OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




足立 正樹 著『現代ドイツの社会保障』



評者:小梛 治宣



 本書は,我々がその書名からイメージするよりも遥かに豊かな内容を,二百数頁というコンパクトな体裁の中に凝縮させている,ということをまず言っておきたい。
 戦後の(西)ドイツにおける社会保障について我国でまとまった形で研究書が公にされることは――翻訳書を含めた制度的な枠組みの紹介は幾つかあるが――これまでほとんどなかったと言っていいのではあるまいか。同じことはドイツの社会政策についても言えることではある。戦前からその強い影響を受けてきているにもかかわらず,大河内一男『独逸社会政策思想史』や服部英太郎の一連の著作(『著作集』に収録)などを除けば,ドイツの社会政策の全体像の解明を目指した著作といったものも,ほとんど見当たらないと言えそうである。
 そうした研究状況の中にあって,本書のもつ意義は小さくない。というのも,本書では,ドイツにおける(戦前からの)伝統的な社会政策が,社会保障なる概念を取り入れた新たな形の社会政策に,どのような経緯で取って替わっていくのかを解明することが,一つの重要なモチーフになっているからである。したがって,戦後ドイツの社会政策・社会保障を直接の研究対象としてはいても,歴史的な連続性を考慮して,戦前に支配的であったドイツの伝統的社会政策をも十分に咀嚼した上で論証がなされている。
 本書の大きな特長は,ドイツの複雑な社会保障に関する制度そのものの解説書という形態を脱却し,そうした制度が,いかなる歴史的経緯と思想的基盤を背景として確立してきたのかを解明することによって,本書のタイトルともなっている「現代ドイツの社会保障」の全体像,さらにはその本質を明らかにしようとしている点であろう。しかも,こうした意欲的な試みは,本書全体を通じて貫かれている。
 そこで,次に,こうした特長を念頭に置きながら本書の構成に目を向けてみよう。
 第1章 社会政策から社会保障へ
 第2章 社会政策の構造機能
 第3章 補完性原則と社会保障
 第4章 新自由主義と社会問題
 第5章 新社会主義と社会保障構想
 第6章 多元社会化と「新しい社会問題」
 第7章 ドイツの社会保障の構造
 第8章 医療保障の展開と保健制度協調行動
 第9章 年金保障の展開と少子化問題
 第10章 介護保障の動向と介護保険
 この目次からも分かる通り,全体が二つに大別される。前半の第1章から第6章までが,ドイツ社会保障の基礎理論と思想的基盤の解明に,後半の第7章から第10章が歴史的な展開と現状の分析に充てられている。前半部と後半部が,理論と実践の関連を形成し,さらにそれぞれの章が独立性を持ちながらも相互に関連し合って,ドイツ社会保障の深部を解明すべく構成されているとも言えよう。以下,各章の内容をごく簡単に追ってみよう。
 第二次大戦後,ドイツでは,ツヴィーディネック・ズィーデンホルスト(1911年に『社会政策論』刊行)以来の戦前の伝統的な社会政策論を保持しようとする流れと,アングロ・サクソン圏で誕生していた社会保障の概念を導入することによって,「新しい社会政策論」を構築していこうとする流れとが激しく対立する。新しい立場は,社会政策の目的と対象を社会の個々の成員の生活保障に置いているのに対して,伝統的な立場は,それを集団相互の利害の調整に求めていたのであった。
 第1章では,こうした両派の代表的な見解の考察を通じて,社会政策論の概念の変容,「社会政策から総合社会政策へ」の動きといったものが明らかにされる。その場合,新しい立場を取るマッケンロートやアヒンガーが,「家族の保護,特に育児にかんしての家族の負担調整を社会政策の1つの中心課題ととらえ」ているという指摘は,示唆に富んでいる。
 第2章では,プレラーの主張を手掛かりにして,社会政策の現代的課題の探究が試みられる。著者によれば,プレラーは「社会政策の新しい展開を積極的に評価しながらも,それを過去のものとの断絶としてではなく,歴史的連続において把握しようとする」。その場合,彼が特に注目しているのが,「社会構造の関係の歴史的展開」,さらには社会政策の基礎にある「人間像の歴史的変化」である。
 このプレラーによれば,社会政策の構造機能は,「構造維持機能」,「構造改変機能」,「構造形成機能」という3定型に分類できる。社会政策の構造機能は,この3つの段階をこの順序に従って歴史的にも経過してきた―その基礎に置かれる人間像についてみれば,要保護者としての客体,労働者階級の勢力行使者としての集団的主体,共同体における人格としての個人的主体へと変化してきたのであり,また「構造改変機能」の典型がビスマルク社会保険とされる―わけだが,その展開のなかから社会保障機能が前面に現れ,それにともなって社会政策の課題領域も拡大せざるを得なくなっていく事情が解明されていく。
