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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



慶応義塾大学法学部政治学科 中村勝範研究会編
   『東京帝大新人会研究ノート』



紹介者:大野 節子



  本書は,東京帝国大学の学生社会運動団体・新人会(1918年12月5日−1929年11月22日)を「統一テーマ」にとりあげてきた,慶応大学中村勝範ゼミの学生たちが編集,出版したものである。指導教授の中村氏は,本書ではほとんど巻頭言の筆者として登場するだけである。
 中村ゼミが新人会にとり組み始めたのは1977年のことという。『ノート』作成については,79年に中村氏の発案をうけた「学生諸君の討議の末」に決まり,同年11月に最初の『ノート』ができた。爾来毎年新人会の研究とともに,秋の三田祭の時期には『ノート』の発行を重ねて,昨年で16冊を数えた。
 創刊号は「新人会員寄稿」と「資料」(第2号からは「文献資料」)の2本からなっている。この2本は第15号までの定番となったが,逐次多彩な内容になっていった。体裁も最初は150頁で,奥付もなく号数もついていなかった。第3号からは200頁を越えるようになり,最高の第7号は348頁という厚さである。
 しかし今春の中村氏の定年退職で,『ノート』も第16号で終わるという。そこで16冊の利用の便のために,その内容を紹介したいと思う。本書の表題にもなっている新人会はあまりにも有名であるので,ここでの紹介の必要はないだろう。また学生たちが語る『ノート』の発行体験は,特別編集の第16号に載った「中村勝範門下生の想い出」や各号の「文献資料」の解説をごらんいただきたい。そこには16年間の学生気質の変化も読みとれる。
 


II

(1) 寄稿など,新人会員の参加によるもの
 毎号ほぼ10−20人くらいが寄稿しており,内容は曲折にみちた人生の回想,消息が多いが,社会主義論もある。 l987年にNSクラブ編(丹羽道雄編)『東京帝大新人会員の足跡』(創造書房)がでて多くの会員の連絡先がわかったのを機に,第9号から執筆者の範囲が広がって表題も「新人会関係寄稿」とかわった。
 寄稿では,その編集をめぐって起こったトラブルに触れておこう。学生たちは第1号,第2号では「わかる限り旧かなづかい等は訂正」した。これに対して会員から異議があり,第4号で「……寄稿を当方が勝手に新かなづかいに修正して掲載致しましたこと」を陳謝している。第3号にだけ「寄稿」がないのは,こうした事情があったからかもしれない。
 会員参加のもう1つのケースは,「インタビュー」・聞きとりである。語り手は「新人会員と接触のあった」小沢景勝氏を最初にして(第4号),松沢兼人(第5号−第9号),丹羽道雄(第11号),竪山利忠(第12号),石堂清倫(第14号−16号)の諸氏がつづく。第16号には浅野晃,田中九一,千葉雄次郎各氏の分も一挙に掲載された。しかしまだ木下半治氏など未発表のものもある(第16号258頁参照)。

(2)「文献資料」と個人資料
 前者は,新人会員が書いた論文から随想にいたるまですべてを,掲載紙誌ごとに編集した目録である。取り上げた紙誌数は最初の『日本及日本人』から最後の『どうめい』まで,70点は下らない。それでも例えば日本社会党の『社会新報』や日本共産党機関紙誌などにまで手をつけるには,16年では足りなかった。第7号は,「河野密執筆論文目録」と「三輪寿壮執筆論文目録」(「新人会員執筆論文目録(執筆者別)」)である。
 目録は論文一点ごとにそれを調査記録した所蔵機関名を記入し,執筆者索引も付けている。戦前戦中戦後と,新人会員たち知識人の影響力の広さ深さを考えると,これは大変貴重な目録である。学生たちは夏休みに人海戦術的な調査活動をおこなった。その16年間の継続が目録を生んだのだが,そのための中村ゼミは「夏休みのないゼミ」という評判をとることになった。
 学生たちは聞き取りのほか,会員の個人資料の調査掘りおこしにもあたった。第3−6号の小岩井浄の青少年期の日記など,第8−9号の山崎一雄の日記や回想録はその成果である。なお第10号は「蝋山政道資料」の表題で,嶋中雄二による聞き取りなど蝋山関係を一括掲載している。

 

III

 本ノートには,新人会同窓会誌という面もある。会員の寄稿もそうだが,戦後新人会が開いた4回の全国集会のうち,第2回と第4回の記録が掲載されている。
 戦後新人会員が全国から集まった最初はl969年1月18日の50周年記念集会であるが,その記録集『東京帝大新人会の記録』(石堂清倫・竪山利忠編,経済往来社,1976年)の出版を記念して,第2回が1976年7月10日に開かれた。第6号にはこの「新人会集会の記録」が収録された。
 もう一つ,1984年5月13日の,第4回集会(「東京帝国大学新人会創立65周年記念懇親会」)が,第7号に「新人会総会の記録」として載っている(当日の報告のうち,伊藤晃氏の「戦後世代から見た新人会」は『運動史研究』第14号に掲載)。なお第3回集会は1978年の,ヘンリー・スミス著,松尾尊〔ヨシ〕・森史子訳『新人会の研究―日本学生運動の源流―』(東京大学出版会)の出版に際して催された。
 第13号には,1983年10月22日の「NSクラブ創立集会」の記録を掲載している。このクラブは以後「毎月第2土曜に東京中心の会員の懇談会」をつづけたが,1990年11月17日の集まりを最後に幕を閉じた。会員の高齢が閉幕の主たる理由である。
 最後にゼミ学習や研究にふれれば,学生たちの新人会研究の跡は「中村勝範研究会による新人会研究の現状」の中に,1978−1993年度までの130点余の卒論テーマに見ることができる。学生が新人会にもった関心の方向の一端がうかがえる。またその中には,中村氏やゼミ出身の研究者たちの新人会関係論文も列挙されている。




慶応義塾大学法学部政治学科中村勝範研究会編『東京帝大新人会研究ノート』,1979−1994年,全16冊

おおの・せつこ 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第440号



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