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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




法政大学大原社会問題研究所編
『労働の人間化の新展開――非人間的労働からの脱却




評者:奥林 康司




(1) 労働の人間化の研究動向

 本書は1986年に刊行された『労働の人間化―人と仕事の調和を求めて―』の続編ともいえるものであり,世界における労働の人間化の諸現象を分析し,同時にわが国の類似の動向についても検討を加えた力作である。特に1980年代後半における新しい動向に焦点を当てており,その点において「新展開」といえる。このように息の長い研究を地道に続けられ,その成果を著書として世に問われる法政大学大原社会問題研究所QWL研究会の皆様及び執筆者に心より敬意を表するものである。
 労働の人間化を研究対象としたり,またその視点を自己の研究上のフレームワークにする研究者がわが国においてもかなり定着している。嶺 学教授を中心とする上記QWL研究会,赤岡 功教授を中心とするエレガント・カンパニー研究グループ,奥林を中心とする柔構造組織研究グループなどがある。更に実務界においては,雑誌『京都の労働経済』第114号(1993年3月号)において,労使の実務家がこの問題を検討している。一方では,新技術の導入に伴う働き方の変化と,他方では,過労死にみられる働き方の問題点が社会の注目を集め,労働の人間化への関心を高めているのである。その意味で本書は時宜を得た最先端の研究であり,内外の研究者の注目を集めることは確実である。

(2) 新展開の課題

 労働の人間化を研究テーマとし,あるいはそれを意識しながら労務管理や労使関係の改善に努力している人々にとって共通の問題意識は,今は,とりわけ1990年代においては,労働の人間化の具体的内容を何に求め,或いはどのような方向で労働の人間化の内実を追求すればよいかである。
 1960年代において労働の人間化に関心をもった研究者達の多くは,スウェーデンで典型的に展開された労働の人間化の諸制度や理論を共通認識としている。理論としては社会技術システム論に基づき,半自律的作業集団の形成を中心とする新しい作業組織或いは職場組織の再編成及び,それを実行する上で必要な産業民主主義に基づく新しい労使関係の形成が労働の人間化の出発点であった。そしてこの労働の人間化の中に,当時の主要な社会問題の1つであった労働疎外の解決を見出そうとしたのである。
しかし今日では,ME技術の普及に伴い,生産方式それ自体も大量生産方式から多品種中量生産に移行しつつある。特に情報技術の発達は工場のみならずオフィスの労働様式を大きく変えるに至った。また産業構造の変化に伴い,各国の労使関係も敵対型から協力型に変化してきている。特に旧ソ連邦を中心とした社会主義体制の崩壊は,先進工業国における労使関係のあり方を徐々に,かつ根本的に変えつつある。同時に我が国では超高齢化社会に突入し,高齢者や女性の新しい働き方が重要になってきている。このような社会経済情勢の変化の中で,1960年代に注目された労働の人間化のフレームワークや,その改善方向を革新していくことが研究者に課せられた課題である。
 このような問題意識から本書を読み込んでみると,その編集の方針や研究対象の選択において,多くの教示を提供してくれる。
 新展開の第1の方向は,従来の労働の人間化のフレームワークの中で,更に新しい現象を分析し,内容を深化させることである。例えば,第2章「米国自動車産業のQWL」(公文 溥)においては,UAW(全米自動車労組)が従来の敵対的労使関係から協力的な労使関係へと大きく労使関係を変化させていることが具体的な資料とケースに基づき説明されている。同時に,この協力型労使関係により生産チーム制にみられる新しい作業組織の導入が可能であったことが示されている。
 同様に第3章「ドイツにおけるフレキシブル合理化と『労働の人間化』―自動車産業の事例を中心として―」(風間信隆)においては,1980年代には,理念的な労働の人間化ではなく,新技術の下でのフレキシブル合理化が経営の主要な関心であり,むしろこれに対する労働者,労働組合の対応が労働の人間化の新しい内実になっていることが明らかにされている。技術的要請としての作業組織のフレキシビリティーに注目している点で「深化」なのである。
 新技術の中で,特に情報技術に焦点を当て,それが作業組織に与える影響を分析したのが,第4章「経営情報ネットワークに支援された自律的作業集団の可能性」(後藤光祥)と第6章「情報ネットワーク化の進展と仕事の変化」(八幡成美)である。第4章では経営情報ネットワーク・システムの普及が階層的な管理組織をフラット化し,従業員の自律性を高める可能性があることに注目している。技術と組織構造の関係においては争点となっている議論であり,この実証的な研究が待たれる研究分野である。
 技術と組織の相互関係の分析として注目される研究は第5章「組織開発と労働の人間化」(小山田英一)と第7章「企業のテクニシャン養成と『労働の人間化』」(庄村 長)である。第5章においては日本と米国における組織開発(Organization Development)の理論と現実が検討されている。
 第7章においては,新技術,特にCIM(Computer―Integrated Manufacturing)の普及に伴い,その主要な担い手としてのテクニシャンの作業組織における意義と役割が分析されている。第一次データを使用し,作業組織とその労働力構成の新しい方向が具体的に明らかにされている。以上の分析は,技術と組織という社会技術システム論のフレームワークを前提とし,今日的課題を分析している点で「深化」である。
 他方,職場における労働をより人間的なものにするという視点から,単に製造現場の作業者のみならず,それ以外の作業者も検討するという意味において,研究対象の拡大が計られている。例えば,第8章「環境変化と人事・労務管理の革新―人間重視の『人的資源開発管理』の課題と展望」(村上良三)において,人材育成・能力活用制度を積極的に推進している企業では業績の伸びも良いことが著者による実態調査の結果から明らかにされている。
 第9章「ポストモダニズムと労働組合―企業別組合のUI運動に関連して―」(加藤譲治)においては,個人を尊重した労働組合のあり方をUI(Union Identity)運動の分析を通じて明らかにしており,従来の産業民主主義論に対する新しい労使関係の分析視点を提供している。
 第10章「営業関連従事者の『労働の人間化』」(佐藤 厚)は,職種別QWL研究の方向を示すものであり,「労働の人間化」の具体化として注目される。営業関連職種の業務効率化を推進する場合でも,その担当者に「任せる領域」を残すことによって,「やりがい」を維持しながら自律性を増大することができると主張している。営業関連職種においても古典的な労働の人間化が可能であることを示した先駆的研究である。同様にして,第11章「女性のQWL」(高田一夫)においては,女性には家庭という問題が常につきまとうとしながらも,むしろ仕事の面白さを感じとるような人事管理システムを実施すること,その為に生涯学習システムを考えることが重要であると主張されている。
 また,第12章「高齢化とQWL」(田中 勉)においては,労働の人間化の基本は「仕事の内容」に関心をもつ点にあると解し,高齢者向けの職務改善や高齢者における職業形態の多様化が1つの方向として示唆されている。

