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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



平尾武久・伊藤健市・関口定一・森川章編著
『アメリカ大企業と労働者 ――1920年代労務管理史研究

評者:奥林康司

 序章・終章と15章の543ページから成る本書を読み切ってみると,今日の情報化時代の中で,このような大著が首尾一貫してよくまとめられたものだと感嘆する。本書は1991年5月から始まったアメリカ労務管理史研究会が,学会や研究会の機会を利用し,21回もの研究会を重ね,そのうち14名が執筆した共同研究の一里塚である。この研究会の発起人の1人である平尾武久教授は,本書の出版直前に夭ツしてしまった。筆者の親友でもあった平尾教授を失い,断腸の思いではあるが,彼の心血を注いだ遺作を書評することにより,追悼のよすがとしたい。

 本書は1920年代のアメリカにおける大企業の労務管理を研究対象とし,その実態を明らかにしようとしたものである。この分野の研究とすれば,アメリカ国内における研究も含め,世界最高水準のものであり,このような研究成果が日本の中堅研究者により達成されたことを誇りに思うものである。

 本書の意図は,1920年代の労務管理・労使関係の実態を解明することであるが,その問題意識はジャコビィ(Sanford M, Jacoby)の労作『雇用官僚制』(Employing Bureaucracy, Columbia UP., 1985, 荒又重雄・平尾武久他訳,北海道大学刊行会,1995年)から出発している。ジャコビィは,1920年代の労務管理の発展・普及を人事労務管理専門家を中心とした「専門職業的集権的リベラル・モデルの衰退」とフォアマンの職長帝国に見られる「保守主義的分権的モデルの伝播」という構図で描き出そうとした。これに対し,本書は20年代の労務管理の実態を徹底的に検証することにより,この構想に対抗する第3の流れとしてウェルフェア・キャピタリズム(Welfare Capitalism)があり,その中心は労働組合を企業から排除する従業員代表制であったと想定されている。従って本著の英文タイトルは,The Formation of Nonunion Industrial Relations System in the 1920sとなっている。

 当時の労務管理の実態を明らかにする方法として,先ずSCC(Special Conference Committee)に加盟していた大企業の従業員代表制とそれに連なる労務管理の記録が分析される。SCC加盟の企業は当時の代表的企業であり,SCC内部の記録は1937年まで公表されていなかった。しかし,そこには,ベスレヘム・スティール,デュポン社,GE,GM,等,アメリカを代表する大企業13社が加盟しており,その社会的影響力は巨大であったと考えられる。そこで20年代の労使関係・労務管理の暗黙のリーダーとしてSCC加盟企業の労務管理制度を取り上げ,さらに,それ以外の代表的企業・産業として,フォード自動車会社,鉄道業の従業員代表制,造船業における雇用管理と訓練が取り上げられている。1920年代の労務管理を研究する上で実に適切な研究対象の選択である。

 また,各企業の労務管理の実態を明らかにするにあたり,従業員代表制が詳しく検討され,それと結びついて雇用管理,福利厚生,教育訓練の諸制度が分析されている。この従業員代表制を20年代労務管理の中心に据える点がジャコビィとの基本的かつ具体的な相違である。

 本書の構成についてみると,第T部では1920年代の歴史的特徴が明らかにされている。その第1章ではSCCの活動やその労務管理理念,その中における従業員代表制の位置づけが明確にされている。SCCにおける大企業の情報交換が20年代における労務管理の潮流を規定したと考えられているのである。第2章では,SCC結成と並び20年代の労使関係の方向を決めた「コロラド騒乱」と,その対策として導入された従業員代表制のロックフェラー・プランが克明に描かれている。労働組合をすべて否定してしまうのではなく,また団体交渉を認めるものでもない新しい労使関係としてColorado Fuel and Iron Co.の従業員代表制が位置づけられている。

 第U部ではSCC加盟企業の労務管理と労使関係が記述されている。第3章ではN.J.スタンダート社における従業員代表制,第4章ではベスレヘム・スチール社における従業員代表制を中心とした労務管理システム,第5章ではインターナショナル・ハーベスター社における従業員代表制,第6章では,GEのスケネクタディ(Schenecktady)事業所における事業所評議会,第7章ではGEにおける福利厚生と労働者,第8章ではグッドイヤー社の従業員代表制,また第9章ではU.S.ラバーの従業員代表制と労務管理,第10章では第一次世界大戦後のデュポン社の事例,第11章ではGMの労務管理,第12章ではAT & Tにおける労務政策が,資料に基づき詳述されている。

