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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




石田光男/藤村博之/久本憲夫/松村文人著
   『日本のリーン生産方式──自動車企業の事例




評者:大野 威



1 本書の背景/主題/構成

 過去およそ10年間,日本の自動車産業は,国内外の大きな関心を集め,様々な論争の対象となってきた。いわゆるポスト・フォーディズム論争は勿論のこと,レギュラシオン学派やフレキシブル・スペシャリゼーションの議論でも,日本の自動車産業がしばしば俎上に載せられてきた。これらに共通して見られる最も基本的な論点は,おそらく次のことであろう。すなわち,日本の自動車産業の労働組織・技能形成の在り方は,テーラー・システムあるいはフォード・システムといった従来のものに比べ,どの点で異なるのか(あるいは異ならないのか)という問題である。
 しかし,これまで多くの調査が行われてきたにも拘わらず,この問題は一定の結論を得るには至っていない。むしろ,調査自体が新たな論争を呼び起こし,問題は紛糾の度合いを高めているように思われる。端的な例が,近年,労働問題研究者の耳目を集めている野村・小池論争であろう。自動車産業を直接の対象としたものではないものの,いわゆる日本的な労働組織・技能形成の在り方を問題とするこの論争は,自動車産業を巡る論争にも飛び火して,大きな見解の相違を生み出すに至っている。
 こうした状況の中,これまで行われてきた論争に大きな検証材料を提供するものが現れた。それが本書である。本書は,能率管理(あるいは「業務計画」)を軸に職場組織の実態解明を行うという独自の視点に立ちながら,これまで見解が分かれてきたいくつかの論点―一般労働者は本当に幅広く・奥深い技能を有しているのか,生産性・品質向上の主要な担い手は誰なのか(本当に一般労働者なのか),保全など専門職種の人々の技能(形成)の在り方は一般労働者のそれとどのように異なるのか(両者の差異は大きいのか小さいのか)等―について,多くの検証材料を提供するものとなっている。そこで,以下,本書の紹介を行っていくことにしたい。
 本書は,日本労働研究機構のプロジェクト「労使関係と人材形成に関する国際比較研究」の一環として,2つの自動車メーカーを対象に行われた労働調査の研究報告書である。本書に先だって,昨年,同機構から調査報告集「自動車企業の労働と人材形成』(資料シリーズN0.58)が出されているが,読みやすくするため一部が書き改められているのを除いて,大きな変更は加えられていない。本書の構成は,次のとおりである。
 第1章 工場の能率管理と作業組織(石田光男)
 第2章 人事・賃金制度(松村文人)
 第3章 教育訓練と技能形成(第1・2節 久本憲夫/第3節 藤村博之)
 第4章 労使関係(久本憲夫)
 ところで,本書は,筆者自ら記しているように,事実関係の記述に大きな比重が置かれており,その内容を詳細に紹介することは紙幅の許すところではない。そこで,本書の核をなすと思われる第1章を中心に,本書の概要を紹介していくことにしたい。