(3) 今後の研究課題

 本書はQWL研究会メンバーによる共同研究の産物であり,労働の人間化研究の「深化」と「拡大」に大きな貢献をしている。しかし,今日の社会状況を視野にいれ,また研究の理論的体系化を追究するとき,なお検討しておくべき点がいくつか残っているように思われる。
 第1に,労働の人間化がめざす価値の1つに仕事における勤労者の自律性がある。この自律性を重視する視点が各章の研究においても共通の価値として貫徹している。しかし労働生活の質を生活の質の向上にまで拡大しようとするとき,職場における勤労者の自律性増大が家庭や地域社会における市民の自律性にどのように結びついているかを検討しておく必要があろう。脱会社人間が「ゆとり」や「豊かさ」実現の具体的方向として提唱されている今日,職場において人間的な労働をしている労働者が,市民生活においても,良き市民としての行動をとりうる因果関係を理論的・実証的に解明しておく必要があろう。
 第2に,フレキシブルな作業組織の成立を労働の人間化推進の視点からどのように評価するかという問題がある。本書でも実証的に分析されているように,新技術の下で経営効率を追求した1つの結果として,勤労者に自由裁量の余地を与えるフレキシブルな組織が形成されている。いわば技術的必然としての自律性の増大といえるかもしれない。しかし産業民主主義や個人の自律性を1つの価値として重視する労働の人間化の立場からすれば,技術的要請に基づいて自律性の増大をそのまま認めることが労働の人間化の推進に直結するのであるか。「組織選択」の内容と意義をもう一度検討してみる必要があるのではないか。
 第3に,日本的経営と労働の人間化の関係である。アメリカでの「生産チーム制度」やドイツの「集団労働」が新しい作業組織の具体例として検討されている。これらチーム作業方式は,同時に,日本的経営の構成要素として議論されている。同じチーム作業方式においても,アメリカ,ドイツ,スウェーデンと日本ではその具体的内容が異なっている。このチーム作業方式を共通の素材として,各国の文化的相違を検討することにより,チーム作業の日本的特徴を解明することが可能かもしれない。むしろ,技術や企業組織面からみた日本的経営が,大量生産方式の下で開発された企業組織を超える新しい要素をもっているとみることもできよう。そこに同じベルト・コンベア方式を使用しながら,日本では労働疎外症候群が発生しなかった理由が明らかになるかもしれない。或いは,日本的経営の人類史的先進性が発見されるかもしれない。
 第4に,今日の日本において労働の人間化の具体的展開を期待するのであれば,職場で実施されているどのような施策が労働の人間化により近いか具体的に検討する必要があろう。このような施策の妥当性をめぐる議論はアカデミズムの世界になじみにくいという立場もあろう。しかし労働をより人間的なものにするという1つの価値を選択している限り,客観的な社会現象の動きの中で,その価値を実現しうる政策提言をすることは社会科学者の社会的役割の1つであろう。
 以上,書評という表現を借りつつ,筆者の勝手な感想と意見を述べさせて頂いた。執筆者たちの学問的態度とそのエネルギッシュな研究活動に感服し,更なる研究活動の発展を期待するものである。誤った理解や自己流の読み込みがあったとすれば,その責任は全て筆者のものであり,同時に,日頃の交友に免じ,寛恕の程をお願いするものである。本書が多くの読者に愛読され高く評価されることを確信している。





1993年3月,viii+322頁,定価4,500円

おくばやし・こうじ 神戸大学経営学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第421号(1993年12月)



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