OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



佐藤 忍著
『国際労働力移動研究序説─ガストアルバイター時代の動態

森 廣正




 

 1980年代後半以降の日本で,いわゆる外国人労働者が社会的に問題視されてからすでに久しい。それに伴って,この問題に関する多くの文献・資料が出版されている。本書は,初出一覧からも明らかなように,1984年から93年末までに公表された西ドイツにおける外国人労働者問題についての10年におよぶ研究をまとめたものである。

  既発表の9本の論文を加筆・修正した全8章および序言と終章からなる本書の構成は,以下のとおりである。
 第1章 ガストアルバイター時代の構図
 第2章 ガストアルバイター雇用の特質
 第3章 トルコ人ストライキ
 第4章 連帯の諸相
 第5章 昇進差別のメカニズム
 第6章 熟練形成の新展開
 第7章 第二世代と訓練市場
 第8章 経営内キャリア
 終 章 総括
 著者は,国際労働力移動を「資本主義の国民性という歴史的限界を乗り越えよう」(序言p.3)とする現象として把握し,20世紀後半の資本主義は,そうした労働力移動という「壮大な実験を展開した一画期であった」(同p.3)と指摘している。ここにわれわれは,国際労働力移動を資本主義の世界史的発展段階に位置づける著者の歴史的視点をみることができる。本書の狙いは,西∃−ロッパにおける国際労働力移動に特定の時間軸としてのガストアルバイター時代を設定し,その「特質とダイナミズムとを把握」(同p.4)することである。
 本書は,大別すると三つの部分から構成されている。第1は,ガストアルバイターという独自の概念に関する章(第1・第2章),第2は,運動主体としての外国人労働者を具体的に分析している章(第3・第4章),そして外国人労働者の労働条件や地位を明らかにするための労働市場の分析を中心とする章(第5〜第8章)である。以下,各章をみながら本書の内容を紹介しよう。

 第1章によれば,ガストアルバイター時代とは,「労働力商品を貿易財として公的に認知するもの」(p.9)であり,その特徴は,「輸入 (募集・調達)は公的な責任のもとに遂行される」(p.13)ことにある。また,この時代の意義を,「国際労働力移動をかつての経済外的強制から解き放ったこと」(p.21)に見出している。だが,労働力商品化は,もともと無理を内包しているのであり,その結果,ガストアルバイター時代の合理性を否定するさまざまな現象が発生し,この時代は終焉せざるを得ないとしている。
 第2章では,国際労働力移動の世界的な現象のなかから,アメリカ合衆国における「ブラセロ計画」とアラブ湾岸諸国における労働移民を析出し,これらふたつの現象とガストアルバイターとを比較検討することによって,ガストアルバイターの雇用の特質を明らかにしている。その特質とは,「大企業への就労と就業構造の拡散傾向,受け入れ国の労働基準の実質的な適用,自由意志にもとづく滞在の一時性と微弱な出稼ぎ意識,受け入れ国の政策タイム・ラグをともなう収斂化の傾向」(p.56)の4点である。
 第3章のテーマは,「ガストアルバイター自身によるガストアルバイター時代の自己否定」 (p.22)としての1973年夏の「トルコ人ストライキ」の考察である。はじめに,背景となった 「山猫争議」の頻発と先行したふたつのストライキを明らかにした後,同年8月24日から31日までのフォード自動車工場におけるトルコ人労働者のストライキの発生から終結に至る具体的な経過を追う。このストライキは敗北に帰したが,それはトルコ人労働者たちに「自信」と 「限界」の「二重の教訓」をもたらしたこと,またドイツ政府をして同年11月の外国人労働力輸入の停止命令やその後のさまざまな外国人政策の引き金となったという点に,トルコ人ストライキの意義を見出している。
 第3章の内容が,外国人労働者の運動主体ヘの自己発展であるとするならば,第4章では,外国人労働者の「自立した主体」への自己発展を,外国人政策の変化,労働運動の闘争カヘの寄与,そして専門工資格取得における外国人労働者の高率化という三つの側面から明らかにしている。
 第5章から第8章までは,ドイツ労働市場と外国人労働者との関係をさまざまな側面から考察している。まず第5章では,身分の安定した基幹労働者と不安定な周辺労働者の二つの階層が並存しているドイツ労働市場のなかで,外国人労働者が周辺労働者を形成せざるをえない昇進差別の実態が考察されている。ここでは,具体的な職業教育や職場構造の現状における「昇進機会の差別」や「配置転換の機会の不均等配分」が,外国人労働者を一定の職場に集中させ,「昇進差別の結晶」と呼び得るような「外国人職場」が形成されるメカニズムが解明されている。
 第6章では,ドイツにおける熟練形成制度が詳しく紹介された後,「若者を対象とする第一次職業教育」と就労している「労働者を対象とする継続職業教育」を中心に熟練形成の新しい展開が考察される。特に後者では,経営内継続教育の実態についての連邦職業教育研究所の調査を手掛かりとして,1980年代後半以降,継続教育を受ける機会の不均等を是正する試みが展開され始めていること,また連邦労働庁による公的な継続教育や労働協約によって規制された経営内における熟練形成の実態から,従来の熟練形成における不利な枠組みが変質しつつあることが明らかにされている。
 第7章では,ともすれば不熟練労働者としての生活を強制されざるを得ない外国人労働者の第二世代の「ネガティブな現象を改革しようとした政策」(p,176)が分析の対象である。すなわち,1980年に発足した「若い外国人の職業準備と社会的統合のための措置」,1980年代にドイッ全土で展開された「外国人の若者たちの専門工養成を支援するためのモデル・プロジェクト」および「ハンディを負った人々のためのプログラム」の内容と成果を紹介することによって,外国人労働者の第二世代の職業教育の立ち遅れを是正する動きが考察されている。
 第6章と第7章で,「サプライ・サイドからの反差別戦略」(p.199)の諸側面を明らかにした著者は,つづく第8章で,「工場レベルにおける昇進差別のメカニズムの変質」(p.199)を確認する作業を行う。ここでは,いくつかの調査結果から「外国人労働者が基幹労働者のなかにも確実に進出してきていること」(p.213),昇進差別にドラスチックな変化はみられないものの外国人労働者の「相対的な地位は確実に向上している」(p.222)という積極的な側面を析出している。

