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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



市原 博著
『炭鉱の労働社会史――日本の伝統的労働・社会秩序と管理

評者:荻野 喜弘




 

 本書は,「幕末期から1960年前後に至るほぼ一世紀間の炭鉱夫たちの歩みを,彼らの形成した社会の特質とその変貌過程に焦点を当てて再現することを試み」(はしがき)たものである。炭鉱の労働者たちは,今日しばしば指摘される「競争主義的」な日本の労働者の姿から最も遠い存在であったのであり,かかる試みは日本の労働者の歴史的・社会的性格を解明する上で重要な意味をもつとしている。本書の構成はつぎの通りである。
   はじめに
  序 章 課題と視角
  第一章 鉱夫の自立的結合関係の形成
  第二章 直轄制度の採用
  第三章 鉱夫の従業員化の進展
  第四章 友子の経路
  第五章 「炭鉱社会」の形成
   おわりに
  補論 人生の帰路に立つ炭鉱の女たち
   あとがき
 本書は,北海道と筑豊とを主な素材として,1世紀にわたる炭鉱夫の歩みを叙述した,本文390頁に及ぶ大作である。広大な時空間をもつ対象に対して,著者の用意した分析枠組と分析結果はきわめて明快である。「おわりに」に要約されている結論をさらに要約的に示すと次のようである。
 「石炭鉱業の生成・確立期の鉱夫たちは,親分子分関係を軸とする緊密な人格的関係により結合され,独特の労働・生活慣行を持ち,周辺の社会との間に境界を有する独自の職業社会の構成員であり」,「そうした鉱夫たちを統轄する仕組みとして採用されたのが納屋制度・飯場制度であった」。「鉱夫たちを経営側が直接有効に統轄し得るようにするためには」,「鉱夫たちの自立的な結合関係とその独特な労働・生活慣行を経営秩序に適合的なものに変形することが必要であった」。そのために第一次大戦後から 「大手炭鉱の経営側が採用したのが,一つは従業員団体の組織化であり,もう一つが労務管理施策の拡充であった」。「こうした経営側の意図は,1920年代末からの合理化と労働組織の革新にも支えられて1930年代に一応実現し」,「鉱夫たちの旧来からの職業的で横断的な結合関係が,経営側主導により作り上げられたそれぞれの炭鉱の地域内部の社会関係と秩序に包摂されるにいたった」。「戦後の『炭鉱社会』はこうして構築された炭鉱を単位とする社会関係が労組主導で編成替えされたもの」である。「労組は労働者を統制し生産を遂行する主体となり,経営側による労働者の統轄は労組を介した間接的なものにとどまった」。
 つぎに各章ごとに頁数を示すとともに,主な議論を補足的にあげておこう。序章(10頁分)では,本書の課題として,「日本の炭鉱労働者の社会の変貌の過程を,経営秩序の下へ鉱夫たちを包摂しようとした経営側の施策との摩擦・軋轢と融和のあり方」をあげ(3頁),とくに「鉱夫たちの結合関係」(共通の慣習を基盤とする強固な同職意識を紐帯として炭鉱の枠を越えて結びつきあった自主的な結合全体……12頁)を重視し,鉱夫たちの社会と文化の独自性を強調し,従来の研究の問題点を指摘する。第一章 (61頁分)では,石炭鉱業の生成期における「鉱夫たちの結合関係」の形成を概観したうえで,鉱夫社会に基礎をおく納屋制度・飯場制度を検討し,納屋頭・飯場頭が鉱夫の利害の代表者としての側面をもっていたと主張する。第二章(27頁分)では,石炭鉱業の確立期における納屋制度・飯場制度から直轄制度への移行過程を概観し,鉱夫中の親分的存在を軸とするサブシステムの形成を明らかにしている。