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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



宮島 喬・梶田 孝道 編
『外国人労働者から市民へ−−地域社会の視点と課題から



評者:小川 浩一


 バブルの時代,外国人労働者の受け入れの是非をめぐり,或いは,日本の産業構造に組み込まれつつ,地域社会で生活する人びとの抱えるさまざまな問題をめぐって活発な議論が行われていた。ところが,バブルが終わり不況が長期化するや,「日本的経営」の見直し,リストラ,規制緩和が喧伝され,一時期,いわば国民的な関心を集めていた外国人労働者問題は雲散霧消したかにみえる。新聞を拡げても,中国人密航者と蛇頭及び蛇頭と結託した暴力団以外に外国人労働者の記事が載ることはほとんどない。
 しかし,ニューカマーとよばれる滞日外国人は100万人を超え,戦前から滞在する在日韓国・朝鮮人,中国人およびその子孫であるいわゆる定住外国人約60万人を含めると160万人を超える外国人が日本に居住している。日本経済の長期的な停滞にもかかわらず,滞日外国人は滅少していない。これらの外国人が家族をともなうケースが増えてきたこともあり,かれらの地域社会へのプレゼンスは強まり,かれらの抱える問題も雇用,賃金といった労働者としての側面から住宅,社会保障,教育など住民としてのさまざまな側面に拡大してきている。しかし,日本政府の外国人労働者への対応は労働力政策ないし治安対策にとどまり,新たな問題に対してまったく対応できていない。
 どのような対応がなされるべきか。本書は,主として川崎市,豊橋市の調査をもとに外国人の住宅,医療,社会保障,教育,文化,市民生活など広い分野への参加,それにともなう定住外国人の問題とのかさなりあいを踏まえた分析,提言を行っている。「はしがき」で言われているのは,第一に,「中期的」な施策の展開が必要な段階に来ているという認識にたつ。第二に,地域社会とりわけ自治体レベルに標準を合わせて分析を行う。第三に,できるだけ自治体や国の政策を考えていくうえで参考となるような議論をめざす。第四に,分析上のアプローチとして,できるかぎり滞在あるいは生活の実態を重視し,法律の不備の指摘を含めて,外国人をとりまく問題の全体状況をとらえることである。これが,本書の問題意識でありまた特徴でもあるといってよいだろう。

 序章では,未だ日本において外国人労働者は定住の一般化という段階には入っていないとし,中期的な施策の必要性を説く。いま必要なのは,より継続的な滞在を想定した 1) その滞在実態により適合的で,2) 国際人権規約等にも準拠し,3) “平等”ど相違”のバランスをとった施策である。また,在日韓国・朝鮮人やインドネシア系定住外国人の場合には,西欧定住移民と同様の「長期」平等と統合の施策が必要であるとする。定住の段階に入ったか否かについて,一概に定住の段階に入ったとまで言うことは困難であるという主張は説得的である。また,ニューカマーに関しては一律的な平等と統合ではなく,滞在の実態に見合った中期的な政策が必要との立論も現実的である。
 第一章「医療・社会保障」では,ニューカマー外国人の急増とともに,外国人の社会保障がまったなしの課題として浮上したが,これには居住の実態と制度の乖離により制度が機能不全をおこす問題と医療保障など制度からの排除の問題とがある。厚生省の施策が入管行政に従属させられ現実と乖離すればするほど,その矛盾は外国人と医療の現場に集中的に現れる。未払い医療費補填事業なども医療機関の救済事業であり,問題の解決のためには医療保険のあり方を改革することである。だが,制度保障だけでは不十分で,言語的障壁のある外国人の医療へのアクセス,権利行使を保障するには,地域レベルでのNGOのサポートが必要不可欠であるとする。急迫医療及び社会保険の問題・課題の提起は,支援団体などの取り組みが進んでいることもあり,具体的であり説得的でもある。
 第二章「住宅問題」は,公営住宅への外国人のアクセス状況を,日本とフランスとの比較という視点から論じている。フランスの住宅供給は公共政策であるのに対して,日本では住宅政策が建設行政として展開され,住宅は国民の自力建設に委ねるという持家推進策として推進された結果,戦後から91年までに建設された住宅のうち公営住宅の占める割合はわずか5.9%である。公営住宅においては,「不法」滞在者が排除されていること,単身者が入居できないこと,保証人が必要であることなどの問題が指摘されている。同時に民間賃貸住宅が差別,偏見により借りにくい状況のあるなか,新宿区などで差別の解消に努めることを内容とする条例が制定されている以外にみるべき対応がないのが実情である。外国人のほとんどが民間賃貸住宅に住むことを考えると,もう一歩踏み込んだ中期的な施策の提起が欲しかったというのが率直な感想である。当面の課題として,外国籍住民に日本人と同じサービスを結果において受けてもらうためには,近隣関係を含めた地域社会全体の居住環境の改善による「生活の質」が保障されてはじめて結果の平等は達成されるという指摘は重要である。

