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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版


金子 征史編著
『労働条件をめぐる現代的課題』



評者:長渕 満男


はじめに

 バブル崩壊後の深刻かつ長期にわたる複合不況を契機に,経済・政治の世界では「リストラ」から「規制緩和」の大合唱が続けられ,労働関係をとりまく環境と労働関係制度の内容は,大変化の渦中にある。この間,労働法自体においてもいくつかの改定が行われ,そして今後も短期間のうちに改定が行われることが予想されている。その中には,念願の週40時間労働制の実施や,性差別禁止の強化など部分的には労働条件水準のひき上げ,平等の実現に歩を進めるものとみられるものも含まれるが,日本的雇用制度の特徴といわれてきた終身雇用・年功賃金をはじめ,労働関係制度と労働条件の根本にかかわる大変化が日本の労働者全体に影響を及ぼそうとしている。
 このような状況を背景に本書は共同研究チームの成果の一環として公刊された。「雇用環境をとりまく社会・経済的状況変化のなかで,人事異動,労働時間,賃金といった労働条件の主要問題と労働者概念について,それぞれ具体的に課題設定し,検討したものである。」(同書5頁)とされる。
 具体的には,全体の総論にあたる第1章,配転・出向を論ずる第2章,休日・労働時間短縮の一方法に関する実態調査と分析である第3章,介護従事者の労働者性を論ずる第4章,公正賃金決定をめぐる課題を扱う第5章および使用従属関係論の法的根拠と判断基準を論ずる第6章から構成されている。量的には,使用従属関係論についての第6章が本書全体の半分弱を占め,同じ労働者性に関する第4章と合わせると半分を超えるという不均等な構成であるが,第6章が後述するとおり大作であり,「試論」との断り書きが付されているものの,意欲的作品であるため,無理からぬ構成である。
 以下項をあらためて,内容を見ることにしよう。

