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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



乾 彰夫 著
『日本の教育と企業社会』



評者:元島 邦夫



 社会的統合システムとしての日本の「企業社会」が,いま改めて様々な形で問われている。世界的に見れば,それは驚異的な成長と安定のシステムとも思われるからであり,日本社会の深部に降り立って見れば,それは人間性を抑圧し腐敗させる巧妙なシステムとも思われるからである。このような時に「1960年代から70年代初頭頃にかけて企業社会のなかで形成されてきた能力主義の性格」を問い,「それが学校と企業社会との間のどのような接続関係の形態を通して学校内部の能力主義競争を規定するにいたったか」を描こうとした本書は注目に値する。
 「教育分野においても,企業を中心とした経済社会的動向が,国家政策という機構を媒介することなく,直接に大きく現実を規定する状況が,60年代以降大きく形成されてきた」とする本書は,〈教育政策〉の位相,〈教育現実〉の位相,〈労働力(管理)政策〉の位相,〈労働力実態〉の位相という,4つの位相全体に目配りしつつ,労働力政策→教育政策→教育現実ともいうべき「従来の検証構図」に対置して,労働力政策→労働力実態→教育現実ともいうべき自己の構図を提示し,この構図によって分析を進める。
 第1章では,経済審議会の1968年答申が検討・分析され,そこに展開されていたのは,「経営秩序近代化」とそれを土台とする教育計画論であり,答申における構想のポイントは「多元的な能力主義社会像」を前提とする「職種別の横断的労働市場」であり,「ハイタレント・マンパワー論」をふまえた「後期中等教育多様化政策」であることが解明される。第2章では,60年代における現実の「企業社会」の変化が問われ,「職業序列=職務給原理」の「職務遂行能力序列=職能給原理」への転換が析出され,「職務遂行能力」原理による「企業社会」の統合メカニズムの形成がえぐりだされる。第3章では,70年代初頭の「企業社会」が「高度成長初期と比べものにならない規模と影響力,支配力をもって,日本社会と国民に君臨する」ようになり,社会と教育における能力評価も,「学力偏差値」に示されるように,一元的な尺度で測られ,生徒,学生,「新規学卒労働力全体」,全国民は「一元的序列化」の構造にビルト・インされるにいたることが結論される。
 日本の教育論は,学校教育を中心とするさまざまな分野で,人間的発達が歪められていることを,具体的に鋭く指摘してきた。また,階級的・民主的人格形成のありかたを実践的に論じてきた。しかし,教育における人間形成と能力形成が「企業社会」という日本独特のシステムのなかで如何なる構造をもって現われてくるか,客観的にまた全体的に分析する点では,必ずしも十分ではなかった。本書は今後展開されるべき構造的教育論の第一歩を提示するものとして,高く評価されてよい。
 ここでは,構造的教育論の発展を願うものとして,若干の疑問点を記しておこう。第1は,経済審議会の68年答申の位置づけをめぐってである。答申は,横断的労働市場を確立し,職務能力形成の社会化をはかり,学校教育の多様化を進めるよう主張した。しかしその後の「企業社会」形成の現実は,この主張を覆した。これが本書による位置づけである。たしかに答申は「諸制度諸関係の近代化」を図った。技術革新の進行にともなう新しい能力形成・職場秩序のありかたを模索することは,不可欠だったのである。だが,答申の職務概念を日本の現実のなかで整理しなおし,職務群をくくりなおせば,それは日本的職階・資格に容易に移行する。答申の主張する労働力移動の拡大を,日本の二重構造の現実に照らせば,それは最初から大企業による若年労働力確保の自由を意味する。「後期中等教育多様化」論を労働市場の現実と重ねれば,それは増加した高校卒労働者の序列化を示すものとなる。政策に使用された概念をとりだして見れば,それは純粋に近代化・欧米的なものではあるが,その現実の意味をくみとれば,内容は日本的である。政策の作成者も政策の対象者もそれをわきまえている。これが日本における政策の常態なのではないか。この答申は,それまでの企業秩序と競争構造を業績主義的に再編し,現代日本的「企業社会」を構成する流れに,棹さしたのではなかったか。
 第2は,職務・職階・資格構造と競争構造との関わりをめぐってである。「企業社会」が「職務遂行能力」原理をうちだすことによって,能力評価の基準を抽象化し,学歴中心の「一元的能力主義」を生みだした,というのは本書の卓見である。だが「一元的序列化」による厳しい能力(学力)競争が展開されるのは,新卒者が「企業社会」に雇用されるまでである。「企業社会」の一員となった後は,企業成長,企業内上位ポストをめぐる競争が待っている。そこでは,企業成長への寄与という抽象原理を除けば,分野,キャリア,資格など多様な評価によって,能力と業績をめぐる激烈な競争が展開される。この多様な基準をどのようにセットするかは企業によって異なる。競争における勝利は,成長企業の上位ポストに就くことである。非成長企業,あるいは劣位企業に就職する場合は,最初から勝利の可能性は小さい。しかも,劣位企業群においては労働市場は横断的であり,能力形成と資格付与は社会的である。競争の形態は企業間格差の構造をとって現われるのである。この点についての分析が本書では弱いのではないか。だから,横断的労働市場,生涯学習体系,資格制度などへの評価がやや甘くなるのであろう。
 第3は,「今日の矛盾構造」をめぐってである。「日本的雇用」の動揺,「外部労働市場」の拡大,労働市場の「フロー化」,「会社人間からの脱皮」など,本書の指摘する事実はたしかに現れている。だが,大企業「内部労働市場」の覆う範囲が縮小しても,それだけでは成長大企業の上位ポストを頂点とする競争構造は変容しない。成長大企業が上位校の上位労働力を企業別に調達し,横断的労働市場が劣位企業群にのみ形成され,職業・技能の公共的訓練がこの横断的労働市場を対象としてなされ,国民の多くが上位校を目指して学歴競争に参加するかぎり,つまり,競争に破れたものが横断的労働市場に「諦め」としてとどまるだけなら,「企業社会」競争構造の変動はない。したがって,「労働市場と学校との継ぎ目そのものへの規制」も不可能ではないだろうか。問題は変動と規制の勢力をどのように科学的に析出するかだろう。
 本書がこの科学的析出に手をかけたのはまちがいない。今後は,政策分析からむしろ身を離して,企業と学校における能力形成と能力競争の構造そのもの,そこでの能力の内容そのものを分析するよう,期待したい。いま求められるのは,労働力実態→教育現実に照準を合わせることである。




大月書店 1990年2月刊 B判変型・260頁 定価2,600円

もとじま・くにお 埼玉大学教授

『大原社会問題研究所雑誌』第384号(1990年11月)



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