 第三章「家族問題」では,日本における外国人住民の家族・世帯の役割,家族の社会的機能を分析し,家族の各成員が個人としての生き方を求めること,アイデンティティを確立すること,安定した家族生活を営むことの難しさが,日系ブラジル人の家族と日本人男性とフィリピン女性との国際結婚を具体例に提示されている。家族呼び寄せが,新たな未・半熟練労働者の再生産という別の結果を生み出している。高度に制度化された社会における国際移動は子供の教育機会を滅らし,結果として世代間の職業階層の変化を減じている。また,フィリピン女性との国際結婚では,夫の存在が滞日の権利そのものと化し,女性を弱い立場に追いやっている制度的矛盾,女性と夫との結婚に関する価値観,認識のずれなどがもたらすストレス,母国への送金問題などが指摘されている。
 第四章「家族の適応と葛藤」は,フランスのマグレブ系移民家族を事例に,将来外国人居住の増大と長期化が進むときに生ずるであろう家族の適応と葛藤の問題を探っている。マグレブ系移民家族の子どもの「おちこぼれ」の背景にあるのは,学校で成功をおさめるための文化資本が家庭に乏しいためである。日本の学校教育では,文化資本の不足は言語の問題として意識されているが,特に問題になるのは集団主義である。将来,出身に応じた多様性を認めながら階層差の少ない日本社会をつくっていきたいと願うとき,その鍵を握っているのは子供の教育であり,外国人の子供の学校教育では言語と集団主義をどう克服するのかが鍵を握っているとする。
 第五章「外国人参政権」では,欧米諸国の外国人参政権行使の実態を踏まえた日本における外国人参政権の可能性が検討されている。世論は参政権の付与に必ずしも否定的ではないが,在日韓国・朝鮮人への偏見と差別の存在が実現の道を閉ざしている。しかし,外国人参政権の付与は万能薬ではない,外国人市民参加の形態として外国人参政権の付与と同時に外国人の権利を実質的に保障するものとしてのオンブズマン制度や外国人市民会議などの政策が追求されるべきだとする。そもそも帰化か外国人参政権か,国籍かデニズンシップかについて,日本では公的な場での議論がなされたうえで,外国人参政権問題が浮上しているわけではないとする指摘は,今後の外国人参政権問題を考える上で重要である。
 第六章「日本語教育と母語教育」では,ニューカマー外国人の子どもの教育に焦点を当てて分析している。ニューカマー外国人の子どもは文化資本の上で不利益な状況にある。言語には「社会生活言語」と「学習思考言語」があり,初期対応において習得が目指されているのは日本語の日常会話能力,つまりは社会生活言語である。しかし,授業の理解に必要な学習や思考を伴う言語能力の習得についてはほとんど手つかずの状態にある。低年齢の子どもの場合,日本語会話能力の習得過程が同時に母語喪失過程となるため,日本の学校教育のなかで,母語,日本語に学習に必要な言語能力を獲得できない子どもたちが形成されているとする指摘は衝撃的である。また,ニューカマー外国人の子どもにとって日本語の習得は必要ではあるが,それは学校や社会生活への参加を可能にする道具的な言語にすぎず,自己意識の発達やアイデンティティの確立の上で重要な意味をもつのは,かれら自身の母語であるという指摘も重要である。

