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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



山本 健兒 著
『国際労働力移動の空間――ドイツに定住する外国人労働者

森 廣正




 

本書は,1980年以来の西ドイツにおける外国人労働者,とりわけトルコ人労働者に関する著者の長年にわたる業績を集大成したものである。すなわち,1980年以降に著者が発表した14の論文が,本書の全9章にそれぞれ加筆・修正してまとめられている。また,国際労働力移動に関する国内および国外における既存の多くの研究に対する率直な疑問や批判が提起されているのも本書の特徴である。
 それは,「先行諸研究が,果たして事実を正確に捉えているのだろうか」(p. i)という素朴な疑問から出発し,国際労働力移動という複雑多岐な現実を丸ごと捉えながら,深い認識を導きだすような研究こそ必要である(p. i)という著者の問題意識にもとづいている。

 さて,経済地理学の専門家による本書の対象は,「地理的視角から国際労働力移動とこれに関わる諸問題」(p. i)であり,そのための方法として著者は,「時間と空間」の2つの軸を設定し,具体的に考察する4の空間,すなわち,「国境によって分断され,かつ連続されている世界空間」・「送り出し国の都市・農村空間」・「受け入れ国内の経済空間」・「受け入れ国内の社会的な都市空間」(p. ii)を設定している。
 本書の構成は,以下のとおりである。
第1章 国際労働力移動をめぐる4つの空間―問題の所在―
第2章 ドイツヘの国際労働力移動の変遷
第3章 移住労働者の出身地域―在独トルコ人をめぐる議論の再検討をふまえて─
第4章 移住労働者の流入地域
第5章 大都市空間におけるエスニック・マイノリティの居住分布
第6章 ミュンヘンにおけるエスニック・マイノリティの空間的セグリゲーション
第7章 エスニック・マイノリティ居住地区の歴史的起源─デュースブルクのロカルティー
第8章 外国人政策と社会的統合
第9章 エスニック・マイノリティの社会的統合―デュースブルクの事例─
 以下,本書の内容を紹介したい。   

 第1章では,本書全体を貫く基本的な分析視角が示されており,4つの空間を設定して観察することの意義が明らかにされる。ここでは,まずはじめに,国際労働力移動に関する3つの論点,すなわち,「それは,なぜ生じるのか」,「それが送り出し国に与える影響はなにか」,そして「受け入れ国にはどのような影響がもたらされるか」(p.1)が提起される。そして旧来の多くの研究業績も,これら3つの論点に関して,それぞれ固有の視角や方法によってなんらかの解答を与えてきたと指摘する。著者が提起する4つの空間で設定されるそれぞれの問題点は,「ドイツヘ移動する人々がいるのはなぜか」,「送り出し国の特定地域からなぜ多くの人々が移動するのか」,「ドイツの特定地域になぜ多くの人々が流入するのか」,「都市内でのドイツ人と外国人労働者との関係」(p.4)である。
 そのうえで,そうした4つの空間に即した論点に関する経済学や社会学によるこれまでの研究成果を再検討している。たとえば,「世界空間」との関連では,「高賃金国(地域)と低賃金国(地域)の2類型」(p.8)のように過度に単純化された仮定に依拠する新古典派経済学の理論で答えることは不可能であり,「経済主体の行動の構造的枠組みを明らかにするマクロ的考察を優先」(p.9)する必要性が示されている。また,「送り出し国の都市・農村空間と受け入れ国の経済空間」に関しては,いわゆる「人的ステップワイズ移動」の理論が一つの論点となっていること,あるいは「受け入れ国の都市空間」との関連では,外国人住民のゲットーの形成・空間的セグリゲーションの形成が問題となっていることが指摘される。
 第2章の課題は,ドイツヘの国際労働力移動の歴史的変遷であり,その歴史的経過が「19世紀末の産業化時代の異邦人」,「第2次大戦以降の外国人労働者」,「ガストアルバイターの導入」,「外国人労働者の家族の流入」,「難民の流入」の5つの節に分けて整理されている。
 特に,戦後の外国人労働者に関して,それが導入される契機はドイツ人労働者では補充できない労働力不足の産業部門が生じていたこと,政府間協定が果たした役割が大きかったことを指摘する。さらに,1960年前後に生じた「労働力供給のメカニズムの構造的変化」(p.32)がガストアルバイター導入につながったこと,政府の福祉政策の変更も外国人労働者の家族の来独を促した要因であったこと,また最後の節では,「ドイツ系帰還者」であるアウスズィートラーは「実質的には外国人労働力の流入」(p.57)にほかならないことなどの論点が明らかにされている。
 以上の2つの章の内容は,いわば本書の総論的な位置を占めているともいえるであろう。