  2 本書の概要

 第1章では,能率管理(業務計画)を軸に職場組織の実態解明を進めるという本書の最も基本的なテーマが提示されるとともに,実際,それに沿った形で職場の実態が明らかにされている。やや長くなるが,要旨は次のとおりである。
 まず第1に,これまでの労働調査の問題点として次のような点が指摘される。労使関係論は,労働支出とその反対給付(賃金)に関するルールの研究と見なされるが,実際のところ前者―不確定の量と質に過ぎない労働力の労働への転換がどのように規制されているか―については,分析方法が不在のまま今日に至っている。というのも,賃金には賃金表というルールの具体的表現物が存在するが,労働支出についてはそうしたものが見あたらなかったからである。そこで,第2に,こうした問題を解決するため,新たに「業務計画」に着目すべきことが主張される。業務計画とは,職場単位で各個人に求められる労働の質と量を規定するもので,具体的には,職場単位での業務総量[=定常的業務(日常的作業)と追加的業務(製造コストの低減や品質向上)および要員の総量]の設定と,それを個別労働者に配分する仕組みのことを指す。これは,統制コントロール(計画の策定と絶えざる進捗管理あるいはモニター)と刺激インセンティブ(能力給や昇進といった賃金・人事制度)の仕組みにより,実効的たらしめられている。こうした,メカニズムに着目することにより,個別労働者の次元にまで降りて,労働支出の規制の在り方を具体的に明らかにできるだけでなく,業務計画を軸に賃金・技能形成・労使関係なども体系的に記述することができるとされる。
 そして実際に,A・B社の事例として次のことが明らかにされている。A社では,1985年以降,マネタリーな指標に基づいて,1)経営→工場→部→課→係→職場というトップダウンの形で目標設定(原価低減の目標設定)の展開がなされ,2)それを受けた形で職場レベルで業務計画の策定と実行が図られている。工場やその下の各部門は,設定される目標値に対して多少の交渉力を有するとはいえ,基本的に目標値の設定はトップダウンである。そして,これは,3)月例報告会議などでのこまめな進捗管理(統制コントロール)と4)能力主義的な賃金・人事制度(刺激インセンティブ)によって実効的たらしめられている。B社についても,工数という物理的指標を中心としていることを除けば,ほぼ同様の流れが確認される。なお,こうした一連の流れに対する労組の関与の程度は低く,明らかな行き過ぎへのチェック(問題指摘)が行われているに過ぎない。
 以上が本章の大まかな内容である。ここでは,原価管理か工数管理かという違いはあれ,両社ともに,目標設定―業務計画の策定・実施―進捗管理(統制コントロール)―刺激インセンテイブといった体系を有し,それにより,能率管理が計画的・実効的に行われていることが明らかにされている。と同時に,ここでは,それに関連していくつかの重要な指摘がなされている。ひとつは,「日本の製造業の品質や原価低減の『からくり』をQCや提案という一般作業者の営為から説明しようというのは間違いである。事実に反している」(86頁)というものである。品質向上や原価低減は,労働者の自発性に基づいていわばボトムアップの形で行われるのではなく,上記の一連の体系により,経営主導で計画的に規制されているという指摘である。もうひとつは,上と関連するが,実効的な改善案を考案するのは,職制あるいは改善係・技術スタッフといったエキスパートであり,「一般作業者の参加はその実際の程度においてもその実際の効果においても控えめなものである」(31頁)というものである。一般作業者を対象とするQCや提案制度は,むしろ生産性向上(業務計画の遂行)に対する合意調達の手段として,あるいは中核的労働者を職制に育成する手段としての役割の方が遥かに大きいとされている。
 第2章以下では,特に能率管理との関連において,人事・賃金制度(第2章),教育・技能形成(第3章),労使関係(第4章)の近年の動向および現状が取り上げられている。ここで,その内容を詳しく紹介するわけにはいかないが,概略を記せば次のとおりである。
 第2章では,賃金・人事制度について,1)職場集団の業績を重視する賃金体系から,個人の業績・能力を重視する賃金体系への移行,2)年功を重視した横並び人事から,職能資格制度を軸とした個人の能力重視の人事制度への移行,という能力主義的個別化の流れがわかりやすく整理されている。その一方,ここでは,労組等の反発から,査定幅の規制・厳格な年次別の昇格管理も依然行われており,能力主義への移行には一定のブレーキが掛けられている実態についても明らかにされている。
 第3章では,教育・技能形成に関して,ショップ群別の技能形成の実態と全社的なOff‐JTの制度が明らかにされている。具体的には,1)一部で言われているように,異常処置や保全などに関して全ての労働者に高い生産職能が求められているということはなく,ショップ群により,求められる生産職能には高低が見られる,2)全ての労働者が,高い管理職能(=作業組織の生産力を上げる技能)を有しているわけではなく,実際には,Off‐JTなどを通じて,職制予備軍を中心に管理職能の育成が目指されている,3)保全労働者については,必要とされる技能水準が高いため,例外的に,長期的なOff一JTを通じて,生産職能の計画的育成が図られていること等が明らかにされている。
 最後に,第4章では,企業別組合の本来的役割は社員組合機能(=「社員」としての安定した処遇を求める)にあるとする独自の観点から,A・B労組の組合活動と労使協議の実態が分析・評価されている。具体的には,A・B労組ともに,労使協議など活発な組合活動が展開されており,重要な労働条件の改変等に関しては,労使間での政策の「すりあわせ」・職場レベルでの合意調達が,充分な手間と時間を掛けて行われていることが明らかにされている。そして,社員組合機能という観点からすれば,両労組の活動は高く評価されるべきであると結論づけられている。