 第七章「イギリスにおける地域社会の『多文化』化と学校」では,在日外国人の要求や課題が多様化してりる状況のもとでの教育の課題を考察している。ロンドンのバングラデイッシュ系住民の調査をもとに,子どもの学業不振も各民族の「文化」がらみで理解しなければならず,子どもの学力の向上には送りだし国の文化を理解しつつその接点を探ること,教育や生活指導にもそれを生かしていくことが必要であるとする。日本の学校教育の現状をみると,送りだし国の文化を考慮しつつ学習指導にもきめ細かな配慮をもって臨むためには,一部の熱心な教師の情熱に負うのではなく予算や制度的な保障が必要であるということは,いくら強調しても強調しすぎることはないだろう。
 第八章「滞日外国人女性と〈ジェンダーバイアス〉」は,外国人女性の滞日形態を受け入れ社会のジェンダー関係が移民或いは外国人の女性の位置を規定するという観点から検討している。女性の滞日形態が,「性風俗産業」か家事労働の延長線上にある補助的なサービス業であり,ホスト社会女性の性別職務分離の,より露骨な分離が移住女性の就労にバイアスとして現れている。日本のジェンダー秩序は,各社会領域における性別役割分業と買春の容認につながる性道徳の二重基準である。それが企業の「性風俗産業」での接待という商慣習,「家」の存続や家事・介護労働を期待する「嫁」役割となって現れてくる。アジア人女性が「自分で道を切り開く」鍵を握っているのは,彼女たちをエンパワーする支援団体であるとし,地域社会における支援団体の活動を紹介している。提言として,NGOや民間ボランティア団体と地方自治体との連携の強化,女性移住者に対する人権確保のための法整備,日本のジェンダー・バイアスの克服があげられている。
 第九章「アメリカにおける移民の非公式化と地方労働市場」は,アメリカを例にとり,不法移民の定住化過程において,エスニック・コミュニテイおよび地方労働市場の果たす役割が積極的に評価され,不法移民が現代資本主義のなかで不可避であることが明らかにされている。エスニック・コミユニテイは,新たな移民に対して住居と仕事の便宜を提供し,移民の生活の相互扶助や社会的上昇機会を提供する。これらエスニック企業での労働が,単に低賃金の利用に終わるのではなく,一種のOJTの役割を果たし,労働者のコミュニティのなかでの自立を可能にしている。アメリカにおいては,残された問題は多いとはいえ,エスニック・コミュニティは,社会的にははるかに効率のよい移民受け入れシステムといえるとする。日本における外国人労働者が一般に移民といえるかどうかは議論の余地のあるところだが,不法状態の移民労働者の流入が不可避であるならば,日本においても公的な機関に代わる移民の社会的な受容装置を育てることは重要な課題だとする指摘は重要だろう。なお,規制緩和が移民やエスニック・コミュニティなどにどのような影響を及ぼしているか言及して欲しかづた。
 第十章「ドイツにおける移民と地域政治」は,ドイツにおける移民と地域政治−統合政策,その課題,問題点にあてられている。移民政策は富める国々の社会体制にとってコスト問題の象徴として新たな状況に逢着し,自治体は,統合化か,それとも際限なき豊かさのショーヴィニズムか,そのいずれかを採る決着の場となりつつある現状が報告され,ドイツにおける外国人への援助,統合の問題を考える上で参考になる。

