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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



舟橋 尚道 著
『経済環境と労使関係』




評者:小野 恒雄




〈「協調的労使関係」原理の究明〉

 明確な「問題意識とテーマの設定」,有効な「仮設と構図」,適切な「データ蒐集と活用」そして整合的な「解釈と理論の再構成」というプロセスは,実りある実証研究の必須条件である。
 1980年代に入って国際的規模でみられる「協調的」労使関係(ネオ・コーポラティズム化)の背景なり原因は何か,それは1960〜70年代の労務コスト上昇に基因する不況の長期化の下での「雇用か賃金か」の選択を迫られた労働組合の機能の新たな発展(現実的対応)にあるのではないか,この傾向は国際比較の視点をふまえどのような現象なり研究資料によって裏づけられるか,これらのプロセスを経て得られる一貫した説明原理は何か。本著はこれを『経済環境と労使関係』という統一的主題によって論文集の形で展開したものである。
 著者は本著全体を,すぐれて帰納的方法によるものとされるが,労使関係制度の環境適応という命題を,いわゆる収斂理論そのものの展開なり解釈の仕方を問うという演繹的方法と照応させている点で,高度に論理実証的体系的な専門書である。このような歴史・理論・政策の三位一体の作業は,著者のように長年の研究歴と労使関係現場での公職体験をふまえて初めて可能な研究集大成だといえよう。このような奥深い内容の著作を,限られた紙幅で正確かつ充分に紹介じ論評することは固より至難の業である。幸い,本著の構成とポイントについては,この「はしがき」に極めて適切にのべられているので,内容紹介は可能な限り圧縮して,評者なりの理解を前提に,欲深い注文を提示することとしたい。