2 内容の概観

 (1)「労働条件の変更と労使関係」(山本吉人)は,本書の総論的部分にあたるもので,今日労働条件の変動にかかわる諸問題を多面的に研究することの意義と必要性をあきらかにしている。その場合,流動化をキーワードとして,1)労働力の流動化2)賃金制度の流動化3)労働時間制度の流動化(弾力化)の大項目に分類し,労働条件等の変化が生ずる社会・経済的背景を分析し,労働法上の問題との関係を明らかにすることそのうえで将来を展望することの必要を説いている。
 (2)「配転・出向をめぐる現代的課題」(金子征史)は,わが国における人事異動の背景とその近年における特色を的確に分析したうえで配転・出向の法的根拠と限界を検討している。この点で執筆者は,自説の展開よりも判例法理の検討に力点を置く。まず配転については東亜ペイント事件等に代表される判例法理を「包括的合意説とほとんど変わらない法的根拠論に立ち,かつ権利濫用の成立の余地の少ない基準をたてる………」もので,「あまりにも企業偏重的すぎる」(同書51頁)という。
 ただ,執筆者は下級審判例の中に従来から散見された「使用者の配慮ないし措置」を権利濫用判断基準の一部とするのではなく,信義則上使用者が負う義務と考えたと解しうる帝国臓器事件判決や学説においても近年一定の地歩を築いてきているこの方向での解決に期待を示している。
 次に出向に関しては,配転と異なり労働者の承諾を不可欠としつつ,その態様を問題とする。殊に労働者の同意・承諾が協約や就業規則等に定める事前の,包括的同意で原則的に肯認され例外的に権利濫用の理論で救済を図る判例理論は,現状では濫用を認める範囲に配転よりかなりの差が認められるものの,両者が接近していくおそれがあることを指摘する。結論として担当者は出向命令が有効であるためには,同意の真意たること,出向先,時期,条件等が具体的に定められていること,労働者の不利益が小さいこと等の厳格な要件の充足を求める学説に賛意を表明している。
 (3)「労働条件決定の実態―燕・三条地区にみる休日特定の試みを中心に」(藤本茂)では,商工会議所が作成して1年間の休日を構成員に提示する「産業カレンダーが,休日の特定から休日の増加に結実し,かつ,所定労働時間の短縮につながって行った」対象地区の生きた現実が,調査により実証的に分析されている。
 当初時短の牽引者的役割を果たした「産業カレンダー」は,外囲条件の変化の中で最低基準的なものとして機能するに到ったこと,今では使用者による規範意識に支えられるなどの事情もくわわって,法的拘束力のある労使慣行として性格づけられること,が指摘されている。
 (4)「介護従事者の労働者性と労働条件決定」 (大場敏彦)は,これまで介護従事者の法的地位についての検討がなされてこなかったという認識から,介護従事者のうち多様な雇用形態をとるホームヘルパーに対象を限定して,その労働者を検討している。
 この論稿は行政処分としての措置決定を受けた利用者に介護サービスを行うホームヘルパーの雇用形態を次の5類型において把握する。すなわち,
1) 市町村雇用型
2) 常用型(サービス提供団体にあらかじめ雇用されていた者が介護サービスを提供)
3) 登録型(サービス提供団体が登録していた者との間で労働契約を結んだ後,ヘルパーとして利用者宅に派遣する)
4) 職業紹介型(取次・紹介者から紹介されたホームヘルパーが,利用者らとの間で労働契約を締結して,介護サービスを提供)
5) 取次・紹介型(サービス提供団体が,あらかじめ登録していた者を利用者に取り次ぐだけで,各当事者間に労働契約,請負等は締結されない)
 以下各類型の介護従事者ごとにそれが労基法等上の労働者にあたるか,および,関連して生じる労働法上の問題点が解明されている。
 まず,直用型や常用型ではホームヘルパーの労働者性に疑問はなく,法的地位の不安定性や労働条件の格差を問題とする。しかし,登録型にあっては,市や社協との関係でヘルパーの労働者性が認められる場合があり,その場合でも労基法や関係する保険法の適用が無視されている場合が多いという。労働者性が認められる場合に法に則した適切な処遇がなされるべきは当然であるが,労働者認定に難あるような場合でも,利用者を含めた三者間で契約をかわすなどホームヘルパー派遣の条件を明確にする必要があると指摘している。右の問題は,利用者と契約を締結して介護に従事する職業紹介型の場合,労働の従属性は存在しても利用者が法所定の事業を行う者に該らないため,労基法等の適用がなく,取次・紹介型の場合,東京都の家政婦等派遣の実例に即してみると,労働の従属性が認められず,当事者の強い要求である労災保険や雇用保険,健康保険等で不利な地位に置かれており,「新たな立法を含めた対策」(同書131頁)が必要とする。
