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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



南佐久農民運動史刊行会編
『南佐久農民運動史(戦後編)』



評者:大野 節子

 本書は,戦前から戦後へ,そして現在も左派農民運動の路線を歩みつづけている,長野県南佐久郡の農民運動家たちの手になる運動の記録である。多くの人に執筆への参加をという編集委員会の希望は実際にはむつかしく,戦前戦後を通して「農民組合の中心で全体像をつかんでいた」羽毛田正直が主要な書き手,中心的な活動家6人が仕事と活動の合間をさき,高齢をおしてようやく完成させた。戦前以来の活動家,由井正次の版画が各章の扉を飾り,貴重な資料も各所に挿入してある。外部から佐々木武一と松本衛士が原稿推敲,執筆で協力した。
 運動関係者だけの,あるいは研究者も加わった集団的な運動史編纂は決してめずらしくない現在において,本書の特色はなによりもこれが1983年に刊行された戦前編につづく戦後編だということである。戦前戦後の運動の基調が左派路線で一貫したことがこれを可能にした一つの理由であろう。羽毛田や桜井武平(故人)らが60余年まえに始めた農民運動は,戦後は共産党に入党したかれらの影響下で育った新たな活動家によってうけつがれた。本書の60年代以後の部分で,二人の戦後派―小林節夫(乳価闘争について)と浅沼藤嗣(運動の現段階について)が執筆していることからも,この時期には戦後派が運動の先頭にたつようになったことがわかる。そして現在小林は農民運動全国連合会の代表常任委員であることからも,南佐久の全国的位置がうかがえる。したがって本書は,南佐久という一地域の農民運動史であるとともに,共産党のつよい影響をうけた農民運動の検討という関心から読みうるであろう。
 羽毛田は自分たちの運動を振り返って「南佐久の農民運動は,農地問題だけでなく,また農民問題だけでなく,地域住民の利益に立ってその利益を守る闘いの先頭に立って闘い,全国的に注目を集めた」(まえがき)と,特徴づけている。以下に紹介する本書の内容も,こうした観点から構成してあるといえよう。第1章「戦後のあらたな出発と農民組合の結成」では,1933年弾圧で組織を失ってから敗戦までの10年余の活動家の有り様は,羽毛田が自分の場合――副業に自家用醤油の加工材料を旧活動家を頼りに販売――で一言述べているだけだが,かれら相互の交流保持が再出発に重要だったという指摘が,序章にある。第2−10章は,三大闘争―若月俊一・佐久病院長追い出し反対運動(1950年。若月も「佐久病院と農民運動」を寄稿),八ヶ岳硫黄採掘反対運動(1953−56年),千曲川の水東京流水反対運動(1963,67年)をはじめ,60年代なかばまでの闘争をほぼ時期を追って記録し,その中で弾圧事件―田口事件(1952年)の真相なども語られている。
 しかし,60年代半ばから現在までの20余年を対象とした,第11,12章は合計40頁と短く,内容上も闘争記録は後退して運動再建の試みが主になってくる。農業基本法農政下の農村の激変と農民運動の後退はここでも無縁ではなかったのである。しかしここでは「南佐久農民運動のあらたな発展をめざして」(第12章のタイトル)の挑戦中であり,86年に個人加盟の佐久単一農民組合を結成して,日本農民組合の組織人員は80年代初めの222人から312人(1964年は1,480人)に微増したことを記して本書は終わっている。全国的な農民運動の衰退下の挑戦の中で本書も生れたのである。




南佐久農民運動史刊行会,1990年,266頁,非売品

おおの・せつこ 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第390号(1991年5月)



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