 以上のように本書は,「ガストアルバイター時代」を主軸に据え,外国人労働者の主体の形成・発展によるその終焉,昇進差別の現実とそれを是正するさまざまな動向を労働市場という分析視角から明らかにしている。とりわけ,熟練形成の新しい展開や第二世代の職業教育の展開による外国人労働者の地位の向上・社会的統合の発展を取り扱っている後半部分は,他の文献にはみられない説得力がある。
 一読すれば明らかなように,本書は,政府をはじめ,公的機関や研究所などの調査資料,その他の膨大な量の文献資料を駆使した研究書である。著者の3年半に及ぶ西ドイツ滞在中の地道な研究生活の成果であることに敬意を表したい。
 著者が序言で述べているように,20世紀後半の国際労働力移動の主要な舞台は西∃−ロッパであるとともに,西ドイツの外国人労働者問題がそこにおける典型的な事例を提示するものであるという点では評者の意見も同じである。
 さて,本書の論点(柱)は,ガストアルバイター時代とその終焉にある。ここから,幾つかの疑問が生じる。ガストアルバイター時代とは,「西∃−ロッパ地域における国際労働力移動の実験」であり,1960年代初頭から1980年代末までのドイツにおけるその典型的な事例が研究の対象とされている。だが,著者も指摘しているように「労働力政策」として展開されたドイツと「人口政策」として展開されたフランスにみられるように,西∃−ロツパ各国における外国人労働者受入れ政策とその現状には,さまざまな違いがある。ガストアルバイター時代という概念で西∃−ロツパにおける国際労働力移動現象を把握することは,そうした違いを見失うことになるように思える。同じような疑問はパ西ドイッ国内に限定した場合にも生じる。著者によれば,1973年までは一定の限定づけをしたうえで「ガストアルバイター時代は成功」 (p.21)したことになる。そして,ガストアルバイターが外国人労働者として立ち現れる契機が,同年8月のトルコ人ストライキに求められている。だが,外国人労働者のストライキは,1960年代にも見られたし,EC域外諸国出身の外国人労働者に経営評議会代表への選挙権・被選挙権が付与されたのは1972年であり,さまざまな社会的差別に反対する運動,外国人労働者の独自の運動,外国人労働者を支援する労働組合の運動など,歴史的に生じていたこれらの現象の積極的な意義が見落とされてしまうように思われる。外国人労働者の運動の主体としての登場も,こうした歴史的運動の積み重ねという社会的な前提条件があってはじめて可能になったのである。そうであるならば,トルコ人ストライキによって,ドイツ政府の募集停止策が生じたという論点も,短絡的であるように思われる。
 本書の後半では,昇進差別の実態とそれを是正する熟練形成のさまざまな新しい動きが外国人労働者の地位の改善へとつながっていることの具体的・実証的な分析である。そうした分析が,ドイツの外国人労働者・住民の社会的な統合をめぐる全体像や多くの動きとの関連の中に位置づけられて明らかにされたならば,より説得力のあるものになったと思われる。
 終章では,本書のタイトルを「序説」としたのは,国際労働力移動の展開を「受け入れ国における労働問題から扱ったにすぎない」からであると指摘している。
 本書では直接触れられていないが,著者がこの問題に対して抱いている関心は,日本における外国人労働者問題とそれに対する適切な政策のあり方である。そうした視点は,「日本という空間は日本人のためにだけ用意されているのではない。非日本人もこの同じ空間のなかで自分の夢とか人生の可能性とかを賭けることができる。自分の生いたちや過去から引きずってきている問題のうらみをこの場で晴らし,ここから彼らも将来を設計し展望することができる―そうした認識の上にたつとき,日本もようやく“国際化”を語ることができる」(佐藤忍 「西ドイツ職業教育の改革と外国人の若者たち」『香川大学経済論叢』第63巻第3号,p.91)という指摘に示されている。著者の今後の研究に期待したい。





信山社,1994年9月刊,238+12頁,定価3,080円

もり・ひろまさ 法政大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第438号(1995年5月)




先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