 プレラーは,「狭い社会政策は,独自の特徴をもつ価値としての人間というアスペクトからなされる総体政策へ,つまりsoziale Politikへと拡大する」という,社会政策の将来についての重要な仮説を立てているが,著者は,このsoziale Politikを,第1章で取り上げていた「総合社会政策」(Gesellschaftspolitik)と「何ら変わるところはない」と結論づける。したがって,この第1,2章から,戦後多くの論者によって提唱されてきた「社会政策から総合社会政策へ」という要請も,現実の政策実践をかなりな程度で反映していたものとみなすこともできるわけである。
 戦後におけるドイツ社会保障の基本原理の代表的なものが「補完性原則」(Subsidiaritatsprinzip)である。これは,カトリック社会論において提唱された,社会秩序形成の根本原則であって,社会の本質的意味を,下位の共同体に対する上位の共同体の補完,援助にみるものである。『社会保障総覧』の「序」でも,この「補完性」については次のように明確に規定されている。「社会国家に存在する共同体的保障制度は,夫婦及び家族のような根源的な純粋な個人的な連帯共同体に,代替するものではない。個々人または家族にとっては応じきれない課題が生じた場合に,それを共同体的保障制度が保障するのである。つまり小ユニットが大ユニットより重視されており,責任の度合いには段差があるのである。この補充性こそ,社会国家の連帯にとって本質的な編成原則」(ドイツ研究会による邦訳書より引用)なのである。
 個と全体の関連という問題を原理的に解決する手掛かりとして,この「補完性原則」は戦後社会政策に関わる多くの論者によって積極的に提唱されてきたものでもあった。第3章では,この原則を適用することによって,「個と全体の関連という問題が,特に社会政策論とのかかわりにおいてどのように答えられようとされているのか」,あるいは「社会政策は,社会保障的な施策の増大という事態のもとで,どのように基礎づけられるのか」という点が,ブロイニングなどの代表的論者の主張を取り入れながら,「連帯性原則」などとも関連させて検討される。
 第4章および第5章では,社会保障に対して消極的な態度をとる立場と,積極的に推し進めようとする立場が,すなわち新自由主義と新社会主義がそれぞれ論じられるわけである。戦後の西ドイツ経済の再建と復興を政策的に指導したのは,キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)であったが,その思想的な基盤となっていたのが新自由主義(Neoljberaljsmus)である。福祉国家に対して厳しい批判的姿勢を示す新自由主義ではあるが,社会問題に対するその主張が決して一様なものではないことが,本書で示される。
 社会問題の発生とその克服にとっての経済秩序の決定的重要性は,オイケンに代表されるように,新自由主義者は揃ってこれを承認する。だが一部には,レプカ,ミュラー・アルマック,リュストウなどの「社会学的新自由主義」と呼ばれる一派がおり,彼らは,社会学的な研究成果を取り入れ,主に文化的な視点に立って「総合社会政策」を構想し,それによって経済秩序構想をいっそう充実させようとする。
 したがってこの派は,中小企業助成の産業構造政策,財産形成政策,教育・訓練政策,人口政策などさまざまな個別政策を提唱することにもなる。少数派とは言え,この派の提言は,戦後西ドイツの経済復興と社会的市場経済の建設にあたって少なからざる影響を及ぼしたのでもあった。本書での,レプケなどの主張を丹念に検討しながらの,こうした指摘には興味深いものを感じざるを得ない。
 新自由主義とは対照的に編祉国家を肯定し,社会保障を積極的に推し進めてきたのが,新社会主義である。この新社会主義は,マルクス・レーニン主義とは区別された西側社会主義の総称であるが,ドイツでは戦後,社会民主党(SPD)と結び付くことで,その理念を実践にうつしていく。本書の第5章では,理論的武装が不十分と言われるこの勢力の中で,とくにその理論体系化に尽力する,ヴァイサーなどの代表的な論者の主張に依拠しながら,その基本理念,政策原則・体系,さらには社会政策・社会保障へのその関わり方が探究されている。
 さて,現実の社会保障体系に対して,「新しい社会問題」という観点からの根本的な批判が,1970年代半ばに浴びせられることになる。当時野党の地位に甘んじていたCDUの側からそれは提起されたものでもあった。それは,戦後に実践的社会政策に対して投げかけられてきた数多の批判の集大成という意味ももっていた。
 では,この「新しい社会問題」とは何かといえば,一方における社会保障関係費用の爆発的増大(例えば,保健制度の分野での),他方での大量の「隠れた貧困層」――その中心部分は年金生活者――の存在という「逆説的な事実」の存在に他ならない。その提起者であるガイスラーによれば,「連邦共和国のいかなる市民も,今日,労働者であるという理由だけで貧しいということはなく,たとえば労働者であっても複数の子供をもっている,といった場合に貧困となるのである。これが新しい社会問題である」ということにもなる。
 第6章では,ガイスラーの2つの報告,CDUの公式文書(「マンハイム宣言」「基本綱領」など)に表れた,この「新しい社会問題」の定式化の動きを追究し,その後に,グローザーの著作に依りながら,この「社会問題」を顕在化させた「体制的要因」の検討が行われる。