 第V部ではSCCに加盟していないが20年代に注目された労務管理が記述されている。第13章ではフォード自動車会社における労務管理の生成と転換,第14章では鉄道産業において労働組合との協議の下で導入されたBoltimore and Ohio plan,第15章では造船業における技能訓練と雇用管理の実態が,あたかも20年代にタイム・スリップしたかのように鮮やかに描写されている。

 本書の特徴は,第1に,第一次資料を駆使して労務管理の実態に迫っているところである。例えば,ベスレヘム・スチール社の従業員数や賃金総額,平均年収,平均時間賃金,操業度が同社のAnnual Reportに基づき,1918年から1934年までの数値として明示されている。同様にして同社の従業員代表制の評議事項とその解決結果についても同社発行のRethlehem Reviewから作成されている。

 歴史的研究の難しさは,「はしがき」にも述べられているように,良質の一次資料をいかにして入手しうるかにある。この難問を,本書ではインターネットを利用することにより解決している。例えば,National Archives and Records Administrationに収められた資料はインターネット上で入手している。また,大学の図書館や資料館のホームページを利用して資料を請求している。またアメリカの研究者とインターネット上で意見交換し,彼らの意見を確認している。まさに情報化時代にふさわしい情報入手方法を開拓し,より客観的で厳密な研究を可能にしている。  さらに,企業の内部資料や書簡を多く利用することにより,制度を導入した人たちの個人的な結びつきによる新しい考え方や制度の普及を証明している。例えば,GEのスケネクタディ事業所で従業員代表プランが1922年に従業員投票で否決された後,再び事業所評議会が1924年から導入される過程で,労使のどのような人物がどのように具体的に行動したかを,GEの社長スウォープ(Gerard Swope)への事業所長エヴェレス(C. E. Eveleth)からの手紙から検証している。このような厳密な研究方法は歴史研究では利用されてきたが,労務管理制度の生成や普及においても援用されている。この個人的交友関係による因果関係の証明は新しい研究方法を開拓するものである。人脈をたぐり寄せながらある労務管理制度の普及を証明することにより,あたかも歴史小説を読むように,当時の実態が再現されている。

 第2の特徴は,労務管理制度の普及を個々の企業レベルまで具体化して分析したことである。本書の編者は,これを「実証的企業間比較史研究」と呼んでいる。従業員代表制とそれに基づいた労務管理が,各章に示されたように,個別企業毎に明らかにされている。個々の企業まで具体的に分析し,その積み重ねにより20年代の労務管理の特徴を統括するという全く新しい方法を採用している。従来であれば,1920年代のマクロ経済的動向を前提にして,そこからそのモデルに合致する企業を分析するという方法をとってきた。しかし,SCCの内部資料が公表され,また個別企業の資料もインターネットで入手しうるようになると,逆に,従来のマクロ的な分析が果たして妥当であるか否かが検討されることになる。いわば下からの積み上げ方式の研究により,20年代の新しい評価が可能になったのである。まさに方法論的にも新天地を開拓している。

 この個別企業の事例研究から出発するという方法を採ることにより,従業員代表制の導入や労務管理制度の実施における個別企業の特殊性が明らかになってきている。今日の概念を使えば,個々の企業の経営戦略の相違によって,従業員代表制の性格や位置づけが企業毎に異なっていることが明らかにされている。例えば,GEのスケネクタディの事業所評議会は参加・コミュニケーション型従業員代表制として分析されている。1920年代の労務管理制度の実態分析において,個別企業や経営者あるいは指導者の個人的なつながりまで具体的に分析している点において,本書は新しい研究方法の地平を切り開いたといえよう。

 第3の特徴は,1920年代の労務管理を分析するフレームワークとして,それを第一次世界大戦時の団体交渉や労働組合の承認という段階からAFLが職場におけるジョブ・コントロールを失い,労働組合が衰退していく過程として分析していることである。1920年代は,アメリカにおいては労働組合員数が激減する時期でもあった。これは統計的数値からも確認されている。そこで,労働組合がその勢力を失った労務管理上の施策として,従業員代表制や雇用管理,職長の教育訓練,福利厚生制度などが取り上げられ,分析されている。このような視点はジャコビィーが視野に取り込めなかった視点であり,20年代分析の新しい視点となっている。

