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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



荻野富士夫 著
     『北の特高警察』



紹介者:大野 節子



 本書は荻野富士夫氏の,「特高警察体制史―社会運動抑圧取締の構造と実態一』につづく2冊目の通史的叙述である。内容は時期区分にそって4つに分けられる。「I 北海道特高警察の形成」は自由民権運動期の国事警察の前史から説きおこし,「II 展開」では三・一五事件から1935年の社会運動逼塞までの時期を対象とする。「III 戦時下」の章には「民衆生活・思想の抑圧統制と内鮮・外事警察の重視」の副題がつく。最後のIVは後史,敗戦による特高警察の「解体」問題である。
 本書執筆の動機は,前著では「あまりに特高警察体制の機能論に終始し,生身の人間と格闘した特高警察の実相を十分につかみえなかったのでは,という忸怩たる思い」にある。著者は特高を広狭二義で捉える。特高警察の本質をなす「社会運動抑圧取締」の領域が「狭義の特高警察の活動領域」(93ページ),「民衆生活や思想の統制」を「広義の特高警察領域」と規定する(112,238ページ)。弾圧や抑圧は「特定の社会運動や思想」だけでなく「民衆の生活や労働そのものに対しても日常的な抑圧取締が加えられていた」とみるところに,重要な視点がある。さらに,社会運動の弾圧や抑圧は「日常的な視察取締において絶えずなされ」るのであって,個々の弾圧事件は氷山の一角であるとする視点がある。民衆生活の視察取締にもつながるこの「日常的な視察取締のあり様」をつかむことによって「特高警察の実相」に迫ろうというのが,本書の特徴である。
 「特高警察の実相」への接近は2つのやり方を組み合わせて試みられた。一つは,地域的に北海道への限定である。それは単に北海道が著者の生活の場だからではない。「日常的な視察取締のあり様」は特高警察が社会運動および民衆生活と対峙した“現場”にできるだけ近い位置から,すなわち「道府県レベルおよび各警察署のレベルまで下降して」はじめてつかめると,著者は考える。北海道の社会運動は第一に,総体的に左派優位で多くの領域にわたり,第二に,「1930年代後半以降,特高警察機能の展開が北海道において典型的に,あるいは突出的にあらわれた」から研究の最適地なのである(237〜8ページ)。
 もう一つは上記の第二と関連するが,時期的には「全警察官の特高化」の30年代後半に重点をおく方法で,IIIに本書の半分近い110ページを割いた。それは「一五年戦争期後半の本格的戦時下にこそ特高警察の本質があらわれるのではないかという予測,そして社会運動取締と民衆生活・思想の抑圧取締を表裏の関係で捉えようという意図からであった」(241ページ)。
 著者は稿を終えるにあたって,今後視点を深めるべきこととして二つをあげている。一つは一五年戦争期後半の時期を特高警察による社会運動の「逼塞化」一色で塗りつぶしてよいのか,「当該期の特高警察と社会運動の対抗関係には再考すべき問題をはらんでいる」とみる。次は民衆生活・労働の抑圧統制の問題で,これは一五年戦争期後半にだけあらわれたのではない,「特高警察の中に一般民衆生活・労働の抑圧統制の問題をまだ十分に位置づけるにいたっていないが,私はここに特高警察の本質を解く手がかりがあると思っている」という(239〜41ページ)。ここから著者は「民衆と天皇制の統合・抵抗などの関わりの究明」にも関心を広げている。著者が取り組み中の『特高警察関係資料集成』全30巻(不二出版)の編纂の中から,3冊目が生まれるのを待ちたい。
 最後に一言加えれば,現在の北海道は民衆史掘り起こし運動で知られる。著者もいわれるように,本書は堅田精司氏による資料収集などの上に完成した。この意味でも北海道にふさわしい,必要な近・現代史ということができる。





新日本出版社,1990年10月,259頁,定価1,800円

おおの・せつこ 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第399号(1992年2月)



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