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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



大竹 美登利著
『大都市雇用労働者夫妻の生活時間にみる男女平等』


評者:水野谷 武志



 生活時間調査をとおして人間の生活全般(1日=24時間)の諸活動を時間量によって捉えようとする生活時間研究は,人間の営みをめぐる多様な問題に接近しようとする研究として,学際的に注目されてきた。 1995年に行われた北京女性会議で採択された「行動綱領」の中で生活時間統計の整備およびそのジェンダー視点による研究の促進が謳われ,生活時間研究が近年の女性運動の盛り上がりを一つの契機に国際的に注目をされているのはその象徴的な出来事といえよう。
 本書は,長年生活時間研究に精力的に携わってこられた著者の諸研究の集大成(著者の博士 〔学術:昭和女子大学〕論文)であると同時に,現在の日本の生活時間の実証研究における先端研究の一つとして注目すべき文献である。著者とその共同研究者らは,家政学的な視点で早くから生活時間研究の重要性に注目し,当時まだ定期的な生活時間調査がNHK「国民生活時間調査」(1941年,1960年から5年毎に実施。その他に総務庁「社会生活基本調査」は1976年から5年毎に実施)しかなかったl975年から5年毎に東京都で調査を行ってきた点で生活時間調査の先駆的研究者らである。特に著者は,早くから国際生活時間学会(The lnternational Association for Time Use Research)に日本から参加した数少ない研究者であり,本学会の中心的人物であるA.S.ハーヴェイ(Harvey,A.S.)との親交も厚い。加えて著者はいくつかの∃−ロッパ諸国,アジア諸国の生活時間調査の現状を調べながら統計資料を独自に収集している点で生活時間の国際比較研究の先行研究者でもあり,その成果は本書の一つの章を構成している。

本書の章構成は以下の通りである。
 第1章:意義と目的,
 第2章:先行研究・隣接研究のフォローと本研究の独自性,
 第3章:調査の方法と調査対象地域及び対象者の特長,
 第4章:雇用労働者夫妻の生活時間構造の特徴,
 第5章:諸外国との比較にみる日本の生活時間構造の特徴,
 第6章:収入労働時間,
 第7章:家事的生活時間,
 第8章:生理的生活時間,
 第9章:社会的文化的生活時間,
 第10章:生涯生活時間と人間発達,
 終 章:大都市雇用労働者夫妻の生活時間構造の特徴とその課題

 第1章では,本書の課題を「家庭経営学的な視点から,社会的経済的活動だけで把握しきれない家庭生活を中心とする生活構造を,生活時間を手がかりとして把握し,そこに生起する諸問題を男女平等の視点から明らかにする」としている。具体的には,1)働く女性の増加によってクローズアップされてきた労働と家庭の調和をいかにはかるかという問題,2)日本人の長時間労働の問題,3)個々人と他の人との相互関係において生活時間配分を明らかにすること,4)時間的側面から生活の豊かさを追求すること,5)高齢化社会への対応と生涯生活時間の問題,であり,本書は「日本の社会経済の今日的課題に答えうる生活時間研究であることが必要である」としている。
 第2章では,先行研究について,日本国内ではNHKおよび総務庁の調査,生活問題および労働問題分野における諸研究,家政学における諸研究,さらには国際的な研究動向についても幅広くまとめられている。そして本研究の独自性として「労働力再生産の単位である世帯に照準をあて,夫妻の生活行動や疲労・意識の領域とも関連させた研究である」ことを強調する。
 第3章では,著者とその共同研究者によって1975年から1990年まで5年毎に行われた4回の生活時間調査における調査方法とその理論的説明,各調査の目的および調査対象の特徴を述べ,第4章では,それら過去4回調査の特徴点および共通点・相違点を調査結果表を掲げながら示している。
 第5章では,著者らによる調査と欧米を中心とする調査との国際比較を,1960,70年代,1980年代前半,1980年代後半とに時期区分して行っている。加えて,小規模ながら著者が携わった東アジア6カ国の調査および比較結果を紹介している。
 第6章から第9章では,著者の生活時間分類である「収入労働時間」,「家事的生活時間」,「生理的生活時間」,「社会的文化的生活時間」のそれぞれを章立てにして,過去4回の調査結果による詳細な分析および問題の指摘が行われている。各章の主な結論を紹介すると,「収入労働時間」では夫の長時間労働が夫自身だけでなく妻の生活時間構造を歪めていること,「家事的生活時間」では性別役割分担とその固定化があること,「生理的生活時間」ではもっとも性差が現れにくいと考えられるが,例えば夫に比べた妻の睡眠時間の短さなど性差が存在したこと,「社会的文化的生活時間」では全労働時間(家事的生活時間+収入労働時間)の長さが大きく影響し,新聞・雑誌,テレビといった受動的な活動内容が多いこと等,が指摘されている。
 第10章では,これまで述べてきた著者らの調査から離れて,主に総務庁やNHKの生活時間調査に基づいて,雇用労働者の生活を「生涯」という長期の視点から従来研究および著者自身の研究を紹介している。
 終章では,全10章の要約をした後,第1章で明示した本研究の5つの目的について著者が何を明らかにすることができ,何を今後の検討課題として残したかを論じている。