 (5)「公正賃金決定をめぐる課題」(清水敏)は,「流動化にのみ込まれた労働者に客観的な業績評価に立脚した公正な賃金,労働条件をいかに確保するかが今後大きな課題となる」との認識に基づき,そのための方法として一般職種別賃金制度の検討を示唆するものである。
 ここでは,まず「公正な賃金」の概念内容をヨーロッパ社会憲章についての独立専門家委員会による解釈に求める。その解釈は「労働者およびその家族の基本的な経済的,社会的および文化的要求,時間外に労働者が費した特別な努力並びに男女労働者の同一労働同一賃金に関する権利を考慮している報酬」を公正な報酬と捉えている。
 このような意味での公正賃金確保の努力は国際的レベルでは,ILO94号条約と勧告(公契約労働条件条項条約,1949年)以来,国際人権規約等において行われてきたし,国内においても,政府支出削減とインフレ抑制を直接の目的とした法律171号(昭和22年)は限定された業種に一般職種別賃金を適用した。また,実施されるまでには到らなかったものの,「国等を相手方とする契約における労働条項に関する法律」案(1950年)の試みもある。
 本論稿はこれらの条約や試みの内容を詳細に分析し,公正な賃金等の確保という基準から,制度の不備・欠陥を明らかにしつつ,適用された労働者の公正な条件確保に果たした積極的な役割を描き出している。
 結局執筆者は,雇用の弾力化が広がるにつれ,労働者の流動性が高まり,労組への組織化が当面困難となることが一般職種別賃金の必要性を高めること,他方において雇用の弾力化推進のために職務内容の客観化が促され,この制度が機能しやすくなることの二点から,この制度の真剣な検討を呼びかけている。
 (6)「『使用従属関係論』の法的根拠」(永野秀雄)は,不法行為法上の使用者責任の有無を決定するために発展してきたコモンロー上の被用者と「請負人」を区別する判断基準を,民法715条と716条の解釈適用において採用するだけでなく,労働法上の使用従属関係の有無を判断する基本的判断枠組みとしても採用すべきことを主張するものである。
 しがたって,本論稿は民法の右条項の解釈に新たな理論を提示すると同時に労働法学における使用従属論(法的根拠と判断基準)にも新たな視点と方法を提示する。本書の約半分を占める膨大な量の意欲的作品であり,内容の要約は思い切って縮約せざるをえない。要旨は以下のとおりである。
 1)日本民法715条・716条は,当時の英国法を参考に制定された。2)英国法は米国法に継受され,かつ,使用者責任における使用従属関係の判断基準として「管理権保持基準」を確立し発展させた。3)米国法では,これが全国労働関係法の適用においても使用従属性判定の基準として採用され,経済実態基準への発展をみたが,タフト・ハートレー法による管理権保持基準へのひきもどしがあった。4)その後の展開は,コモンロー基準を代理法リステイトメント220条によるものとして統一的判断基準の確定という方向性を強めている。
 他方,日本法においては,5)使用者従属関係の有無により労働者性を判定すべしとする法的根拠は労働立法のどこにもない。6)したがって,米国法におけると同様の手法で民法715条に使用従属関係(論)の法的根拠を求め,7)使用従属関係の有無についての判断はコモンローの 「管理権保持」基準を基礎に,米国法で独立請負人との関係で認められた経済的実態基準(わが国では生存権理念に照らして労働者としての保護が必要と判断される場合)を考慮に入れた総合判断で決すべきである。
 なお,このような所説の展開の帰結として労働法基準法上の労働者かどうかの判定においては,管理権保持基準の原則的適用と当該労働者の生存権的要請が強くかかわる解雇などの場合の経済実態基準を適用すべきこと(同書269頁),労組法上の使用従属関係判断では経済的実態基準によるべきことを主張している。