 第3章の課題は,各国からの移住労働者がそれぞれの国のどの地域の出身者であるかという問題を明らかにする既存の理論とそうした理論が果たして現実を説明できるかどうかを検討することであり,「第2の空間」に関連する問題を扱った章である。
 はじめに,日本人研究者と外国人研究者の既存の研究成果と問題点を考察し,その論点が「人的ステップワイズ移動」の理論にあることを明らかにする。そのうえで,在独トルコ人の母国における出身地域を各種の調査に依拠しながら考察し,そうした現実と既存の理論には乖離があることを明らかにする。こうした乖離は,「人的ステップワイズ移動」や「移動のコストと情報の多寡」(p.89)で国際労働力移動を説明しようとする伝統的理論では明らかにしえないと批判する。
 第4章は,外国人労働者が西ドイツのどの地域へ流入したのかという「第3の空間」に関する問題を扱っている。ここでも,この問題に関する既往の外国人研究者の分析方法と理論を批判的に検討することからはじめている。すなわち,「空間的拡散論」は,それを「裏付ける証拠はない」(p.98)として退ける。西ドイツにおける外国人労働者の全国的な分布パターンを膨大な統計資料を駆使して分析し,その結果,全国主要都市で雇用が始まり,近隣地域にそのイノベーションが拡大して全国的に分布した(p.117)のであり,したがって「空間的拡散論」よりも「経済の地域構造から説明するほうが適切」(p.120)であると結論づける。また本章の後半部分では,この問題を解明するには「雇用ルートからのアプローチ」が必要であるとして,各種の雇用ルートにもとづく分析が行われている。<

 第5章から第7章までの3つの章における課題は,受け入れ国内の大都市におけるエスニック・マイノリティの空間的セグリゲーションの形成がなにによって説明されうるのかであり,したがって「第4の空間」に関する問題である。
 第5章の課題は,エスニック・マイノリティの空間的セグリゲーションが「差別や排他的行動によって生み出」(p.134)されるものなのか,したがって「古典的人間生態学の命題がドイツでも妥当するのかどうか」(p.134),また「外国人ゲットーの形成がドイツの都市においてどの程度一般的なのか」(p.134)を明らかにすることである。具体的には,5つの大都市におけるトルコ人住民の空間的セグリゲーションの程度が比較検討され,いずれの都市でも彼等が集中している地域は,工業地区とインナーシティであり,ドイツには「完全なゲットーがない」(p.167)という一般的な傾向が導き出される。ドイツでは,「空間的セグリゲーションは,古典的人間生態学の理論では説明できない」(p.167)のであり,「構造的な要因に着目すべき」(p.167)であるというのが著者の結論である。
 この構造的要因としての各都市の固有の特徴と共通する特徴にもとづく外国人住民の空間的セグリゲーションを具体的に分析しているのがミュンヘンを対象とする第6章であり,デュースブルクを対象とする第7章である。著者は,各都市のエスニック・マイノリティが集積・集中している地区の類似性は,住宅供給のメカニズムと都市形成の歴史に由来しているとして,これら2つの都市におけるその具体的内容を検討している。

 第8章と第9章は,外国人労働者あるいはエスニック・マイノリティの社会的統合の問題を扱っている。ここでの問題を,ドイツの都市におけるドイツ人と外国人労働者との関係ととらえるならば,これらの章も「第4の空間」に関する章と理解してよいのであろう。
 1980年代後半以降,外国人労働者問題が日本でも社会的問題として大きく取り上げられるようになった。これにともなって,「新たな外国人労働者の入国阻止」・「在独外国人労働者の帰国促進」・「在独外国人労働者とその家族の社会的統合」の3本柱からなるドイツの外国人労働者政策が多くの研究者によって紹介されている。
 8章で筆者は,そうした日本人研究者がこの政策を扱う場合の単純化された整理や表面的な理解に疑問を提起したうえで,ドイツの外国人労働者政策の歴史的な推移を考察する。そして,上記の3本柱の政策は,すでにSPDのシュミット政権の時代に打ち出されていたことを明らかにする。また,社会的統合の実態を理解するためには,連邦政府レベルだけでなく,州政府や都市自治体レベルでの分析が必要であるとして,ノルトライン・ヴェストファーレン州およびデュースブルク市におけるその現状を考察している。
 第9章は,デュースブルク市における社会的統合の現状のより詳細な研究である。地方紙の報道や,学校教育関係者からの聞き取り調査,市の世論調査などさまざまな資料をもとに地方自治体レベルにおける社会的統合の基本方針,外国人子弟の学校教育や職業教育の実態,トルコ人とドイツ人との社会的交流の現状などを明らかにしながら,そこでの社会的統合は「遅々たる歩みながらも進展してきた」(p.380)と評価している。