〈「原理」の検証:組合機能の発展〉

 第1章「労使関係の変貌」は,1980年代の労使関係変貌の実態分析の方法を総論的にのべたもので,正に本著の白眉である。それは第2次石油ショック後の「80年代の雇用・賃金・労使関係」の変化,とりわけ労働組合の地盤沈下は経済成長期の賃金上昇,労働時間短縮,社会保障の充実という「労働コストの増大→利潤低下→設備投資の抑制→不況の深化」という循環の下での「雇用か賃金か」の選択を迫られた労働組合運動の転換(機能の発展)という図式で説明される。そしてこの現象を,日本のみならずアメリカ,イギリス,西独など欧米諸国の労使関係の実態について,極めて豊富なデータと適切な内外文献を駆使して裏づけている。その上でこれを「労使協調の現代的意義」として変化の必然性・合理性を論証するという説得力の高い記述となっている。この分析方法について著者は「普遍性ある叙述枠組及び分析枠組は日本的労使関係とそれ以外の国々の労使関係とに共通する普遍的要因あるいは媒介項を明らかにすることが重要である。……労使関係分析の理論的枠組みは,収斂か拡散かではなく,収斂と拡散の両側面とその相互関連性を明らかにすること」にあるとの注目すべき視点を提示する。具体的には,「80年代労働組合運動の特徴」,「従業員管理企業論」,「賃金上昇と労働生産性の乖離」として展開した上で,「企業別労使関係の限界」とともに「日本の労使関係における協調性の根拠」を論証する。なお,この章には「現代賃金論序説」を集録して,これを成果配分論の経済学的分析で締め括り,各論への布石を行っているのである。
 第2章「労働組合機能の発展」では,いかに企業レベルの労働組合の機能が重要な意味をもつかを,産業レベル・全国レベルでの運動との「役割」変化として日本と欧米諸国との比較研究をふまえて展開する。それは「労働組合の社会的機能」の面にみられるとして,これを労使協議制を中心に,著者の関係された実態調査なども活用して分析した上で,「連合」の理念と活動を組合機能の発展の論理で説明する。それはアメリカのAFL,イギリスのTUC,西ドイツのDGBとの差異の形で展開され,日本の場合が「全体として労働組合の社会的機能の拡大……制度・政策要求への発展」の形をとる必然性だと把握する。具体的には「主要な企業別組合の活動領域と機能の現状」から「労働組合の社会的機能と期待される役割」,「労働組合の発言機能と協議システム」そして「新しい労使関係システム」に分けて展開する。その上でこれを「労働運動の方向は自ら収斂されつつあり……技術革新→設備投資の増大→企業利潤の増大→成果配分」というメカニズムを前提とする労働運動の「現実主義的な志向」だと結論する。なお,企業別組合の社会的機能の強化の理由として著者はこれを,1)企業別組合が労働条件の向上を追求するにあたっては,住宅・土地問題・内外価格差・労働時間の産業別規制といった視野を企業の枠から社会的なものに広げてゆかざるを得ない,2)その社会的責任は地域との調整・公害問題・環境・インフラストラクチャ・地域サービスなど私企業といえどもある種の公共性をになわざるを得ない,と2点にあると指摘する。そして,これらの問題は,企業の海外進出・企業の公共活動・コミュニティー活動にその意味を見出すとされる。この章でとくに注目されるのは,第2次大戦後の現代の資本主義の変質の下ではマルクスが当時前提とした資本家の型や絶対的窮乏化の法則がそのまま通用しない状況の下での労働組合運動の在り方としてこれを容認すると同時に,労働者の権利拡大や社会保障の充実を促進した社会主義の理念は,今後も強調されてしかるべきである,として社会制度の変革の弁証法を確認される著者の学者的良心である。
 第3章「日本的労使関係の特質」では,いわゆる日本的労使関係の成立過程を1)古典的文化主義,2)記述的・制度的,3)機能的,4)新文化主義的統合,の4つのアプローチないし流れとして内外の研究成果を基に紹介かつ論評した上で,著者はこれを日本的特性というより「個性」として捉えるべきだとする。日本の労使関係制度は,これを終身雇用・年功賃金・年功的昇進・企業別組合のワンセットのシステム全体で捉えねばならないとし,これの論証を海外進出企業にとって「移植可能なもの」と「移植困難なもの」という角度から豊富な文献調査資料を用いて展開する。そして戦後の日本の労使関係の制度的定着については,占領政策やアメリカの科学的労務管理の影響を無視できないことを強調する。
 第4章「最低賃金の変化と発展」では,日本の最低賃金の発展を,著者の中央最低賃金審議会会長という公職経験を生かされて手際よく整理している。すなわち,業者間協定・審議会方式・目安制度の下での地域と産別最賃の二本建て方式への進展は,日本経済の歴史の動きに対応した「自然成長性と現実対応性」を持つものとして評価する。この上で,「最低賃金決定における労働市場原則」の影響力をめぐってみられる各方面からの評価や異見に対しては「全国一律最低賃金を成立させる現実的条件は,少なくとも近い将来には見とおせない」とし,「問題はあるものの政府が責任をもって決定し,三者構成の意見を求める方法」になる可能性が強いとする。この章の記述は,わが国の賃金構造の研究者にとっての貴重な資料となろう。
 第5章「国営企業の賃金決定」では,公共企業体の賃金決定の基準となっている「民間準拠方式」についての諸問題を検討したのち,これが安定した原則となっていることを評価する。さらに,昭和58・59年春闘の回顧という節では,今日の賃金決定のマクロ基準として常識になりつつある賃金決定関数の考え方を基に,両年度の上昇率の根拠なり意味を要因別に反趨的に解釈する。具体的には,1)企業業績,2)労働市場,3)消費者物価の動向との関連を検討したのち,あえて第4に「労使関係要因」をあげて,これを「公企体の闘争の位置」,「ストなしの理由」,「公労委調停の役割」について豊かな体験情報に基づいた見解を披露する。
 最後の第6章「高齢化対策の展開」では,今後の労使関係に大きな影響をもつ要因としてこれを採り上げている。まず,日本の高齢化の進展の特質について老齢年金・老人医療費・老人福祉・高齢者雇用・企業の高齢化対策などの諸側面から現状を要約する。ついで高齢化のインパクトを人事制度・専門職制度との関係,そして新たな人事制度への修正,老人福祉問題と地域社会の項に分けて,アメリカとの実体比較にふれながらその特徴を明らかにしている。なお企業レベルでの労使の対応を重視する立場から,とくに事例研究の節を設けて,この裏づけを行っている。この章は,締め括りとして「生涯教育とゆとりある国民生活」についてライフサイクル的職業生活における諸課題を集約的に提案している。