 以上のように,本書においては,医療,社会保障,住宅,家族,市民参加,参政権,教育,女性等の広範な領域で外国人が抱えている問題について,一般的・基本的な問題の指摘,個別事例による分析,比較と考察が加えられ,日本における外国人問題とは日本社会そのものの問題に他ならないということが浮かび上がっている。その意味で,外国人住民の問題全体を捉えるという本書の狙いは成功しているといえるだろう。家族や教育の問題については,今まで何となくそうではないかと思っていたことがクリアーに分析されており大変参考になった。また,付属の年表も便利である。
 ただ,具体的な問題提起まで踏み込んだ医療・社会保障などの章と抽象的な課題の提起に終わっている章とがあり,11の論文が「はしがき」で述べられた問題意識と必ずしも整合性がとれているとは言いがたいことは,問題の緊急性や拡がりによる自治体の対応やNGOの活動の有無に規定されているとはいえ,残念な点である。
 また,外国人の施策に関し地方が常に局面をリードしてきたのは事実としても,その象徴である川崎市において他の自治体と異なり外国人住民団体,市,NGO三者のスムーズな関係とNGOの問題提起を受け入れる共鳴盤がなぜ形成され,先進的な施策が可能になったのか,また合法滞在者対策に止まっている他の多くの自治体と比べ「不法」就労者の処遇にどのような差が生じているのかの分析が欲しかった。また,多くの章で外国人に対するNGOなどの支援の必要性が強調されているだけに,外国人住民が急増した豊橋市などにおけるNGOの活動,NGOと市の関係などについて触れて欲しかったと思う。
 最後に,気になった点を指摘したい。〈序章〉で,厚生省の懇談会が「常時雇用されている外国人は(在留資格をとわず)事業主の届け出により健康保険の適用を行うのが適当」とする報告をしたとしているが,報告書に即して読む限り「在留資格をとわず」という表現は誤解を招くおそれがある。これが「在留資格の有無をとわず」という意味なら誤りであろう。報告書の「3 外国人に係る医療の現状と対策の方向」,「(3)医療保険制度における対応」,(対応の方向)の健康保険制度についてのパラグラワでは「常時雇用されている外国人については,常用的雇用関係があるものとして,事業主による届出によって健康保険制度の適用を行う取扱いとしていくことが適当である」としている。しかし,その「(1)基本的な考え方」においては,「不法滞在外国人への対応については,入国管理政策との整合性に留意する必要があり,……不法滞在を前提とし,あるいはこれを容認するような形で,新たに制度的対応を行うことは,論理的矛盾を拡大するだけでなく,かえって不法滞在を助長することになるおそれもあり適当でない」としているのである。報告書は,「不法滞在外国人については,不法な就労を前提とした使用関係はきわめて不安定なものであり,『常用的雇用関係』あるとは認められないため,適用されていない」とする現状を追認しているといえるであろう。なお,在留資格を問わずに健康保険の適用を受ける道が開かれても,短期雇用が多いというよりも,1) 厚生年金保険との一括加入が必要とされ,2) 運用上遡及加入が認められていないため,「不法」滞在外国人が保険加入のメリットを享受することは,実際上極めて困難だと考えられる。
 また,「未登録外国人」という用語を「不法」滞在者の意味で使用しているようであるが,外国人登録の「未登録」と紛らわしく別の用語を使用すべきであると考えられる。確かに「不法」滞在者の多くは外国人登録が「未登録」状態となっている。しかし,外国人登録法は原則として日本入国後90日以内の登録を義務づけており(外国人登録法3条),これは「不法」滞在者についても例外ではない。したがって,「不法」滞在であっても,外国人登録を行っている者もいないわけではなく,逆に,適法な在留資格のある者すべてが外国人登録を行っているわけではない。国民健康保険は地域保険であるため,在留資格があっても外国人登録なしには加入できない。しかし,健康保険は職域保険であって,現状でも外国人登録がなくとも就労資格があれば加入できることになっているのである。




有斐閣,1996年,237頁,定価4,272円

おがわ・こういち 東京都新宿労政事務所

大原社会問題研究所雑誌』第463号(1997年6月)



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