第三章(151頁分)は,戦間期の大手炭鉱における従業員団体などによる鉱夫の結合関係の包摂過程を分析しているが,従業員団体への期待については,比喩的な表現だとして,「鉱夫とその家族たちを会社職員と同じ世界の住人にすること」(123頁)としている。さらに筑豊の地場大手炭鉱と中小炭鉱の事例研究をおこない,中央財閥系,地場大手,中小という炭鉱類型間で生じた労務管理と鉱夫の存在形態の格差構造を明らかにしている。第四章(31頁分)は「鉱夫の結合関係」に関する北炭登川炭鉱の友子(鉱夫の相互扶助組織)に関する事例研究である。第一次大戦後に友子の交際が炭鉱横断的な結合から一炭鉱内部へと変容し,かつ友子が従業員団体を補完する存在に転化していったことを論証する。第五章(97頁分)は,北海道の事例に基づき労組主導による戦後「炭鉱社会」のあり方を分析している。戦後の労使間の激しい抗争をへて形成された「協調体制」の下で確立した生産・労務管理面での労組の権限が,経営側の挑戦にもかかわらず長く維持されたと主張する。
 さて,本書の内容の検討に入るが,まず本書の長所をあげ,つぎにいくつかの論点についてコメントすることにしよう。
 本書の長所をあげると,まず第1に,広大な時空間をもつ炭鉱夫の歩みを一貫した論理で手際よく,しかも平明に叙述していることを指摘できる。たいへん読みやすく,イメージ喚起的な引用も多く,かつ多岐にわたる論点にも目配りがよく,炭鉱の労働社会史に関して独自の位置をもつ作品であるといえよう。
 第2に社会史という手法の導入である。すなわち鉱夫に独自な結合関係と労働・生活慣行,あるいはその社会と文化への着目である。労働者の心性を重視することは,最近の労働史・労働問題研究の傾向でもあるが,拙著『筑豊炭鉱労資関係史』(九州大学出版会,1993年)ではいわば括弧に入れておいた点であり,本書の利点でもある。直轄制度移行期の会社係員に対する鉱夫の反発感情(71頁),炭鉱米騒動の背後にあった会社係員に対する鉱夫の激しい反発心 (94頁)などが有効な分析手段となっている。
 第3に具体的な分析としては,戦間期に関しては,とくに従業員団体と現場係員の分析が新しい論点の提起と丹念な実証とで注目される。従業員団体については,著者は北炭の事例研究を行ってきており(残念ながら本書には収録されていない),それをふまえて,形成過程,構造,理念と活動などを包括的に論じており,本書における白眉をなす部分である。また現場係員については,これまで必ずしも十分に分析がなされてきておらず(前掲拙著においてもほとんどふれることができなかった),採炭機構の革新にともなう現場係員の変容,およびその養成に関する分析は新しい論点の提起である。
 第4に労組権限を重視する戦後「炭鉱社会」論という問題提起的な主張で,内容については上述の紹介でふれている通りである。とくに賃金の山元展開を検討した三井砂川炭鉱の事例,および私的・公的空間における労組の権限を扱っている美唄市の事例は,ともに短い文章であるが,興味深い分析となっている。
 つぎに論点についてのコメントに移る。第1は基本的視点にかかわることである。著者は鉱夫世界,とくに「鉱夫たちの結合関係」の独自性を強調し,評者をはじめとする「炭鉱労資関係史」研究をこの点を無視しているとして批判し,評者との認識の違いを「炭鉱という世界に対してもつイメージの違い」に基づくとしている(本誌418号収録の市原氏による拙著への書評)。しかしそう指摘されても評者にはそう大きなイメ−ジの違いがあるとは思えない。著者の強調する鉱夫世界,「鉱夫たちの結合関係」は評者にとっては研究の前提であり,さきに要約的に紹介した「おわりに」から浮かび上がって来る「イメージ」も,戦後の労組権限の意味づけに関する議論をおくとすれば,「炭鉱社会」に関する研究を手掛けたものにとっては「常識」的であるといってよい。評者は,それまでの研究が鉱夫世界の独自性をことさらに強調することに対する違和感から,社会経済史的手法による研究を進めてきたつもりである。このことは拙著を少し丹念に読まれれば,誤解の余地はないと思う。違いはイメージではなく,方法にあるといえよう。鉱夫世界像に関する議論が一巡りして,ふたたび「鉱夫たちの結合関係」の独自性を強調する時代がやってきたのかとの観を深くする。しかし賃金管理も就業管理も重視しない,すなわち労働過程を重視しない労働「社会史」は「イメージと比喩」を重視した社会史と評すべきであろうか。著者の提唱する「社会史」の手法とその射程が評者にはまだ分明ではない。