 本文だけでも382ページにおよび,9つの章のそれぞれも3〜5節,多い章は8つの節で構成されている本書は,膨大な量の統計・資料,それらをもとに作成された多くの地図を表示しながら,ドイツにおける外国人労働者の歴史や複雑多岐な現状を考察したものである。本書は,1970年代後半と80年代後半の2回にわたってそれぞれ2年間ドイツで研究滞在し,さらに90年代はじめの数回におよぶトルコやドイツにおける現地調査の経験をもとに,経済地理学を専攻する著者の専門性と分析視角なくしては達成することができなかったと思われる研究業績である。
 専門領域が異なる評者にとっては,しばしば多少困惑させられる部分がなかったわけではない。たとえば,「空間」という分析領域を設定する研究方法に関してである。たとえば,ドイツは当初から現在のECの構成国である。この点との関連で,「EC域内における国際労働力移動」と「域内および域外におけるそれ」という「空間」の設定,あるいは外国人労働者を受け入れたドイツという国の「社会的空間」,もう少し具体的に言うならば「職場」や「生活領域」といった「空間」を設定しての分析はできないものなのであろうか。このことは,外国労働者とその家族の受け入れが,受け入れた国に及ぼすさまざまな影響や問題を明らかにすると同時に,そうした問題を解消してゆくための受け入れた国や社会の将来の在り方を問ううえで必要であると思われる。エスニック・マイノリティの「空間的セグリゲーションの形成」の理論についてきわめて説得的な展開がみられるのであるが,旧来からの「人間生態学」の理論が完全に排除されることによって,外国人労働者とその家族が抱えるさまざまな問題や彼等の「人間としての顔」が見えてこないという印象をうけてしまうのは評者だけなのであろうか。
 第5章で,5つの大都市における「空間的セグリゲーション」が考察され,そのより立ち入った考察がミュンヘンとデュースブルクの2都市について行われている。5つの大都市に出てくるフランクフルト・アム・マインの場合,市民のほぼ4人に1人は外国人住民であり,ドイツで外国人居住者の集中度が最も高いのが特徴である。可能であればここにおける「空間的セグリゲーション」の実態分析があれば,問題がより鮮明になったことと思われる。同時に,ここにはドイツでも唯一「多元文化局」とも呼ばれる機関が設置されている。
 すでに明らかなように,第8章と第9章では,「社会的統合」について考察されている。
 「外国人労働者とその家族の社会的統合」へと結実してゆく外国人労働者政策の歴史的な経過が明らかにされるなかで,ドイツにおける「社会的統合」政策ははじめから現在まで一貫していたかのような印象を受ける。「社会的統合」という概念は,きわめて幅の広いものであると思われる。たとえば,本書からも明らかであるが,「社会的統合」政策の具体的な現れ方は,保守的な政党レベル,労働組合のレベル,あるいは州政府レベルや地方自治体レベルで異なっていると思われる。そうであれば,たとえば州政府レベルでのそれを分析する場合には,保守的な政党が強い州や革新的な政党が強い州などにおける政策の現状とそれぞれが比較検討されることが望まれていると思われる。
 外国人労働者問題は,「人の移動」に関する問題であり,したがってこの問題はさまざまな専門領域からの研究や分析が必要とされている。本書巻末の文献欄には,参考とされた国内と国外における多くの既存の研究業績一覧,また事項,人名,地名索引が付され参考になる。われわれは,外国人労働者・居住者問題の,またひとつの貴重な研究書を得た。





古今書院,1995年2月刊,428+10頁,定価9,600円

もり・ひろまさ 法政大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第443号(1995年10月)




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