 このように本書はその研究方法のみならず,その分析視点においても新しい知見を提供し,世界的に最先端の研究成果となっている。この点は,共同研究者たちの共通認識でもあり,今後の研究においても継続されるであろう。

 しかし,書評という性格から,また今後の共同研究の発展を期待し,敢えて,問題提起をさせていただきたいと思う。

 第1に,現に「はしがき」にも記述されているが,この共同研究において,「分析の基軸をどこにおくか」という問題である。より具体的には,労働史と労務管理史の分析フレームワークの相違を何に求めるかという問題である。本書は労務管理制度の歴史研究を意図している。従って個々の企業レベルまで下がり,また企業間の相違を意識的に解明しようとしている。その限りで経営学の一分野としての労務管理史研究になる。それゆえ,従業員代表制の分析においてその制度が個々の企業においてどのような経過で導入され,それがどのようなルールによって運営され,従業員や労働組合に対しどのような機能を果たしたかが記述されている。それは「管理制度」としての視点を受け入れていることを意味する。しかしそれをウェルフェア・キャピタリズムと呼ぶことは,いわば体制論の視点から労務管理制度を分析していることを意味するものであろう。ある時代の資本主義体制がどのような特徴を持つかという視点と,労務管理制度がある時代においてなぜ,どのような特徴を持つかという視点は区別されるのではあるまいか。労務管理史的分析では,企業内部の諸要因,例えば,設備技術,生産方式,組織形態さらには労働力構成などが分析の視野により多く入ってきても良いのではないか。本書でもいくつかの章ではこの側面に焦点が当てられている。SCC加盟企業の分析においても,この側面に分析が向けられると,全体像がより明らかになったのではあるまいか。

 第2に,労務管理史研究は個々の労務管理制度の個別的な生成・発展・転化の過程に重点を置くのか,それとも1920年代という一定の歴史的段階に注目し,労務管理体制の体系性や相互関連を重視するかという問題である。GMやUSラバー社の事例研究においては,従業員代表制のみならず雇用管理,賃金体系,教育訓練,福利厚生,職業訓練など,多様な労務管理制度が分析の対象とされている。それらが総体として従業員にどのように作用し,どのような結果をもたらしたかも明らかにされている。その総体の中で従業員代表制が果たした機能がより明らかになるのではあるまいか。

 このように労務管理制度を労使関係も含めた全体の中で位置づけることは,1930年代のヒューマン・リレーションズの分析の際に一層重要になるであろう。労務管理史研究ではヒューマン・リレーションズで明らかにされた論理や諸制度をどのように評価し位置づけるかが大きな研究課題である。それがCIOの結成や団体交渉制度の法的承認とどのように論理的に結びつくかを明らかにすることが研究課題となろう。この点を考慮するとき個々の労務管理制度の発展・変化のみならず,労務管理体系内での位置づけも検討する必要があるのではあるまいか。

 第3に,従業員代表制は企業から労働組合を排除する制度であると見るのであれば,AFL,IWW等労働組合の性格や基本方針,更に従業員代表制に対する労働組合の反応なども詳しく分析しておく必要があろう。AFLが当時の半熟練・不熟練労働者を包摂しえず,企業側と妥協して自己の経済的地位の維持を求めたところに従業員代表制が普及した要因があったのではあるまいか。

 書評の機会をお借りし,書評の任を超えた問題を投げかけることになったのではないかとおそれている。しかしアメリカ労務管理史研究会は今後さらに研究成果を世に問われ,私たちを感嘆させてくれると確信している。同時に,歴史の研究であっても,それが今日の私たちの生き方にとって有意義な知識を提供してくれるものであることを期待している。天国の平尾教授もそのことを念頭においてこの大著を企画されたのであろう。本書は研究内容においても研究方法においても世界最先端の労作であり,本書評はその価値をいささかも否定するものではない。我田引水的な解釈や思い込みによる誤解から的外れの書評になっている部分もあるかもしれない。著者の皆さんとの長い交友に免じ,寛恕のほどをお願いする次第である。


平尾武久・伊藤健市・関口定一・森川章編著『アメリカ大企業と労働者―1920年代労務管理史研究』北海道大学図書刊行会,1998年9月,543+xiii頁,本体7600円+税

おくばやし・こうじ 神戸大学大学院経営学研究科教授

『大原社会問題研究所雑誌』第487号(1999年6月)


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