 第2は,著者がきわめて重視する「鉱夫たちの結合関係」についてである。本書では,この鉱夫の結合関係は鉱夫社会の変貌過程を貫くいわば「執拗低音」的役割を与えられている。この鉱夫の結合関係の形成について扱っているのは第一章であるが,新たな事実の発掘はみあたらず,かつ理論的整理もなされいるとはいえず,その意味で「常識」的な鉱夫世界像に立脚しているといえよう。このことは,著者が,北海道と筑豊の鉱夫の性格の違いについて,「今直ちに明らかにする用意はない」(43頁)としている点にもよく示されている。また1930年代に鉱夫の職業的で横断的な結合関係が炭鉱の地域内部の社会関係と秩序に包摂されるにいたったが,それでもなお鉱夫の人格的結合関係が引き継がれ,成員間の強い結びつきを維持した(376頁),とされるが,鉱夫の職業的で横断的な結合関係が炭鉱内の鉱夫の人格的結合関係にどのように再編され,いかなる内容をもつのかは明示されていない。さらに戦後の「炭鉱社会」の独自性が炭鉱夫の伝統的な人格的結合関係に根ざしていたことは明らかであろう(377頁),とされるが,評者にとっては少しも「明らか」になってこない。鉱夫の結合関係は本書におけるキイ概念の一つとみてよいが,内実の明らかでない,いわばのっぺらぼうのままにとどまっている。少なくともその内容を明示し,歴史的な変容と,にもかかわらず持続する内実とを具体的に明らかにすべきであろう。
 第3は炭鉱における中間的組織に関する議論である。ここで評者のいう中間的組織とは,本書で取り上げられている納屋頭・飯場頭,親分的存在によるサブシステム,従業員団体,労働組合などのことであり,著者によれば鉱夫の結合関係に基盤をおくとされる。本書の主張は,炭鉱労働の特殊性に規定されて,経営が炭鉱労働者を統轄するには中間的組織による補完が必要であり,中間的組織に対する主導権については,資本主義確立期には鉱夫側,戦間期には経営側,戦後は労組側にあったとしている。前半部分については拙著の主張でもあり同意できるが,後半部分は見解を異にする。資本主義経営が成立して以降は,中間組織に対する主導権は基本的には経営側にあったとすべきではなかろうか。たとえば,従業員団体の組織化について,「鉱夫たちの結合関係の企業の下への統合」が焦点であったとし(123頁),「鉱夫たちの結合関係」は企業の統制がおよばないと想定されているようにみえる。「鉱夫たちの結合関係」の内容はここでも明示されていないが,前の時期から続く親分的存在によるサブシステムのごときを考えるとすれば,独自性をもつとはいえ明らかに企業の統制下におかれていたといえよう。拙著では,筑豊においては,従業員団体につながる意思疎通・労資協調組織の設置は「従来からの鉱夫統轄組織を活用,再編する方向で構想」されたとした(拙書246頁)。なお,北海道における友子については,鉱夫統轄とのかかわりで独自の考察が必要となるのは当然であろう。また戦後分析における労組の主導性について,前述の「労組は労働者を統制し生産を遂行する主体となり,経営側による労働者の統轄は労組を介した間接的なものにとどまった」 (376頁)という主張は,生産管理型ともいうべき類型化であり,「率直にいって評者はこの類型設定についてゆけない」(本誌418号所収の前掲書評における市原氏による拙書に対する評言)が,評者は戦後分析を行っておらず是非の判断は差し当たり留保しておきたい。