 〈「労使協調」の素地と必然性の解釈〉

 “批判なき理解は盲目に等しい。”評者はこの著をまず「学ぶもの」の立場で理解を旨として虚心に通読した。正直にいって,整序だった構成と理論的展開,そして何よりもそれを学界の代表的文献と実態調査資料の無駄のない適切な引用という説得力の高い巧みな筆致によって,評者は何の抵抗もなく,恰も佳麗な絃楽四重奏を聴く想いでこれを読了した。
 しかし,もし仮に評者である私がこの「経済環境と労使関係」という課題を与えられたとしたら,方法論の上でどう扱ったであろうか。以下2つの視点から,批判というより一つの勝手な注文として許されるであろう。それは1つには,本著の題名を「環境変化への労使関係制度の適応」と読みかえ,これを「ルール形成の要因」に重点をおいて整理・解釈する視点である。2つには,本著の柱となっている「協調的労使関係」という組合機能の発展を「雇用か賃金か」の選択だとする現実的対応の必然性・合理性の解釈を賃金の本質そのものの内在的機能に求める視点である。
 第1の問題:労使関係の課題なり発展は,利害と立場を異にする関係当事者(行為主体)の間に力関係を背景に設定される労働条件の維持と改善を図る制度ないし広義の「ルール」の創造的適応過程だといってよい。この観点なり分析方法の有効性については,既にJ.T.ダンロップ教授の“Industria1 Relations Systems”(1958年版)が今日,労使関係論の研究者の間で広い意見の一致をみているといえる。この仮説は,労使関係制度(Rules)を,当事者ないし行為主体(actors)と環境条件(Contexts)それに時代背景にあるイデオロギーといった規定要因の関数として捉えようとするものである。著者も本書の展開の中で,このダンロップの考え方を紹介しており,この分析方法を援用していることは文脈上明らかである。それ故に,制度なりルールの変容をフォーマルな法制度にもまして,企業や産業のレベルにおける自主的な団体交渉や労使協議制を通しての協約・協定・規程それに慣行の面で収斂仮設の検討の形で実証的に展開されているのである。
 ところで,本著の場合には,環境変化に対する労働組合機能の適応(発展)を主題にしていることから,「当事者」要因としての使用者側なり政府(行政)の役割を二次的に扱っていることは充分に理解される。しかし,労使関係制度なりルールの変化を重視するからには当事者ないし行為主体を「労・使・政」の三者関係として捉えること。とりわけ労使の力関係の変化要因と,この過程における法制度の運用なり広義の行政指導(指導)の影響をもっと強調してもよいように思われる。このことは,例えば,技術・市場の変化を背景にもつ雇用調整に対する機動的・安定的確保のための一連の労働市場政策によって労使の現実的対応の素地が段階的に用意されていたこと。また,賃金決定におけるマクロレベルの経済整合性を裏づける賃金関数的準拠基準の原型を提供した1974年の労働白書のその後の誘導的賃金政策の影響などをあげることができよう。本著が論文集であることを承知の上で,この「技術・市場要因と労使の力関係」の変化過程と,「行政の演じた調整的役割」については,組合機能の発展の先行的素地として独立に「補論」の形ででも採り上げてほしかった。
 第2の問題:「雇用か賃金か」の選択が「協調的」関係を生む直接的背景として,これを企業レベルの「成果配分」や「労使協議制」の活用として論証されるのは,それ自体,鋭い着眼であり文脈上の説得力を一層増している。しかし,この選択の論理は何も1980年代に至って初めて展開されたものではなく,「賃金の本質と機能」そのものの中に内在するものとして,ルール化の有無となり程度とは別に,日常的に実践されてきたものである。組合機能の発展の素地を論証・理解する鍵はここにあると考えらる。具体的には,賃金の「所得」と「費用」という二面的機能を実践の論理として解明することによって得られるのである(評者はこれを「賃金のプリズム」機能として拙著『賃金交渉』第5章「低成長下の賃金問題」日本労働協会,1971年に発表)。その論理とは“所与”である社会的所得を“可変”の経営的費用として現実化する媒介項は,競争に耐える生産性の向上を必要条件とし,その過程は他ならぬ合理化そのものとしての質と量の面からの雇用調整によって充分条件となる「賃金・雇用」の一元論である。

*   *   *

 1980年代の労使関係の変貌を国際的規模の現象として捉え,これを普遍的に説明できる原理を展開した本著は,正に時代の要請に正面から応えたものである。この意味で本著は「1980年代」を歴史上の重要な一画期として位置づけた労使関係論の名著として,研究史に長い生命をもち続けるであろう。本著を労使関係論や労働経済学の研究者のみならず,「実証的研究とは斯くあるべきもの」の座右の書として,広くこれからの同学の学徒のためにも心から推奨するものである。<





法政大学出版局,1992年11月,A5判 311頁,定価3,914円

おの・つねお 城西大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第417号(1993年8月)



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