 以上のような第1章から6章までの,ドイツ社会保障の基礎理論・思想的基盤,さらにはそれらと有力政党とのかかわり,政策プログラムの定式化といったものの解明を踏まえた上で,後半では,実態の分析,そして問題点の指摘が行われる。
 とはいえ,現在のドイツの社会保障は,統一的なプランにしたがって作り上げられたものではなく,19世紀末のビスマルク社会保険を基盤としながら,時代の要請に応じた形で,個別的な改正が積み重ねられた結果の産物である。本書でも,こうした「連続性」の立場が支持されている。したがって,その内容は,極めて複雑であって,たとえば,連邦社会保障省編纂の 『社会保障総覧』を一読したくらいでは,それを容易に把握することは難しい。だが,本書では,まず第7章において,この『社会保障総覧』と『社会報告』を足掛かりに,あるいはグローザーの見解をも取り入れながら,ドイツ社会保障の構造的特質を「機能的側面」と「制度的側面」の両面から検討していく。
 こうした社会保障の構造が概観されたのち,第8,9,10章において,医療,年金,介護といった個別領域に限定して分析が加えられる。それに関して,とくに注目すべき点をいくつか指摘しておきたい。
 まず医療保障制度に関しては,それは,医療に対する需給―疾病金庫・被保険者,金庫医協会・医師―の調整システムの展開という視点からその発展局面をあとづけている点であろう。とくに,157頁に示された(ヘルダー・ドルナイヒに依拠)図を用いての「医療保障制度における給付と統御の流れ」についての検証は,分かりやすく説得力がある。さらに,1970年代に法定疾病保険の費用爆発が表面化し,それに対処するための「保健制度協調行動」が導入されることになるのだが,本書では,これによって,医療供給システムに被保険者・金犀医というミクロの次元と疾病金庫・金庫医協会というメゾンの次元に加えて,マクロの次元が新たに付け加えられたととらえる。「協調行動」のこうした位置付けもまた示唆に富むものである。
 公的年金は,医療とともにその財政的危機が現在もっとも心配されているものの一つである。 1992年の改革の後も根本的な改善は得られず,最近も受給年齢・拠出率の引き上げが常に議論されてもいる。その原因は高齢化・少子化の進行にともなって「世代間契約」(賦課方式と給付のスライド化)が危機に瀕しているからである。本書では,とくに少子化問題あるいは出生率低下という社会問題との関わりから年金の展開や年金改革をとらえていこうとする。すなわち,1986年改革での児童養育期間の算入認定,1992年改革における保険算入期間の延長などがそれにあたる。著者はこうした施策について,それがただちに出生率の回復に結び付くものではないとしながらも,「世代間契約の実現にとって不可欠の要素が初めて年金保険に組み込まれたことの意義は,きわめて大きいと言わなければならない」としている。
 さて,最後に取り上げられているのが,現在いろいろな意味で話題となっている公的介護保険である。我国でも,この制度については,ドイツで成立をみた1994年前後からこれまでに数多くの論文あるいはそれに関する紹介が公にされてきている。本書の第10章では,まず,1970年代からその成立にいたるまでのこの制度をめぐる議論が,イグルの見解にしたがって5つの局面に分けて検証されていくが,それは,現在すでに実施段階にあるこの公的介護保険の問題点を解明するヒントを与えてもくれそうである。
 ところで,この制度では政治的な妥協の産物として,経営者の保険料負担の見返りとして被用者の有給休暇1日の削減が盛り込まれている。しかも,この削減を労働者側が容認しない場合には保険料の全額を彼らが負担することにもなる。だが,こうした措置が社会保険システムの中に盛り込まれるということ,さらには給付に上限が設定されているということなどはビスマルク以来のこの伝統的システムにとってどういう意味をもつのであろうか。この点については,本書では触れられてはいないが考慮すべき問題ではなかろうか。
 また,あえて言えば,後半の第8・9・10章で個別的に扱われている医療・年金・介護,この3者の有機的関連,さらにはこれら,社会保険とは別の形態をもつ社会援護(Sozialhilfe)についての意義,あるいは位置付けを明確にして欲しかった気もするのである。
 これまでみたところからも明らかなように,本書の目的は,「まえがき」にも述べられているように「社会保障の理念と現実をつなぐこと」にあったわけである。その意味では,その目的を十分に果たしていたのではないかと思われる。今後社会保障の研究を行っていく際に――それはドイツの研究に限定されることなく――本書は,多くの責重な示唆を与えてくれるはずである。




法律文化社,1995年11月,211+6頁,定価2,678円

おなぎ・はるのぶ 日本大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第455号



先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