 本書の特徴と思われる点として以下の3点を取りあげたい。
 第1に,著者が第2章の第5節「本研究の独自性」で強調されているように,生活時間研究の基本視角として家政学の一分野である家庭経営学的手法,具体的には労働力再生産の単位である「世帯(夫と妻のカップル)」を調査単位として用いたことである。雇用労働者世帯である夫と妻のカップルを厳密に抽出する調査は,「今日の官庁生活時間調査や,これまでの労働問題・生活問題研究による生活時間調査ではカバーされていない,独自の領域」である。これによって,男女の閲係がより明確となる夫妻間の生活時間配分の把握が可能となっている。
 第2に,生活時間研究を,家庭生活の視点を基礎としながらも日本の長時間労働に代表される労働問題側の諸研究と統一的に把握すべきとしている点である。著者は「労働の視点から先駆的研究を積み上げてきた労働科学の研究に労働問題の分析手法を学び,家政学的視点から労働を捉え直し,労働と生活の調和をめざす家庭生活論を積極的に展開する」としている。著者らの生活時間調査では,時間調査だけではなくそれに付帯させたアンケート調査の中で労働場面での働き方や疲労の程度などを調べており,これによって家庭生活と労働との関係を見ようとしている。
 第3に,本調査の調査設計のユニークさが挙げられる。まず,調査地域として東京都,特に1985,1990年調査では,束京都の多摩地区に大規模に開発された多摩ニュータウンに限定している。また,調査対象者の選定方法として主に公募方式をとっている。著者は,多摩ニュータウンに調査地域を限定することで雇用労働者の生活の典型を捉えることができるとし,また公募方式を採用することによって調査回答者の調査に対する内容把握や回答の正確性を向上させることができるとしている。
 次に,本書の留意点・疑問点を3つ指摘したい。
 第1に,先にふれた著者らの調査論の特徴,つまり公募方式による調査対象者の選定方法と多摩ニュータウンの地域限定には,その標本の偏りを考慮する必要がある。公募方式については調査者と回答者のギャップ埋めるための調査への積極的な参加者の確保という目的,多摩ニユータウンについては家庭生活と地域性の密接な関係を重視した雇用労働者の多い日常生活圏の選定,といった狙いがあることは理解する。しかし,このように選定された標本が,本書のタイトルである「大都市雇用労働者夫妻」を十分に代表しているかどうかの確認作業が必要である。調査回答者の年齢,所得分布,学歴等の基本的属性さらには生活時間配分について他の統計(例えば「国勢調査」や「社会生活基本調査」)との比較が行われるべきだが,そのような検討は残念ながら本書にはない。
 第2に,著者が夫と妻の生活時間配分を比較検討する際に,無職の妻とその他の常勤およびパートの有職の妻との区別があいまいではないか,あるいは著者の無職妻に対する男女平等の考え方がはっきりしない,という点である。例えば,性別役割分担が明確であるとする家事的生活時間は,無職の妻の世帯では妻に集中し,常勤の妻の世帯では夫の分担を少しは得ているものの,妻は仕事と家事との二重負担にあるとする。夫妻が共働きならばその世帯の家事は夫妻で等しく分担されるべきであろうが,主婦に家事がある程度集中してしまうことは当然ではないか。もちろん国際的に日本の主婦の家事分担率が高すぎることは著者の国際比較からも明らかである。そこで本書のタイトルでもある「男女平等」を考えるとき,世帯のパターンとして一番多い無職の妻と常勤の夫の世帯の男女平等をどう評価すべきなのか,あるいは上の例では家事分担はどうあるべきなのか,という疑問に本書が答えてくれていない。
 第3に,「労働統計と生活時間統計による労働時間の乖離」(本書178頁)についてである。著者は労働統計より生活時間統計における労働時間のほうが国際的に長いとし,「今後は生活時間調査から得られる労働時間の長さを問題にしていく必要があろう」と結論している。確かに,労働時間統計を生活時間調査における労働時間と対比・検討することは重要である。しかし,労働時間を捉える場合,生活時間調査の正確性や週合計時間の推計方法には問題がないわけではないし,歴史的な蓄積があり調査方法が比較的に確立している労働時間統計の利用可能性は依然として大きい。評者は,労働時間統計と生活時間統計の相互利用を提唱したい。
 最後に,1975年から長きにわたって取り組んでこられた著者の生活時間における実証研究の成果が本書に著されたことに深く敬意を表したい。 1998年の夏にはEurostat(ヨーロッパ連合統計局)によってヨーロッパ統一生活時間調査が実施される予定にあり,今後国際的に生活時間研究の盛り上がりが予想される中で,本書は評者をふくめた後続研究者にとって貴重な先行研究の一つとして存在し続けると思われる。






近代文芸社,1997年2月刊,iii十418頁,定価5,600円

みずのや・たけし 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員(当時)

『大原社会問題研究所雑誌』第472号(1998年3月)



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