  3 本書の意義と問題点

 評者は,本書の前身である『自動車企業の労働と人材形成』を入手した時(1996年の秋),たまたまB社において,期間工として参与観察を行っている最中であった。評者は,そこで,本書に対して共感と違和感の双方を感じたのであるが,それは今回改めて読んでも変わることはなかった。そこで,残りの紙幅が許す限りで,そのことを記すことにしたい。
 本調査の特徴の一つは,筆者自身が記しているように,「企業側の全面的な協力を得られた」(231頁)典型的な内堀調査であるということにある。そのため,本書では,能率管理・人事考課・保全労働者を含めた現場労働者の技能形成の実態など多くの点について,詳細な記述が行われ,これまで行われてきた論争に大きな検証材料を提供することになっていると思われる。特に,一般労働者/職制/保全・改善の間に技能上の階層性が厳然と存在し(更に言えば一般労働者についてもショップ群別に大きな技能格差が存在する),現場レベルでの生産性・品質向上は主に職制・改善係によって担われているという記述は,1)一般労働者はおしなべて高い生産職能・管理職能を有している,2)生産性・品質向上は,こうした高度な知識・経験を有した一般労働者の自発性に支えられている,3)一般労働者と保全労働者との技能格差は小さなものになっている等の見解に対して,大きな反証材料を提供することになっている。このような点において,本書の持つ意義は極めて大きいと言わなければならない。こうした記述は,評者の経験とも実によく合致するものであった。
 しかしながら,評者は,自らの経験が限定されたものであることを断ったうえで,あえて次の3点について疑問を呈したい。第1点は,筆者達が,職種・職階等による技能の階層性を認めながら,職制・職制予備軍を中心に高度な技能形成(特に管理職能に関して)が図られていることをもって,日本の自動車メーカーの技能(形成)の在り方を全体として高く評価している点についてである。しかしながら,このことは一方で,職制への昇進ルートに乗らない者は,低位の技能形成のまま取り残されかねないことを意味している。実際,評者は,多くの者が,潜在的な能力を有しながら,それを十分に発展・発揮する機会・権限を与えられないまま,ルーティン作業に縛り付けられているのを見ることができた。当然のことながら,こうした状況に置かれた者は大きな不満を持つであろうし,その結果,企業外に排出されていく者も多いと思われる。筆者達は,技能の階層性が存在することを明らかにしているのであるから,それが有する負の側面についてももう少し突っ込んだ分析がなされてもよかったのではないかと思われる。
 第2点は,現場の改善実態に関する記述についてである。既に述べたように,筆者達は,これを一般労働者について言っているのではない。しかし,職制についても,果たして,本書で言われているほど高い改善実績を上げているのかどうか,評者は大きな疑問を感じざるを得ない(第1章では,能率管理において,課長・係長等の管理者あるいは生産技術など技術スタッフが重要な役割を果たしていることが明らかにされているが,実際のところ,本書で示されている具体的事例は,ほとんどが職制を中心とした現場での改善事例となっている)。評者の経験からして,すでに極限までスリム化された職場に,実質的に工数を削減させる’ような改善余地はほとんど残っていない。このため,生産性向上の目標は,しばしば石田氏が強く否定しているスピード・アップによって達成一つじつまが合わ―されているというのが実状である。職制は,実効的な改善を考案することもあるが,実際にはむしろ,石田氏自身が指摘しているように,現場労働者から合意を調達をすることにおいて大きな役割を演じているのではないかというのが評者の率直な印象である。ちなみに,こうした「誤解」は,能率管理(業務計画)が余りに完全なものとして描かれていることに起因しているのではないかと思われる。石田氏自身が記しているように,業務計画は飽くまでも支出すべき労働の質量(=達成されるべき生産性向上目標)を設定するものであって,実際に支出された労働の質量(=達成された生産性向上)を表すものではない。当然,両者の間にはズレがあり得る。しかし,石田氏は,業務計画の実効性を強調するあまり,それとはズレた職場の実態―例えば,改善でなくスピード・アップで生産性向上の目標を達成する等―を見逃すことになっているのではないかと思われる。能率管理が万能でないことは,A社の方が進んだ(精緻な)能率管理の仕組みを有しながら,生産性においてB社に大きく水をあけられている現実からも明らかであろう。
 第3点は,重要な労働条件の改変等に関して,労使間での政策の「すりあわせ」・職場レベルでの「合意調達」が手間と時間をかけて行われていることをもって,A・B労組の活動(社員組合機能)が高く評価されていることについてである。しかし,(社員組合機能という考え方の是非はおくとしても)こうした評価は必ずしも充分な説得力を有していないように思われる。というのも,本書では,「すりあわせ」「合意調達」を可能化ないし保障している制度的枠組みについて,充分な分析が行われているとは言い難いからである。本書では,労使協議の進行過程が具体的に紹介され,それが労使間での政策の「すりあわせ」のいわば「証拠」のように扱われているが,「すりあわせ」を保障する制度的な枠組みの弱さ(例えば,多くの事項について同意約款が存在しないことなど)については充分触れられていない。また,現場での話し合いが頻繁に行われていることから,労組員の間で丹念な「合意調達」が行われているとされているが,組合員の意見を組合の方針に反映する制度的枠組みの弱さ―本書には,多くの研究者が指摘してきた「組合民主主義の不在」という視点は存在していない―についてもほとんどまったく触れられていない。このような点が充分分析されて初めて,先のような本書の主張は説得力を持つことになるのではないだろうか。
 以上,3つの問題点を指摘してきた。しかし全体として見れば,本書が,これまで行われてきた諸論争に大きな検証材料を提供していることに疑いはない。本書は,これまで行われてきた議論を深める上で大きな意義を有している。本書を契機に,日本の自動車産業を巡る議論が更に深まることを期待したい。



中央経済社,1997年5月刊,定価5,600円

おおの・たけし、東京大学大学院博士課程在籍(当時)、現在 岡山大学経済学部専任講師

大原社会問題研究所雑誌』第472号(1998年3月)



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