のフランスについて,著者の専門とする経済の分野に限定せず,それ以外にも,欧州統合,政治,外交,軍事などの分野を広く扱う。その一方で,比較的専門的な論文(例えば,本誌420,421号の論文「フランスにおける労使関係の変貌と労働運動の危機」などやや専門的な論文)は除外されている。その理由は,著者が「読みにくい学術論文より,多くの読者のお目にふれるエッセーの形で,現代∃−ロツパの激動を伝えたい」(4頁)と願っているからだと思われる。

          

 次に構成をみておこう。本書の構成は,次のようになっている(表題の次にフランス語で書いてあるのは,初出の時期である)。
はしがき
長いプロローグ ミッテランの軌跡−戦後フランスの政治・経済の流れのなかで―
 第1章 社会党政権の挑戦 juin '81
 第2章「教授たちの共和国」の失敗 mai '83
 第3章 統合欧州の再生を探るフランス mars '84
 第4章 産業再編と鉄鋼合理化計画 fev.’86
 第5章 フランスを変えるネオ・リベラリズムのうねり juin '86
 第6章 甦るミッテランとルペン・ショック juillet '88
 第7章 パリ再開発のキーワード juillet '89
 第8章 フランスの移民労働者問題 juin '90
 第9章 社会主義の壊走と「ミッテランの実験」 juillet '90
 第10章 策士ミッテランの敗北 oct. ’90
 第11章 「輝く富」に魅せられて難民の大発生 nov.'90
 第12章 フランスの国民投票がつきつけるもの oct.'92
 第13章 変革と保守化に洗われる政党とリーダー juillet '93
 第14章 フランス労働運動の危機と欧州統合 avri1 '94
エピローグ シラクの勝利でフランスはどう変る juillet '95
 以上のような16の部分から構成される本書の内容を各章ごとに紹介するのは困難なので,内容の紹介は省略するが,「長いプロローグ」では,「戦後フランスにおける政治・経済の特徴を,歴史的パースペクティブのもとで概観し,そのうえでミッテラン政権の軌跡をあとづけ」ている。第1章から第14章までの本論では,ミッテラン政権の誕生からシラク大統領への権力異動にいたるまでの,そのときどきのイッシューを取りあげる。最後の「エピローグ」では,1995年の大統領選の分析を通じて「漂流するポスト・ミッテランの現況を分析するとともに,ネオ・ゴーリスト大統領の誕生によって生じうる,フランス内外の政策変化を予測している」

          

 本書の基本的特徴は,各章が本書に収録されるに際してほとんど加筆されていないことである。そのため,執筆時点での著者の考え方を知ることができる。また,その時点での臨場感をもって伝わってくる。
 だが,その一方で,その事柄のその後についての加筆がほとんどない。加筆してあるのは,評者の理解できた範囲では,203頁のみである。そのため,かなり以前の出来事についてその後の事情がわからない。
 本書の優れた点は,何と言っても,経済政策と政治路線との関連の叙述にある。読者は,80年代初頭から90年代半ばまでの経済政策とその背景にある政策思想の違いを理解することができる。だが,本書の扱う対象はそれだけにとどまらず,国際情勢,外交,軍事,労働運動,移民労働者,難民問題,さらにはパリの再開発にまで及ぶ。範囲の広さ,多彩さには,フランスの事情に通じた著者の面目躍如たるものがある。
 冷戦終焉の叙述については,やや粗いように思われるが(例えば72頁),社会党の党内事情,いまや風前の灯火となった「フランス的例外」とするフランスの大国主義外交についての著者の説明はきわめて明快である。
 また,著者は,近年のフランスの対立軸についても「社会主義崩壊で,一方では左右の対立軸が融解しつつあり,他方では一国保護主義と国際協調主義との間であらたな対決軸が登場しつつある」(275頁)と,明確に述べる。
 また,著者は本書を「フランス現代史の格好のテキスト」(3頁)とするべく,巻末には年譜−フランスの戦後,政治,経済,社会に関する統計の図表を掲載し,また参考文献,事項索引,人名関連索引,アルファベット略号を付している。
 にもかかわらず,本書は格好の入門書であるかと問われれば,エッセーの集積であり,そうとも言えないように思われる。評者としては,著者の本領はやはり「読みにくい学術論文」 (本書4頁の表現)にあるのではないかと思い,「読みにくい学術論文」についても期待しつつ,筆を置くことにしたい。
 最後に,蛇足ではあるが,誤記,誤植と思われるものを書き出しておくと,次のものがある。SOSラシスト→SOSラシスム(47頁13行),72年→82年(57頁最終行),91年→90年 (72頁6行),必死→必至(92頁16行),固有化→国有化(106頁9行),アルシェ→アルシュ(192頁,193頁3行),88年→98年(291頁16行)。




中央公論社,1995年,342頁,2100円

さへき・てつろう 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第471号(1998年2月)



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