 第4に「炭鉱社会」をめぐる論点である。本書によれば,「炭鉱社会」とは,戦後の炭鉱で形成された濃密な人間関係と生活の共同性を特徴とする独特な社会とされる(277頁),としている。実は,かかる社会は,戦後になってはじめて形成をみたのではなく,日本資本主義確立期には出現をみていたのではなかろうか。日露戦後における「炭鉱町」(さきにあげた「炭鉱社会」の特徴がみられる)に関する記述と論議はかなり存在している。しかし本書にはこの時期の鉱夫の生活に関する記述はまったく欠落している(第二章)。「社会史」の立場をとる本書でこのような欠落が生じた理由はよく分からないが,「炭鉱社会」をめぐる論議は,日露戦後の「炭鉱町」の形成をも視野に収めつつ,その後の展開過程と段階的特質の解明が必要ではなかろうか(望蜀のことかもしれないが)。なお,本書で「炭鉱社会」の戦後的特徴とされる「労組の権力の大きさ」についてはここでも判断は留保しておく。
 第5に日本の労働者の,したがって炭鉱労働者の位置づけに関する点である。著者は,鉱夫は「競争主義的」な日本の労働者のイメージからもっとも遠い存在で,「比喩的にいえば,『もっとも労働者らしい労働者』」であり(4頁),炭鉱の特徴は日本的な労使関係の形成と定着がもっとも困難であったとし,前掲拙著は日本的な経営内労資関係を検出するにとどまっていると論じている(10頁)。拙著が念頭においている「日本的労使関係」はきわめて「常識」的なものである。経営内労使関係の面で長期的雇用関係,年功賃金・序列制,企業内労働組合という特徴をもち,労務管理の手法として福利厚生施設の整備,小集団活動の展開,濃密な人間関係管理の徹底をあげ,炭鉱業においても,戦間期に日本的な労使関係の特徴が「微弱的・矯小的ではあるが,実質的な展開をみた」ことを強調し,労務管理手法の面では「炭鉱は先駆的であった」と主張した(拙書441頁)。時代を背景に,1930年代には炭鉱労働者もそれなりに 「競争主義的」になったことを含意したつもりである。また評者は,日本の大企業労働者が本格的に「競争主義的」になったのは1960年代以降のこととみており,その時期には炭鉱業は斜陽産業となり,スクラップ・アンド・ビルドとなだれ閉山の時代をむかえ,炭鉱労働者もまたそれなりに「競争主義的」にならざるをえなかったのである。本書でも指摘されている出炭能率の著しい向上がそのことを如実に物語っている。日本の労働者が「競争主義的」になるのは労働者の企業内への包摂のあり方と密接な関連があると,評者は考えている。問題とされるべきは,著者の「日本的労使関係」観ではないのだろうか。
 最後になったが,長い間,戦前期北炭に関する労使関係の事例研究を進めてきた市原氏が,「炭鉱社会史」という新しい分野に挑戦し,比較的短い期間で本書をまとめられた努力に対して,研究仲間のひとりとして敬意を表したい。この書評は,市原氏から拙著に対して寄せられたままになっている批判にかかわる論点を中心に取り上げることになった(すべてを取り上げたわけではないが)。したがって,方法や構成,キイ概念に関する論評が多くなり,しかも望蜀の指摘や,判断の留保など書評としては形式の整わないものとなったかもしれないが,炭鉱労働史研究の前進を願ってのことであり,諒とされたい。





多賀出版、1997年1月刊、xi+393ページ、本体価格8,400円

おぎの・よしひろ 九州大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第467号(1997年10月)




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