   3 批評

 戦後われわれが経験したことがない程の大変化が労働関係をめぐって進行する状況のもとで,それがもたらすであろう労働法と労働法学への影響を睨みながら,執筆者それぞれが設定した課題について,それぞれの問題性を明確に指し示す本書は,全体として高い評価を付与されるべきものである。
 もとより,本書は右のような企画においてまとめられたものであるから,ひとことで問題性の明確化といっても,各章ごとに力点の置きかたは異なっており,ある章は判例理論の分析とそれへの今後の方向づけを,別の章は統一的解釈論の確立を,また別の章は解釈の明確化と立論的整備の必要性の析出を,さらには労働条件水準確保のために有用と考える具体的な制度の検討を呼びかけるなど,それぞれの章が,まさに現代の労働法研究者の眼をひきつけ,本気で考えさせずにはおかない内容のものとなっている。大変化の時代ということで支配層が打出す政策の分析にのみ没頭したり,あるいはそれからの政策・方針がひきおこすであろう問題を予見して,その実現を助けるべく,いわば露払い的な労働法上の障害除去的作業に専心したりするのでなく,現実の提起している問題の解明と解釈論的,立法論的解決のための作業を着実に進めることの必要を実例をもって示すものであるが,労働条件の他の課題についても作業が進められているものと思われ,成果に期待を抱かせる。
 全体的評価だけでなく個性的なそれも欠いたら,執筆者に礼を失することになろう。
 (1)「配転・出向」
 判例による権利濫用理論の展開を分析するなかで,濫用認定に広狭の幅を設けることで両者の性格の差を考慮しているとの指摘は有意義である。しかし,将来を展望した解決の方向とその方法には物足りなさを感じざるを得ない。帝国臓器事件判決の説く「信義則上の配慮義務」に注目するのであれば,その内容の掘り下げを一歩でも進めて欲しかった。また,出向に関しては,労働者の同意に厳格な条件を付す和田説の立場と理論構成の適否で争うのではなく,前者の提示する条件のみで出向命令問題に十分対処できるのか,という視角からの論説の方が本書の趣旨に合致しよう。
 (2)「労働条件決定の実態」は,休日の特定から休日増,それを媒介にした所定労働時間短縮に「産業カレンダー」が役割を果たしたことの実証は,中小零細企業での時短が,業界の統一的基準設定を通じて可能であることを示す点で大きな意義がある。
 ただ,問題は実労働時間の短縮にあり,この点で前進的調査研究が待望される。
 (3)日本的雇用慣行の下にある労働者をバラバラに解体して賃金その他の労働条件を切り下げる経営政策が,急ピッチで進行する現状に対して,一般職種別賃金制度の検討を呼びかける「公正賃金決定をめぐる課題」は,バラバラにされた労働者の労働条件水準確保の重要な方法として探究されている。欧米との事情の違いから,わが国の労働問題・労働法研究者が眼を向けることの少なかった領域であるが,労働条件とりわけ賃金についての公正な統一的基準を設定してその水準の維持,向上のために機能させることの必要性は,私も執筆者と思いを同じくする。問題はかかる基準定立の条件,有効に機能するための条件をどのように切り開いていくかであろう。
 (4)「介護従事者」の問題を扱う章は,「民営化」路線による公的機関の責任回避という国策レベルの問題に影響されながら量的に増加を続ける介護従事者のうち,ホームヘルパーを対象とする。その実態分析,類型化,労働者性の解明,隣接諸法との関係の論述など丁寧になされており,とりわけ立法的整備がおくれている「職業紹介型」や「取次・紹介型」の論述は今後の事態の推移の中で重要性を増してくるものと思われる。労働法適用による保護ないし法的地位の安定と同時に,それでカバーしきれないホームヘルパーの法的地位,職業と処遇の改善に必要な立法構想の提示へと研究が進められていくことを願望するものである。
 (5)「使用従属関係」を論ずる第6章は,発想の大転換をともなう大がかりな労作であり,「試論」とはいえ,既に成果として十分に評価できるものである。とりわけ,使用者責任におけるコモンロー基準の確立とアメリカの全国労働関係法・公正労働基準法,さらにタフト・ハートレー法によるひきもどしに到る判例法理の展開のフォローなど,それ自体が貴重な研究成果といえる。
 しかし,結論からさきにいって,執筆者が勢い込む使用従属関係論の法的根拠と統一的判断基準の定立,明確化に到達しえているか,あるいは到達しうるものか,と問い直したとき,答は消極的にならざるをえない。管理権保持基準に経済的実態基準を加味して労働者性を判断するといった場合,従来から労働法学の大多数が主唱してきた指揮命令を中核とする人的従属に経済的従属を補完する立場とどれほどの違いが出てくるのか,判断基準の明確化に資するとはいい難い。担当者が志向する「法的根拠」および「統一的基準」の定立はなされたといえるであろうが,実用法学的観点からのメリットはそれほどでもない。もっとも,このような使用従属関係論の解明が,アメリカにおいて蓄積されてきた,総合判断のための諸要素の活用を容易にすることは予想される。その限りでは実用法学上も積極的な意義が付与されることになろう。





法政大学出版局,1997年3月刊,293頁,定価3,502円

ながふち・みちお 甲南大学法学部教授

大原社会問題研究所雑誌』第470号(1998年1月)



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